試し2
「深月、下がっていろ」
ツクヨミが私の前に出て、道に落ちている小石を拾い投げた。
「えっ?!」
その石は社へと向けて投げられたので、私は唖然として石の行方を見つめた。
しかし、その石は何か厚い壁にあたったかのように空中で跳ね返った。
「結界が張ってあるの?」
「そういうことだ。それにこれはただの結界じゃない。この結界はアイツの試しの一つ。これを破らなければ前に進むことすらできない」
社に入る前から試しがあるんだ。
そういうことなら、私がやらないとね。
「分かった。私がこの結界を破るからツクヨミは下がっていて!」
ツクヨミは頷いて私の後ろに控えた。
私は胸の前で手を合わせ、意識を集中する。
手から光が溢れ辺り一帯に放射され、足元からは風が舞い上がって私の髪は逆立つ。
私の光は大きな社一帯と結界をも包み込んだ。
その光は私の目となり、結界の細部まで見せてくれる。
社を覆う強固な結界は、一見どこにも隙がなさそうに見える。
しかしよく見ると、先ほどツクヨミが投げた石のあたった部分に、僅かな傷ができているのに気が付いた。
ツクヨミはただ石を投げただけではなかったようだ。
それに、ハヤトくんの結界のように修復するわけでもなさそう。
攻撃するなら弱っているこの部分だ!
私は武器をしっかりと握り、構えた。
狙いを定めふっと息を吐き、走り出した。
「えいっ!!」
掛け声とともに結界の傷ついた部分に力を込めて攻撃を加えた。
真横に払った扇は、どーんと大きな音を上げ結界を打った。
そこから結界全体にヒビが入り、パリパリと崩れ落ちる。
「深月、やるな。流石、我が主よ」
ツクヨミが私の肩に手を置き笑いかける。
結界も崩れたことだし、これで前進できる。
私達は意気揚々と白金色の社へと足を踏み入れた。
社の中は、やはり人の気配はない。
厳かな木造の社は、澄んだ空気と自然の香りが漂い、居るだけでとても癒やされる。
ツクヨミは私の前に出て、真っ直ぐに進んでゆく。
「ツクヨミ、あなたはここを知っているの?」
「ああ、知ってるさ。よーく知ってる」
なんだか複雑な表情をしながら、「こっちだ」と言って案内してくれるんだけど。
そういえば、結界を破ることが試しの一つだと言っていた。
ここの神様とはどういう関係なんだろう?
ツクヨミの案内で私達は社の最奥まで来た。
部屋の入口は大きな観音扉があり、それは重たい灰色の石でできていて、細かい意匠が施されてはいる。
しかしこの扉は、社の雰囲気にそぐわない上、どう考えても普通の生活には適さない。
重すぎるでしょう。
これ、人の力で開くのかな?
ツクヨミが扉に手をかけてこちらを見た。
「深月、ふたつ目の試しだ」
来た。やっぱりこれは試しなんだ!
「ツクヨミ、私は何をすればいいの?」
「ふたつ目の試しは、この扉を開くこと」
「へっ?!もしかして、一人で?」
「もちろん」
うわっ!!
こんな重そうな扉を一人で開けるなんて、私にできるのか?!
でも、一人でやらないと先には進めない試しなんだから、やるしかないよね。
きっと何か方法があるんだろう。
そう思いつつも、私は力一杯押してみた。
「ふぬぅっ!!」
いくら力を込めて押しても、石の扉は重すぎてうんともすんとも言わず、私はゼイゼイと息を吐く。
やっぱり普通のやり方じゃダメなんだ。
「深月、少しばかり視点を変えてみたらどうだ」
視点を変える?
力技じゃどうにもならない。
うーん。
そんな時、月雅の事が頭をよぎった。
あの扇は霊力を通さなければ開かなかった。
もしかしたら、この扉も同じなのかもしれない。
私は両足を肩幅に開いて、石の扉に両手を掛けた。
目を閉じ意識を集中する。
胸から広がる力が、私の両手を通って石の扉全体に伝わり広がってゆく。
その扉の細部まで私の力が行き渡り、灰色の石は輝きだして次第に石の色が変化してきた。
白く輝く重厚な石。これは、大理石?!
まさか霊力を通しただけで、石の扉そのものが変化するなんて、思いもよらなかった。
そして、施されていた意匠は金色に染まり、大理石を華やかに彩る。
変化した大理石の扉は、この社の雰囲気とマッチする。
もしかしたら、本来の姿に戻ったのかもしれない。
「深月、これなら行ける。開けてみろ」
ツクヨミの言葉に頷き、私は大理石の扉を押してみた。
扉は音も立てず、いとも簡単に開いた。
余りにあっけなく扉が開いたものだから、私は目を白黒させてツクヨミを見ると、ニヤッと笑って言った。
「この試し、簡単すぎたか?」
「いやいや、そんなことはないから」
私は頭を振って一歩、部屋に踏み込んだ。
部屋の中なのに太陽が燦々と照りつけるようで、眩しさに目がくらんだ。
ようやく目が慣れ、ゆっくりと辺りを見回す。
部屋の中からはシャランと鈴の音が鳴り、樹木や草花が生い茂っている。
ふわっと花々の香りが漂い、鼻腔をくすぐる。
私が一歩進むたびに花びらが舞い散る。
春の日だまりのように暖かで、心地の良いその空間の中に、一人の女の子が熱心に花輪を作っていた。
もしかして、この子が探していた神様?
「あの、あなたは?」
私の問にはっと顔を上げた女の子は、立ち上がり満面の笑みを見せ、私の元まで走ってきた。
「うわぁ、久しぶりに人間が来た!一体何年ぶりかしら?」
その子はキラキラした瞳で私を見つめている。
身長は私よりも少し低く、長いストレートの黒髪は背中まであり、艷やかだ。
目鼻立ちがはっきりとした、美人さんだ。
ふわりとした白いワンピースを纏っていて、つい見とれてしまうほど愛らしい。
そんな彼女の外見は私と同じ年位に見えるんだけど、ツクヨミが言ってた神様ならば相当長い年月を生きてるはず。
その女の子は微笑みながら問いかけてきた。
「ねえあなた、名前はなんていうの?」
「私は雪村深月。あなたは?」
その女の子は人懐っこい笑顔で首を傾げた。
「んー、私の名前を明かすのは、これが終わってからかな」
そう言うと、手をピストルの形にしてひらひらと振ってみせた。
「まさか、試し?!」
「ご名答」
その女の子は私のおでこに人差し指で軽くポンと触れた。
あぁ、またか!
私は薄れゆく意識の中で、ため息を吐いた。
☆☆☆☆☆☆
「起きなさい」
大きな声が聞こえ、私は、はっとして起き上がった。
えーと、ここはどこだったかな?
目を瞬かせながら見るとそこは、木造の建物の中で、広い板の間に布団が敷かれている。
私はその上であくびを噛み殺し、考える。
私は、誰だっけ?
んー、と首を傾げていると、またもや声が響いた。
「祭雅、起きたか?」
御簾の向こう側から声がした。
御簾越しに見える人影が、私を祭雅と呼んだ。
祭雅···。
その呼び名ってことは今日もか···。
急に頭が働きだして、私は温かな布団をはねのけ、居住まいを正し頭を下げた。
「父上、おはようございます」
「うむ、おはよう」
私の祭雅としての一日が始まった。




