試し
神々の勾玉って、クラミツハの勾玉のこと?
クラミツハは神様だから、その勾玉を持つ者というのは、私のことよね。
あわわ、名前を名乗らないと!
「私は雪村深月」
「ほう。月は満ち現れた汝の名は深月···」
黒いスーツの男性は私の目をじっくりと見つめた。
「あの、あなたは?」
「俺の名を名乗る前に、試させてもらう」
「えっ?」
男性はそう言うと私のおでこに人差し指で軽くポンと触れた。
その瞬間、世界が真っ白になった。
遠ざかる意識の中、遠くで悠也さんの声が聞こえたような気がした。
☆☆☆☆☆☆
「······」
誰かの声がする。
私を起こそうとしているみたいだけど。
「深月···」
だめ、眠すぎてすぐには起きられないよ。
「ん、もうちょっと眠らせて」
ボソボソと呟いてまどろみの中にいると、その声の主は私の肩をゆさぶった。
「起きろ、深月」
うう、眠いのに···しょうがない、起きよう。
私は起き上がって眠い目をこすり、声の主を見やる。
その人をひと目見た私は、驚きすぎて飛び上がった。
「うわ、伶さん!どうしたんですか?」
「いや、そろそろ出ないと間に合わないから起こしに来たんだ」
私を起こしたのは伶さんだった。
彼は白いスーツで格好良く決めている。
素敵すぎて見とれてしまうんだけど、なぜに白いスーツ?!
よく見ると細かい刺繍が施され、生地も光沢があり上質の物であることが分かる。
あまりに豪華すぎるスーツよね。
「伶さん、その出で立ちは?今日は結婚式でもあるんですか?」
伶さんは私の言葉を聞いて、目を細め黙り込んだ。
あれ、私変なこと言ったのかな?
「あ、あの···」
「···深月、真面目に言ってる?今日は私と深月の結婚式だろ?いつまでも寝てると、式に間に合わない」
「ええええっっ!!」
け、け、結婚式?!
しかも伶さんと私の!!
何がどうなってるの?
えーと、私は確かやらなければならない事があったはず。
······あれ、それってなんだっけ?
大切な用事があったような気がするんだけど、何だったかな?
首をひねるが全く思い出せない。
大切な用事って結婚式のことだったんだろうか?
心に違和感を抱え、私は伶さんを見上げた。
「深月、なんて顔をしてる?もしかして、マリッジブルーなのか?」
いや、マリッジブルーも何も、どうして伶さんと結婚することになったのか、思い出せないんだよね。
「伶さんごめんなさい。私···」
「深月、悪い。ホントに間に合わない!行くよ」
「えっ?!」
伶さんは私の手を引き走り出した。
「うわっ、ちょっと待ってー。私、ルームウェア姿なんですけど!」
「深月、すぐ着替えるんだから気にしなくてもいい」
「いやいや、そんなこと言ったって」
「走りながら喋ると舌を噛むぞ」
「むぐぐ···」
慌ただしく車に乗り込むと、伶さんはアクセルを全開に踏み込み急発進する。
うわぁ!!
ちょっ、加速しすぎですって。
「深月、飛ばすからしっかり掴まってろ」
「ひぃっ」
「はいっ!」と言ったつもりが「ひぃっ」になっちゃうし。
運転は上手くて危なっかしさはないんだけど、なんだか心臓がバクバクしてきた。
結婚の事を色々質問したいのに、今はそれどころではない。
結局何もわからないまま、結婚式場に到着した。
「花嫁さんはこちらへどうぞ」
式場の担当者に連れて行かれ、別室でウエディングドレスを着てメイクと髪のセットをしてもらい、慌ただしく花嫁姿に仕立てられ、チャペルへと向かう。
純白のウエディングドレスに身を包んだ私。
なんだか夢を見ているような、ふわふわとした感じだ。
「深月、なんて美しいんだ」
すっかり支度の整った伶さんは、私の前に来てため息をついた。
「そ、そうですか?ありがとうございます」
「深月、凄く嬉しい。ずっと好きだった深月と結婚できる。ようやく私の想いが叶うのだから」
そう言うと、伶さんは微笑み私を抱き寄せた。
ひえぇぇっ!!
