絶体絶命
祭雅の舞はただの舞ではない、芸術作品だ。
こんな完成度の高い舞は初めて見る。
その身体の動かし方や表情、感情の移り変わりなど、表現が素晴らしく、どれが欠けてもこの舞は成り立たない。
私は夢中になって、祭雅の舞を見ていた。
美しすぎて、一瞬でも目を離すのが惜しいとさえ感じてしまう。
「深月、見るな!!」
静寂を破ってユキちゃんの声が響いた。
えっ?!
祭雅の舞を見たら、なにかまずい理由でもあるの?
でも見るなって言っても、そんなの無理だよ。
私はすっかり祭雅の舞の虜になっており、どうやったって目を離すことができないんだから。
ユキちゃんったら、心配し過ぎじゃないのかな?と、思ったんだけど。
あれ、ちょっと待って。
なんだかおかしい。
さっきから、体を動かそうとしているんだけど、思うように動けない気がする。
目を瞑ろうとしても、それもできない。
無理やり瞼をこじ開けられているような感じだ。
確か月雅のSPに魅了というのがあった。
魅了の効果が発動しているのかもしれない。
でも、魅了の効果ってこんなに動けなくなるものなの?
気がつけば手や足を動かすことができない。
指一本も動かない。
月雅が闇落ちして、他の効果が付与されている可能性だってあるんだ。
これは、本当にヤバいのかも。
祭雅の舞はいよいよ妖しく美しく、月雅は黒く輝いて見るもの全てを魅了する。
体中が強張って足先や指先が痺れてくるのは、決して気のせいではない。
「深月!!」
ユキちゃんが私に走り寄った。
そして、祭雅の舞から隠すように、私を抱きしめた。
ユキちゃん!
喋る事もままならない私は、ユキちゃんの胸の中で彼の鼓動に耳を傾ける。
その音を聞きながら、ユキちゃんの温もりを感じる。
私の強張った体は次第に柔らかくなり、しばらくすると完全に動けるようになった。
「ユキちゃん」
私の声に反応したユキちゃんは、ゆっくりと解放し、私の目をじっと見つめて微笑んだ。
「回復したようだな、良かった···。いいか深月、祭雅の舞を決して見てはいけない」
このまま舞を見続けていたら、痺れるだけでは済まないはずだ。
「見るとどうなってしまうの?」
「それは···すぐに分かるだろう」
そう言うと、ユキちゃんは私を庇いながら祭雅へと向き直った。
祭雅は舞を中断し、ユキちゃんの傍まで来ると、月雅を突き付けた。
「白虎!お前、本気で私を裏切るつもりでいるのか?!舞の効果を深月の分までその身に受けたらどうなるか、お前が一番分かっているだろう?」
祭雅の声にユキちゃんは深いため息をつく。
後ろにいる私にまで、ユキちゃんの悲しみと苦悩が伝わってくる。
ユキちゃんは首を横に振った。
「祭雅、私は深月を見殺しにできない。だからお前に裏切り者と呼ばれようが、深月を助けるために私は動く。それで私がどうなるかなど、考える必要もない。深月が助かれば心残りなど何ひとつないのだから」
なに、心残りって。
「ユキちゃん、なんでそんな事を言うの?」
不吉なことを言うのは止めてほしい。
胸のあたりがざわざわとして、嫌な予感しかしない。
「深月、いつまでも真っ直ぐに、お前らしく行け。これから起こることを見ても、決して心折れるな」
ユキちゃんは振り向かずに言った。
何なのよ、ユキちゃん!
さっきから、今生の別れみたいなセリフばかり。
堪らず私はユキちゃんの背後から腕を掴んだ。
「えっ?!ユキちゃん?」
私は驚愕した。
ユキちゃんの腕は硬くて冷たくて、それはまるで石のようたったから。
どうしてこんな事になってんの!?
