クラミツハVS.ハクタク
クラミツハが時を動かした。
セピア色だった世界は、色を取り戻して脈を打ち始めたようだ。
私はうずくまる悠也さんのそばに駆け寄った。
『悠也さん!』
ハクタクの威圧を受けて恐慌状態の悠也さんは、冷や汗を流しながら僅かに顔を上げ、目を見開いた。
「深月!」
『静かに』
と、私は口元に人差し指を立てて悠也さんの話しを止めた後、目配せをして結界の存在を示し、安全であることを伝えた。
ただ、いくら中を見えなくしてると言っても、大きな声をだして、ハクタクの注意を引いたらまずいからね。
悠也さんは私をまじまじと見て呟いた。
『お前は確か、ハクタクの策にかかって闇の鎖に飲み込まれたんじゃなかったか?なぜいきなりここに現れるんだ?』
『一度別の世界に飛ばされて、また戻ってきました』
悠也さんは驚愕して詰め寄った。
『戻ったってお前、闇の大王の依代になる話しはどうなった?』
『ああ、その辺は大丈夫でした。私はこの通り、元気です』
『···確かに、元気そのものに見えるな。そうか、無事で良かった。実のところ、肝を冷やしたんだ』
悠也さんはふうっと息を吐いて、額の汗を拭った。
色々と心配をかけてしまったみたいで、申し訳なく思う。
でも、そのおかげでこちらも戦力が増強し、少しは有利になったんじゃないかな。
『それで悠也さん、彩香は?』
『如月の娘か?安心しろ、無事だよ』
『無事?』
一体どこが無事だというのか?
台座の上に横たわる彩香は、死にそうな表情でとても無事とは思えない。
『深月、あれは幻だ。実体はこっち』
そう言うと、悠也さんは床に置いてある呪符を指さした。
ええっ!あれが幻なの?!本物かと思った。
だけど、その呪符はどう見てもただ床に置いてあるだけって気がするんだけど。
訝しむ私に悠也さんはほくそ笑む。
そしてベリッと呪符を剥がした。
その瞬間、床が赤く光ったかと思うと、彩香の姿が現れた。
『彩香!』
彩香は相変わらず顔色はすぐれないが、腕や手の火傷は思ったほど酷くはなく、ぐっすりと眠っているように見える。
『呪符を使って、なんとかここまで回復させたんだ。危険な状態だったが、ひとまず山は越えた。今は体力や霊力が著しく低下しているから、安静が必要ではあるがな』
『···良かった』
悠也さんはハクタクにただやられていた訳ではなかった。
あの威圧の中で、彩香を治療してくれてたんだ。
ハクタクの目をかいくぐって、よくここまでしてくれた。
悠也さんには感謝しかない。
『ところで深月、あれは誰だ?』
悠也さんが結界の外を指さしている。
クラミツハが姿を現し、悠然とハクタクの前に進み出る所だった。
『彼女はクラミツハ』
『お、おい!クラミツハというのはまさか?!』
『心配しなくて大丈夫です。彼女は仲間なので』
『仲間!!闇の大王が?』
悠也さんが目を見開き、私がふふっと微笑むのと同時に、大きな声が辺りに響いた。
「我を呼び出したのはお前か」
クラミツハは後光が射したように神々しく、腕を組んでハクタクの前に立っている。
闇の王の風格を備えたクラミツハ。
その姿を目の当たりにしたハクタクは、白髪の老人の姿に戻った。
そして恐れ多いと言わんばかりに頭を下げ、震えながら言った。
「おお···我が闇の大王よ。偉大なる闇の君よ!ついに儂の夢が叶う時が来た」
「我を呼び出したからには、それ相応の対価が必要となろう。我は力を欲する。さあ、今すぐ力を差し出すのだ」
はっと息を呑んだハクタクは「お待ち下され」と言って駆け出し、月雅を拾い上げた。
これは完璧に演技してる。
そもそもクラミツハは力を必要とはしていない。
闇を吸収した月雅は、力の強さゆえその存在を無視することはできない。
そして、私と月雅の繋がりを感じ取ったクラミツハは、それを自然な形で手に入れようとしてくれているのだ。
式神になったからこそ、クラミツハの意図が伝わってくる。
クラミツハはチラッと私を見てペロっと舌をだした。
こら、何やってんの!
