新たな式神
「目は覚めたか?」
目の前には、黒いスーツの男性が腕を組んで私を見下ろしていた。
伶さんの姿は既になく、私もウエディングドレス姿ではない。
目が覚めたってことは、夢でも見ていたのだろうか?夢にしてはリアルすぎたけど。
「今のはなんなの?」
「深月が今見ていたのは、こことは次元の異なる世界での体験。汝の理想とする世界を創り上げた。言ってみれば夢みたいなものだ。そこでの体験において汝の資質を見極め、俺の主となるに値するか否か、試させてもらった」
ということは伶さんとの結婚話しは、この人がでっち上げたことなの?!
うわぁっ!
趣味の悪い試しだな。
伶さんを傷つけたと思って、結構へこんだんだから。
でもまあ、あれが現実ではなく、試しで良かった。
ほっと息を吐く。
「汝は誘惑に負けず、己の芯の強さを俺に示した。よって試しは合格としよう」
なんだか知らないうちに合格していたようだ。
「合格したのなら、あなたは私の式神になってくれるの?」
「そうだ」
黒いスーツの男性は内ポケットから何かを取り出し、私に手渡した。
それをよく見ると、薄金色の光を放つ勾玉だった。
クラミツハの黒い勾玉と並べると、同じ大きさで色違いだ。
「綺麗」
勾玉を眺めていると、黒いスーツの男性は目の前でひざまずいた。
「俺の名は月読命。月の守護者にして夜を統べるもの。ツクヨミと呼んでくれ」
ツクヨミという名は聞いたことがある。
確か、日本の神様だよね。
またもや有名な神様が式神になってくれるなんて、とても嬉しいし頼もしい限りだ。
「ツクヨミ、私の式神になってくれてありがとう。これからよろしくね」
「ああ。俺はこれより深月の式神として力を尽くそう。さあ、俺に光を!」
私は手に入れたばかりの勾玉を、ツクヨミの額にあてがった。
「調伏、ツクヨミ!」
私の声とともに、薄金色の勾玉は光を放った。
強すぎるくらいに大きく輝く勾玉から溢れた光は、ツクヨミに流れ込み、全身から放射される。
キラキラと輝き出したツクヨミは、頬を上気させ立ち上がった。
「深月、こんなにも清らかな光は久しぶりだ。最上の光をありがとう」
「どういたしまして」
調伏してありがとうなんて初めて言われた。
なんだか、恥ずかしいしむず痒い。
ツクヨミから目を逸らし遠くを見ていたら、ふと思い出した事がある。
これは是非とも聞いておかなければ。
「ツクヨミ、試しのこと聞いてもいいかな。もし、私が伶さんとの結婚を選んでたらどうなってたの?」
ツクヨミはニヤリと笑った。
「幸せな現実を歩んだだろう。今とは違う並行次元での話しになるが。ただし、深月の中ではこちらの世界の事は忘れたままになる上に、こちらの世界に深月の居場所はなかったことになる」
「それじゃあ、みんなは窮地に陥ったまま、私だけがいなくなるってこと?」
「まあ、そんな所だ」
ひぇぇぇ。
危ない危ない。
私が選択を間違えていたら、とんでもないことになっていた。
今頃になってドキドキしてくる。
たとえ、幸せな結婚をしたとしても、みんなが窮地に陥ったままなら、私は決して幸せにはなれない。
みんなの犠牲の上に成り立つ幸せなんて、本当はないのだから。
ツクヨミはニコニコと私を見ていたのだけど、急に真面目な顔になって言った。
「深月、汝がこれから目指すのはなんだ?」
それはもちろん決まっている。
「私はここで強力な式神と武器を手に入れなければならないの。私の助けを待っている仲間のために」
ツクヨミは「ふむ」と言って少しの間逡巡し、話し始めた。
「そうか、わかった。強力な式神はこのすぐ近くにいるはずだ。先ずは式神を手に入れよう。次に武器だ。武器を手に入れるためには、勾玉があと一つは必要になる」
今度の武器には勾玉が必要なのか。
今あるのは、クラミツハの勾玉とツクヨミの勾玉。
それにあと一つ神々の勾玉がいる。
ということは、神様の式神を仲間にしなければならない。
「一体どんな武器が手に入るの?」
「そうだな。今まで使っていた法具とは全く違う新たな武器だ。どんな武器になるのかは、出来上がってみないと分からない」
そう言ってツクヨミは悠也さんをチラッと見た。
むむっ!
やっぱり武器は悠也さんが作るんだね。
そして、その出来は悠也さんの腕次第になるということだ。
「ちょっと待ってくれ」
悠也さんは焦った顔をしてツクヨミに詰め寄った。
「なんだ?」
「武器を作るのはもちろん俺がやる。だけど、勾玉で作る法具なんて聞いたことないぞ」
「汝、名は?」
「俺は火室悠也だ」
ツクヨミは「ほほぅ」と言って目を細め、悠也さんを観察しながら言った。
「勾玉を使った武器は、並の法具師ではまず作れない。上級の法具師ですら刃が立たない。なぜなら勾玉が作り手を選ぶからだ。勾玉に受け入れられなければ、それに触ることすら叶わないだろう」
「···勾玉に選ばれる?」
「そうだ。まあ、難しく考えた所で答えなどはでない。汝に一つ教えておいてやろう。過去、一人だけその武器を作り上げたものがいる。確か火室景正という男が挑戦していた。汝によく似た男よ」
ツクヨミの言葉を聞いた悠也さんは、はっとして口元をおさえた。
「まじかよ!」
そう言って、悠也さんは黙り込んだ。
「その出来は見事なものだった。ただ、あの時代は武器を扱えるものが存在しなかった故、その武器は神々に奉納されたがな。あの男と同じ資質を持つ汝ならあるいは···」
ツクヨミは意味ありげに笑った。
うつむいて考え込んでいた悠也さんは、顔を上げた。
その瞳には炎が灯ったように闘志がみなぎっている。
「俺にやれるって言うのなら、やってやるさ!ツクヨミ、法具を作るのに必要な材料があったら教えてくれ」
「ああ、分かった。ただし、汝がこれから作るのは法具ではない、とだけ言っておこうか」
「えっ!法具ではないとすると···まさか?!」
ツクヨミは口の端を上げ頷くと、悠也さんは武者震いをした。
法具ではない武器って、なんだろう?
沈黙している二人は、それが何なのか理解しているようなんだけどね。
どんな武器が出来上がるのか、楽しみにしていよう。
私達は新たな式神を手に入れるべく、白い神殿を後にした。
なだらかな山道を私達は進む。
その道すがら、悠也さんはアイテムを拾いながら歩いている。
ユキちゃんが先に走り、有益なアイテムを見つけ出しては、悠也さんに教えている。
虹色の水晶や金色のぬばたま、月の雫石や魔獣の毛皮など。
これらは武器の材料になるそうで、次々に悠也さんのリュックに入れられてゆく。
もうこれ以上持てないほど、たくさんのアイテムを採取した頃、山頂付近へとたどり着いた。
山頂には巨大な白金色の社が建っていた。
ここもまた、清浄な空気に包まれており、大変美しい。
ここに、仲間になるであろう式神がいる!
そう思うと、期待に胸が弾んだ。




