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転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜  作者: 万実


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決断

赤星様と私はその場にひざまずき、頭を垂れた。


会場全体は静まり返り、私達の一挙手一投足を固唾を呑んで見守っている。


「見事な戦いぶりであった。こんなにも血湧き肉躍る試合を観るのは久方振りよ。双方共、褒美を遣わす」


会場中がその言葉に沸き立ち、拍手はいつまでも鳴り止まなかった。


私はまだ、先程の戦いから抜け出せなくて、神経が高ぶり鼓動が激しく鳴っている。

そんな私の前に赤星様が歩み寄り、右手を差し出した。


「君とまた試合をしたい。受けてくれるか?」


「あっ!はい、喜んで」


私が差し出した右手に、触れる赤星様の右手。

喜びと緊張で震えそうになり、心臓の音はうるさいくらいに高鳴る。

聞こえないでと願いながら、握手をする手に力を込めた。


ああ、まずい。

頬が熱い。

素敵すぎて目眩がする。


試合ではあんなに落ち着いて対応できたのに、なんてことだろう···。

あまりのうぶさに動揺する。


「大丈夫か?体調が悪いのか?」


ひぃっ、やばい。

このままじゃばれるのも時間の問題だ。


「いえいえ、そんなことはないですよ。至って元気ですから」


「そうか?」


冷や汗を流しながら赤星様を見れば、首を傾げて私を見るその顔がまた美しすぎて直視できない。


もう、この場から急いで撤退しなければと思うけれど、足はそこに縫い付けられたように動こうとしない。


やっとのことで手を離し一礼する。


「はい。今日はありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしています」


「ああ。ではまた」


綺麗に微笑み去ってゆく赤星様の後ろ姿を、私はいつまでも見つめていた。


「祭雅、どうした?」


後ろから千尋に呼びかけられ振り向くと、千尋は不思議なものでも見るような顔をしていた。


「いや、なんでもないんだ」


「そうか?それにしても、お前、すごかったな。手に汗握ったよ。あの試合、最後までやってたらどうなってたのかな?」


「さあ、どうだろうな···。なあ千尋、仕事も山積みだし、そろそろ帰らないか?」


「···ああ、そうだな」


私と千尋は天覧試合で勝利はできなかったものの、帝からお褒めの言葉をいただき、無事に陰陽師へ昇格することができた。


だけど···。


私はこんなにも生きることが苦しいと思ったことはない。

初めて恋することを知ったのに、それを素直に喜べないのだ。

男として生きるのであれば、この想いを相手に伝えることは叶わない。

私の恋心は決して実を結ぶことはないのだ。


引き裂かれそうな心を持て余し、私は唇を噛みしめる。


本当の自分を生きることができない私は、これからどうしたらいいのだろうか。

いびつな感情にした蓋は、いとも簡単に外れてしまったのだ。


その日はいつものように忙しく、都に跋扈する鬼や魑魅魍魎を倒すため、京都中を駆け回っていた。


日も落ち、現場から直接帰宅した私は、今日の出来事を兄に伝えるため、部屋へと向かった。


どうした理由か、バタバタと兄付きの家人が廊下を走る。

病人がいるのに、こんなにも慌ただしい動きをしているのはおかしい。


私は訝しみながら問いただした。


「おい、何かあったのか?」


兄付きの女房(使用人)は、青ざめた顔で呟いた。


「祭雅様の容態が急変しました!祭雅様の元へとお急ぎ下さい」


「えっ?!」


うそ!

なんで!


