新たな式神2
「深月···」
まだぼんやりとする意識の中、目の前にいる女の子に名を呼ばれ、今の私に戻ってきたんだと実感した。
「······」
「どうだった?過去の自分に戻った感想は?」
そう問われ、涙が溢れてくる。
祭雅だった頃の思いが、胸の中にくすぶっている。
男であったり、女であったり、葛藤の連続だった。
答えに窮してうつむく私に、女の子はくすっと笑った。
「あなたは過去にたくさんの経験をしたよね。それはあなたにとって幸せをもたらしたり、苦しみをもたらしたりしたはずよ。あなたが感じた喜びや悲しみを、私に話して聞かせて」
「わかった」
私は過去の体験を女の子に語った。
語っていくうちに、自分の思いが整理されてきた。
本当は、自分自身を生きたかった。
恋もして、陰陽師の仕事もしたかったけれど、どちらかを選ばざるを得なかったから。
それが、いいとか悪いとか考えるのは違うと思う。
男として陰陽師の人生を生きた私。
月雅に封じ込めた女としての私の想い。
今の世の中だったなら、諦めること無く全てを手に入れることができたのに。
そう考えると、今の私はとても恵まれているんだ。
恋もして、陰陽師として、自分の思うままに生きることができる。
そして周りには大切な仲間がいてくれる。
それはとても幸せなことなんだと思う。
「深月、ありがとう。少し、あなたのこと調べさせてもらうわね」
そう言うと、女の子は私の額に手を当てた。
その手から紫色の光が入り込んでくる。
その光は清冽で、私の中から清められてゆくような感じがした。
全身に広がった紫色の光の中にいて、不意に闇の祭雅の姿が脳裏に浮かび、私は思わず目を見開いた。
私の敵である祭雅。
彼女は過去の自分である祭雅と同一なのだろうかと疑問に思っていた。
やっと今、彼女の存在が何なのか、私の中ではっきりした。
彼女は月雅に封じ込めた女の心。
いわば、私の負の部分だ。
それがハクタクに利用され増幅し、あのような形になったんだ。
過去の私が蒔いた種は、今の私が刈り取らなければならない···。
そう心に決めたとき、女の子は私の額からすっと手を離し、息を吐いた。
「深月、あなたがどんな状況にいるのか、だいたい分かった。それに今ので何か得るものがあったみたいね」
「うん」
「でもね。今調べて分かったことは、普通に戦っただけでは駄目みたいよ。私には視える。あなたの敵は倒れないし、何度でも蘇る」
「そう、やっぱり···」
女の子に指摘されたこと、それは薄々感じていた。
闇の祭雅を倒しても、ハクタクは何度でも復活させてしまうんだろう。
「深月、あなたはそれでも戦うの?」
この人は、私の覚悟を聞いているんだ。
私は何があっても進むしかない。
みんなが待ってるんだから。
「私の助けを待ってる仲間がいるの。だから私は戦う。みんなを護るし、彼女も助ける」
私には考えがあるんだ。
きっと、この方法なら仲間も闇の祭雅も助けられる!
「彼女もって、敵のことを言ってるの?」
「そうよ」
「へぇ。深月はかなりお人好しだと思うよ。でも、そういうの、嫌いじゃないわ!深月、合格よ」
「へっ、合格?」
「ふふっ!そうよ。たった今より私はあなたの式神」
女の子は少し背伸びをして、私の頭を撫でた。
その手はとても優しくて暖かくて、ほんのりと花の香りがした。
優しさに触れて、心の中の塊が溶け出し、胸の中から温かさが広がってゆく。
そして、なぜだか無性に泣きたくなった。
「深月、今は泣く時じゃないよ。あなたは笑顔がとても似合う。ねえ、笑ってくれる?」
私は袖口で涙を拭い、ふうっと息を吐いた。
そして言われるがままに、にっと笑う。
「あはは!いい笑顔ね。深月、可愛い」
そう言って女の子は、私をぎゅっと抱きしめた。
うわっ!
女の子に抱きしめられてしまった。
なんだろう、可愛いとか言われて、ドキドキするんだけど!
あっ!
そういえば私、この子の名前を聞いてなかった。
試しの後で名前を教えてもらう事になってたんだよね。
「あ、あの、あなたの名前は?」
「いけない、忘れてた!」
女の子は私を解放し、綺麗にお辞儀をしたあと少し照れたように笑った。
「私は天照大御神。太陽と光を司る者よ。アマテラスと呼んでね」
アマテラス?!
そういうことに疎い私でも知ってるよ。
凄く有名な日本の神様だよね。
しかも、日本の神様の中で一番偉いんじゃなかったのかな?
こんなに可愛い女の子が、実は凄い神様だったとか、驚くことばかりだ。
「アマテラス、よろしくね!」
「ん、よろしく。早速これを渡しておくね」
アマテラスは私の右手に何かを握らせた。
手を広げてみれば、それは金色に輝く勾玉だった。
「わぁ!この勾玉も凄く綺麗だね」
クラミツハやツクヨミの勾玉とも違った、美しい光を放つ勾玉。
「深月、右手を出して」
右手に勾玉を載せたまま差し出せば、アマテラスはそのまま手を握った。
手と手の間に勾玉がある感じだ。
これから何が始まるんだろう?
いつもの調伏とは違うよね。
「深月、あなたの力を注ぎ込んで」
「わかった」
私は目を瞑り、深く呼吸をする。
胸から溢れ出る光は全身を駆け巡ると、勾玉を通してアマテラスへと流れてゆく。
溢れる光は、これでもかと言うほどアマテラスへ吸い込まれてゆく。
力を全部持っていかれそうで、クラクラする。
そんなタイミングで、アマテラスは力強く手を握り返した。
すると、私の中にアマテラスからの光が入り込む。
うわぁ!
これは初めての経験だ。
なんだか全身がキラキラ輝いてきた。
私の力とアマテラスの力が融合して、なんだか大変な事になっているような気がする。
アマテラスがゆっくり手を離しても、私はしばらく呆然としながら、キラキラと光る手を見つめていた。
「深月、あなた勾玉を持ってるでしょ?全部出して」
「えっ、勾玉?」
私は今まで集めた勾玉を、アマテラスに差し出した。
クラミツハの黒い勾玉、ツクヨミの薄金色の勾玉、そしてアマテラスの金色の勾玉の三つ。
これは私の武器を作るための材料になると、ツクヨミが言ってたよね。
「これから深月の武器を作るわよ。そこの男の子、こっちに来て」
アマテラスが悠也さんに向かって手招きをすると、悠也さんはびくっとして慌ててやってきた。
「男の子って、俺のことか?」
「そうよ。あなた、法具師でしょ?しかも、類稀な才能を持ってるね。さあ、気合を入れて武器を作るわよ」
「あ、ああ。分かった。所でどこで武器を作ったらいいんだ?」
「ツクヨミ、案内してあげて」
アマテラスに呼ばれたツクヨミは、軽く頷いて悠也さんを違う場所へと引き連れていった。