伶さんに抱きしめられた!
って、結婚するんだから抱きしめられるのは当たり前のことなんだろうけど。
ああ、緊張してドキドキする。
伶さんが格好良すぎるから、相手が私だと差が有りすぎてなんだか申し訳ない気持ちになる。
伶さんは、ずっと好きだったと言ってくれるんだけど、ホントに私でいいのだろうか?
伶さんに抱きしめられながら、つきんと胸が痛んだ。
その痛みはあっという間に全身に広がる。
浮かれて舞い上がっていた私は、頭から水をかけられたように、急に熱が冷めてしまった。
私、こんな事していていいの?
何がこんなに引っかかるんだろう?
私の心に小さな棘が刺さっていて、不意に触れてはちくんと痛む。
だからといって、その小さな棘の原因が分からないから、どう動けばいいのかも分からない。
私は静かに拳を握りしめた。
「うにゃうにゃん」
どこからか猫の鳴き声が聞こえる。
こんな所に猫?
なんだろう、この鳴き声。
この声を聞くと胸がぎゅっと締め付けられる思いがするのはなぜ?
私は居ても立っても居られなくなり、伶さんからぱっと離れて、その鳴き声の主を探した。
チャペルの裏手辺りから「うにゃ」と、鳴き声が聞こえてくる。
私はその場に駆け寄り、しゃがんで手を差し出した。
「猫ちゃん、出ておいで」
茂みの中から現れた猫は、真っ白なもふもふでとても愛らしい。
思わず抱き上げてその顔を覗き込む。
黒いつぶらな瞳で、こちらを真っ直ぐに見つめている。
「あれ、私どうしちゃったんだろう?」
私の頬にぽろぽろと涙が滴り落ちる。
その瞳を見ていたら、無性に悲しさと愛おしさが込み上げてきて、抱きしめて頬を埋めた。
「ユキちゃん···」
私が今口走った言葉。
ユキちゃんってこの猫の名前なの?
今の私はこの猫の事を思い出すことはできない。
でも不思議なことに、私の心は全て分かっているようだ。
恋の炎はちゃんと私の心の中にあって、訴えかけている。
この猫を手放してはいけないと。
私は猫を抱きしめたまま、伶さんの前に立った。
「伶さん、ごめんなさい。私、結婚できません」
私の言葉に伶さんは大きく目を見開き、肩を落とした。
「深月、なぜ?」
伶さんの悲しみが伝わってくるけれど、嘘をついたり誤魔化してはいけない。
私は自分の気持ちに正直でいたいから。
「私、好きな人がいます。こんな気持ちのままで結婚したら、私も伶さんも幸せにはなれない。だから···」
冷たい沈黙が二人の間に流れる。
伶さんは、はぁっと息を吐いた。
「好きな人か···。それはどんな人?」
「彼は、穏やかで優しいけれど時には厳しくもあります。そして私を大きく包みこんでくれる、そんな人です」
私の口からは淀みなく言葉が紡がれる。
これは嘘でもなんでもない。
この猫「ユキちゃん」を見ていたら、自然とでてきた言葉。
「深月の選ぶのは本当に彼でいいのか?後悔はしない?」
「はい」
私は自分の思いをはっきり伝えた。
腕を組んで私を見つめる伶さんは、いつもの彼らしくない笑みを見せた。
「合格」
その言葉とともに、辺りには霧が巻いてきて世界が真っ白になる。
合格って何のことだろう?
伶さんの言葉の意味を考えていると、急速に周辺が明るくなり、私はキョロキョロと見回した。
☆☆☆☆☆☆