私は動揺する心を落ち着かせる間もなく、すぐさま兄の部屋へと入った。


「兄上!!」


兄の枕元へと駆け寄る。

兄は息遣いが荒く、青白い顔色は生気を感じられない。

後ろに控えていた医師を見ると、目を瞑り言った。


「そう長くは持たないでしょう」


「嘘だ!兄上は元気になります。そんな事言わないで」


医師に縋った所で、どうにもならないことは分かっている。

だけど、「どうにかならないのか」と必死で医師に詰め寄った。

医師は首を横に振り、「気を落とさずに」と一言を告げ出ていった。

私は兄に向き直り、手をゆっくりと持ち上げ握った。


「お願いです。兄上目を開けて」


ぽたぽたと涙が流れ落ち、兄の手を濡らす。


「今日、陰陽師の昇格試験に合格したんです。兄上の夢だったでしょう?ほら、法具ですよ。これで存分にこの世界を駆け回れます。見えますか?」


兄はゆっくりとまぶたを開け、私の手を弱々しく握り返して首を振る。


「月姫···」


「ねえ、兄上。私はいつでもあなたへ渡す為に、あなたの場所を作ってきました。お願いです。あなたの夢を叶えて下さい。私の知らない遠くへ行かないで」


話し続けることで、兄をこの世へ繋ぎ止める事ができるかもしれない。


そう思うことで、必死に自分を保っていた。


「もう、···時間が無い。月姫、もうすぐ私はここから去る。お前はもう誰にも···遠慮することはない。自分の道をしっかりと···歩んで行け」


駄目、そんな事言わないで。

一人残された私は、どうしたらいいの?

子どものように涙を流し、しゃくり上げながら話し続けた。


「私が月ならあなたは太陽なのです。あなたがいなければ私は輝けないのですよ?」


兄は私の頬に手を触れ撫でた。

次第に声はかすれ、兄の口元に耳を近づけなければ聞き取ることすら困難になった。


「心配することは···ない。お前は誰よりも輝いている···んだから」


ふっと兄が笑ったような気がしてその顔を見れば、とても優しげな微笑みのまま、私の頬に触れていた手がぱたりと落ちた。


「あ、兄上?」


息をしていない!

慌てて脈をとる。ああ、脈も···。

私は必死に蘇生を試みるが、その行為が無駄なことだと分かるまで、どれだけの時を要したのだろう。


泣き続けても、涙が枯れ果てることはないんだと、妙に冷静に思った。


この生活にはいつか、終わりが来るだろうと予想はしていた。


私の居場所を兄に引き渡し、私が女として元の状態に戻ること。


本当はそれが理想だったのだ。


でも、兄は黄泉へと旅立ってしまった。


父の計画は大きく崩れ、私の立場も大きく変化する。


私はこれからの事を決めなければならない···。


祭雅として生きるか、それとも姫として生きるか。


心が決まらないまま、少しの食料と飲水を用意して、早朝の陰陽寮へと向かう。

ここにある祭壇から扉を開く為に。


「臨·兵·闘·者·皆·陣·列·在·前」


手刀で九字を切ると、祭壇から強い光が放たれた。

私はその中央に月雅をかざすと、まっすぐ歩き始めた。


ここは久しぶりに来る、須弥山。

辺りは霧に覆われ、先を見通すのは困難だ。


「式神·白虎!」


『グルゥ』


白虎を呼び出し、その背に飛び乗ると言った。


「白虎、霊泉まで走って」


「分かった」


霊泉までの道中、襲いかかってくる鬼や魑魅魍魎を倒しながら進む。

本来ならこの場所へは、一人で来るべきではない。

しかし、事情が事情だけに、人に頼むわけにはいかなかった。


霊泉へは思いの外早く到着した。

その水の淵へと進み、しゃがんで水面に映った自分の顔を見る。


なんて、情けない顔をしてるんだ。

こんな顔では敵に嘗められる。


自分の思いに少し驚き、そして安堵する。

どんな時だって、私は戦いのことばかり考えている。

私は立ち上がり、月雅を握りながらハハッと笑った。


やはり、私は根っからの陰陽師なんだ。

この仕事を辞めて生きていくなんて、考えられないのだから。

もう、心は決まった。

私は男として、陰陽師として生きる。

女として芽生えた恋心は、今ここに封じていく。


私は月雅を霊泉にゆっくりと沈めた。


この月雅には女としての自分の心を封じ込めた。

女としての自分に決別するため、今まで共にあった月雅を手放すことに決めたのだ。


兄上、どうかこんな私を見守って下さい。

そして、月雅を導いて下さい。


不安気に『グルゥ』と鳴く白虎は、私の耳元で囁いた。


「···祭雅、いいのか?」


「白虎、心配するな。新たな扇はまた火室様に作っていただく」


「···そうか」


私は再び白虎の背に跨った。

霊泉の水面は淡い光を発し、キラキラと輝いていた。

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