闇の祭雅
「これ以上私の式神に話しかけるな。白虎、攻撃」
祭雅の指示でユキちゃんが動き出した。
ユキちゃんの拳が迫りくる。
私はひらりと躱し、ユキちゃんとの距離を取った。
ユキちゃんは、私のことを認識できていないように見える。
これは、シュリが操られていた時とよく似ている。
確かにユキちゃんは今祭雅の式神で、私の指示に従うとは思えない。
だけど、一緒にいた時間を私は忘れることはできない。
いつも隣りにいてくれる彼を、いかに信頼していたか、どんなに彼の存在に助けられたていたか。
敵対した今思い知らされる。
悲しみが込み上げてきて、涙が頬に一雫落ちた。
駄目よ。泣いてる場合じゃないんだ。
彼を、取り戻さなければ。
私は濡れた頬をぐいっと拭った。
けれど、ユキちゃんを傷つける事は、絶対にしてはならない。
どうすればいいの?
「深月、我が出よう」
クラミツハが私を思って言ってくれていることは分かる。
でも、それだけは頼めない。
私は頭を振った。
「クラミツハ、ごめん。ここは私に任せてくれる?」
私の必死の声はクラミツハに伝わり、彼女は黙って頷いた。
クラミツハとユキちゃんが戦うなんて、もってのほかだ。
二人は仲間なんだから。
悩んでいても、ユキちゃんの攻撃は止まらない。
防戦一方の私は徐々に追いつめられてゆく。
まずい。
このままじゃ、ユキちゃんを取り戻すどころか、私が先にやられてしまう。
一瞬の焦りが、私の行動を遅らせた。
ユキちゃんの拳が、私の頬をかすめる。
ツーっと頬から血が滴り、痛みで一瞬頭が真っ白になった。
頬も確かに痛い。
でも、一番痛いのは私の心だ。
「ユキちゃん!」
思わず、私は涙声で叫んでいた。
「······」
ユキちゃんはビクッとして動きを止める。
えっ!
もしかして、私の声が届いたの?!
主以外の、私の声に反応するなんて、そんな事あるの?!
ああ、もうそんな事どうでもいい。
藁にもすがる思いで、叫ばずにはいられない。
「ユキちゃん!ユキちゃん!」
お願い。
私の想いよ、彼に届け!
その時、二人の間の時間が止まったような気がした。
ユキちゃんはゆっくりと顔を上げ、私の目を見た。
ユキちゃんの瞳には光が宿っている。
私の知っているユキちゃんの瞳だ。
見る間に彼の表情は優しさを取り戻し、自分の拳と私を見て瞠目する。
「···深月?」
嘘!
今、私の名前、呼んだよね。
ああ、私の声が届いたんだ。
嬉しさで心が熱くなり、うっすらと涙がにじんだ。
「ユキちゃん、私······」
「白虎!何をしている、深月を攻撃」
祭雅は険しい表情で、ユキちゃんに指示を飛ばした。
「これはどういう事だ?祭雅に深月···私は一体」
ユキちゃんは祭雅と私の間で、信じ難いものを見るような顔で言った。
「白虎、なぜ私の指示に従わない?」
祭雅は目を見開き、苛立ちを隠そうともせず、声を荒らげた。
ユキちゃんは瞳に悲しみを湛え、首を横に振った。
「祭雅、私は深月とは戦わない。祭雅も大事だが、深月は私が護らなければならない。そう心に決めている」
ユキちゃんは、迷いなく言うと、拳を下ろした。
「私の式神でありながら、敵を護るなどと、矛盾も甚だしい。白虎、私がいつまでも甘い顔をしていると思うな。お前は月雅に戻れ」
祭雅はユキちゃんに月雅を向けた。
「いや、それはできない」
そう言うとユキちゃんは、祭雅の指示に従う素振りも見せず、すたすたと歩き出し私の前に来た。
ユキちゃんが私の目の前にいて、優しく微笑みかけてくれる。
それがたまらなく嬉しくて、胸が苦しく熱くなる。
この感情は何なのか?
はっきりと分からないんだけど、全然嫌じゃないから不思議だ。
「深月、すまなかった。痛かっただろう?」
僅かに血の流れる私の頬に、ユキちゃんの手が触れる。
トクンと、心臓が跳ね、頬に熱を感じる。
「ユキちゃん···」
「白虎!!私を裏切るのか?」
祭雅の声にユキちゃんは驚き、振り向いた。
「まさか!私が祭雅を裏切るなど、出来るはずがないだろう」
祭雅はぎゅっと目を閉じ少し思案した後、ゆっくりと目を開けた。
その目には闇の炎が灯り、祭雅の周りにぶわっと闇が広がる。
カタカタと腕は震え、怒りのままに祭雅は叫んだ。
「白虎!お前のその言葉は信じられない。式神·朱雀!式神·玄武!式神·天狐!」
月雅は黒く光り、そこからシュリ、ハヤトくん、ヤトが現れ、祭雅の前に並び立った。
「祭雅、止めるんだ。深月を攻撃してなんになる?!自分が傷つくだけだろう」
ユキちゃんの言葉に耳をかそうとせず、祭雅は目を細め口の端を上げた。
「白虎、いつからお前は私と対等に口を利くようになった?深月は深月、私は私。一緒にするな」
祭雅の言葉にユキちゃんは舌打ちをする。
そして、私を庇って前に立ち構えた。
なんでこんな事になってんの?!
仲間同士で戦うなんて、絶対に駄目なのに。
「祭雅!もう止めてよ。私はあなたとも式神のみんなとも戦いたくない。どうして仲良くできないの、ねえ!」
「仲良く?これから消える定めのお前と、なぜ懇意にしなければならない?この世界に必要なのは私一人のみ。お前の居場所は私のものになるのだから」
「えっ?!」
私が消える?居場所がなくなるって、殺されるってことなの?
必要ないなんて、どうして私をそんなに否定するの?
私は殺されるという恐怖より、悔しくて悲しい感情が勝り、拳を強く握りしめた。
祭雅は、確かに強いのかもしれない。
陰陽師としての経験や能力は、確実に祭雅の方が上だろう。
だけど、戦う能力だけが強さと思ったら、それは違う。
それに惑わされて、大事なものを取りこぼしてはいけないんだ。
祭雅が私を消すというのなら、私は全力でそれに抗う。
私の場所は祭雅のものではない、決して他人に渡せるものではないのだから。
私は負けるわけにはいかない。
「白虎よ。私の敵の深月と共に行くのなら、たった今からお前も私の敵だ」
「祭雅!」
ユキちゃんまで敵とみなすなんて!
祭雅はどうかしている。
いや。
どうかしているのではない。
ずっと私の中にあった違和感が浮き上がってきた。
目の前にいる際雅は、私が以前夢に見た祭雅とは、まるで違う。
夢の中の祭雅は、悩んではいたけれど、仲間を大切にし、敵のことも思いやれる強さと優しさを兼ね備えていた。
それが目の前にいる祭雅は、私の話しには全く耳を貸さず、自分の欲にとらわれ、邪魔するものは全て排除しようとしている。
優しさや思いやりの欠片もない。
どう考えても、同じ祭雅とは思えない。
闇の法具から生まれた祭雅は、本当の祭雅ではない。
そんな気がしてならない。
「ユキちゃん、祭雅は私が止めなきゃいけない」
「深月!」
「私が祭雅と戦う。だから···」
祭雅は月雅を私達に突きつけて叫んだ。
「式神たちよ、一斉に攻撃!朱雀、炎。玄武、水撃。天狐、狐火」