私はユキちゃんの前に回り込み、その顔を見上げた。
「!!」
あまりの事に声が出ない。
ユキちゃんの顔は微笑のまま固まって、生気が失せている。
微かに口元が動いていることに気がついた私は、慌てて顔を近づけて声を聞き取る。
「みつ··き、あい···してる」
その一言を残して、ユキちゃんは完全に石のように固まってしまった。
「······」
手が震えて止まらない。
喉がカラカラに乾いて声が出ない。
はらはらと流れ落ちる涙を拭うことも忘れ、私の目に映る現実を受け入れられずに立ち尽くした。
嘘だよね。
ねえユキちゃん、冗談だよと言ってまた笑ってよ!
ユキちゃんの頬を触ると、ひんやりとしてまるで温かみがなく、目にあった輝きは消失している。
さっきまで温かかったユキちゃん、その鼓動も最早聞こえない。
私は呼吸の仕方を忘れたみたいにヒュウっと喉が鳴り、苦しくて胸が締め付けられる。
「ユキちゃん、ユキちゃん。お願いだから返事をして」
一生懸命ユキちゃんの頬をさすって温めてみるけれど、変化は何も起こらない。
私はしゃくりあげながら、尚も諦めきれずにユキちゃんに問いかけては頬や手をさすった。
「···白虎はもう何も言わない。完全に石化してしまったからな」
「祭雅···」
私は祭雅に向き直り、濡れた頬を拭いその瞳を見つめた。
祭雅は、ユキちゃんが石化しても何も感じていないのだろうか。
冷ややかにこちらを見つめ返し、腕を組んだ。
「深月、白虎はもうどうにもならない。私を裏切った報いを受けたまでよ」
「···報いって何よ」
「·····」
「自分の式神があんな姿になったのに、何も感じないの?」
「式神は式神。結局の所、人ではない。私の役に立たないのならば、消えてもらうしかない」
「!!」
消えてもらうって、ユキちゃんの事をそんな風に言うなんて。
悔しくて、腸が煮えくり返る。
祭雅は、確かにユキちゃんの主だ。
だからといって、言っていいことと悪いことがある。
ユキちゃんは今まで共に戦った仲間ではないのか。
私は式神みんなが大事だし、傷ついて欲しくない。
それが、たとえ敵方に回ったとしても、その思いは決して変わらない。
祭雅。
彼女は過去の私かもしれない。
だけど私の大事なユキちゃんを、冒涜していいわけがない。
ドクっと私の中に熱い血がたぎり、全身を駆け巡る。
「あなただけは許さない」
私は完全に頭に血が上り、武器を構え祭雅に襲いかかった。
私の振り下ろす扇をひらりと躱した祭雅は、口の端を上げる。
怒りに支配された私は、ただひたすら扇を振るうけど、単調な攻撃は先読みされ全てかわされてしまう。
「あのまま私の舞を見ていたら楽に死ねたものを!こうなったら簡単には死なせない。自分の甘さに絶望して終わるがいい。式神たちよ。深月を血祭りに上げよ」
祭雅の指示で、一斉に式神たちが私の元へと襲い来る。
私が式神たちに手を出せないのを分かっていて、祭雅はそんな指示を出すんだろうけど。
あんまりだ。
「みんな!もう止めてよ。私はみんなとは戦いたくない」
私の懇願は式神たちに聞き入れられることはなく、シュリ、ハヤトくん、ヤトは私を取り囲み逃げ場がなくなった。
シュリの槍が光り、ヤトは剣を振り降ろす。
ハヤトくんの水の珠が解き放たれる。
駄目よ。
私はこんな所で死ねない。
「いやーーー!!」
私の叫びが響き、その瞬間大地が震えた。
辺りが静寂に支配される。
ピタリと攻撃が止まり、呆気にとられた私は辺りを見回す。
「何が起こったの?」
シュリ、ハヤトくん、ヤトは私に攻撃を加える体勢で完全に止まっている。
祭雅は腕を組んだまま、動く気配がない。
世界はセピア色に染まる。
この状況はもしかして?!