そんな事してたらバレちゃうよ。
ハクタクはそんなに甘い相手ではないのだ。
私はハラハラしながら成り行きを見守ることしかできない。
今私が出ていったら、クラミツハの演技が台無しになっちゃうからね。
どうかバレませんようにと、私は天に祈った。
「我が君よ!お受け取り下され。これは月雅と申す法具。生贄の気を吸い上げ力を増した闇の法具よ。お気に召して頂けるはずよのう」
「ほう、闇の法具とな。苦しゅうない、それを持ってまいれ」
すっかりその気になって、ノリノリで演技しているクラミツハに、ハクタクは「ははー」と言って、平身低頭だ。
ハクタクの差し出す月雅は、黒い霧をまとい闇の気に満ちている。
クラミツハは口の端を上げて月雅に手を伸ばす。
ハクタクの捧げる月雅にクラミツハの指が触れた。
その時、ハクタクの目に妖しく灯った炎を、私は完全に見逃していた。
バチバチバチバチーー!!
激しい音とともに、黒い衝撃波が月雅から放たれ、クラミツハを襲った。
その衝撃波は大きな黒い網となってクラミツハにまとわり付いて締め上げる。
「クラミツハ!!」
思わず私は声を上げた。
ハクタクはこの地を闇の楽土にするために、闇の大王を召喚したんじゃないの?!
なんでハクタクはクラミツハを襲っているの?
狙いが何なのかわからずに混乱する。
ハクタクを甘く見ちゃいけないと分かっていたはずなのに!
やはり、クラミツハ一人に任せてはいけなかった。
今更後悔しても遅いけど、なんとしてでもクラミツハを助けなくちゃ。
私は悠也さんの制止を振り切って結界を飛び出した。
「ううっ、謀ったな!!」
「ほっほっほ」
地に伏したクラミツハは、呻きながら顔を上げハクタクを睨んだ。
そしてパチンと指を鳴らし、闇の力を行使した。
黒い炎がクラミツハの指先から浮き上がった。
それは彼女の上空で膨らみ巨大化した。
「敵を焼き尽くせ!黒炎」
黒い太陽のような炎の塊は、ゴウッと激しく爆ぜる。
その塊を中心にいくつもの黒い炎が出現して分裂しハクタクを襲う。
ハクタクはニヤリと笑い、月雅をかざした。
無数の炎はシュッシュッとスピードを上げる。
そしてハクタクに着弾する寸前に、ぱっと軌道を変える。
ドクッと大きく脈打つように月雅が震えた。
なんと黒い炎は、一つ残らず月雅に吸収されてしまった。
驚愕したクラミツハは、わなわなと震えて叫んだ。
「我の炎が!信じられない。お前の闇より我の闇の方が上のはずだ」
ハクタクの第三の目が妖しく光る。
「確かに我が君の力は強大だ。重々承知しておる。その力に対抗するための闇の法具よ。大王の闇の力と、依代である雪村深月の霊力を吸い尽くし、儂の力とするのよ。全ての頂点に君臨するのは儂しかおらぬ」
そう言うと、ハクタクは「くっくっ」と笑いながら月雅をクラミツハの額にあてがった。
クラミツハの全身から黒銀色の光が上がり、月雅に吸い込まれてゆく。
「うああぁぁ!!」
「クラミツハ!!」
苦悶の声を上げるクラミツハを救うため、私は瞬時に武器である扇を出現させ右手に握ると、ハクタクに迫った。
「ぬっ?!」
ハクタクはこちらを見て驚き、僅かに隙ができたのを私は見逃さなかった。




