闇の大王
「深月、我はとても嬉しい。この気持ちがあなたに伝わればいいのに」
「クラミツハ···」
クラミツハは凛とした目で私を見て話し始めた。
「我はずっと友達を持つことに憧れていたの。この世界は暗くて寒くて寂しい。好きこのんでここまでやってくる者はまず居ない。たまに迷い込む普通の人間は、ここの波動に耐えきれず、すぐに眠ってしまう。我はここから動くことができないから、いくら友達が欲しくても無理だった。余程特殊な者が来ない限り、友達を作ることはできないと知っていたから、そんな夢はとうの昔に諦めていたの」
「余程特殊な者って···」
なにそれ。
私って普通の人間じゃないって意味?
うわぁ···。
それって喜んでいいの?
なんだか複雑。
「一人でここにいることは、とても退屈でつまらなかった。だから我と普通に接することのできる深月が来てくれて、本当に嬉しかった。しかも友達になってくれて、とても感謝しているの。我は友達であるあなたに、正直に話すことを決めた」
「正直に話すって、何か秘密でもあるのかな?」
なんだろう?
ドキドキするんだけど。
クラミツハは大きく頷き、口を開いた。
「我は闇御津羽神。闇を司る神だ」
ええっ!!
闇を司る神?!
それじゃあ、クラミツハは···。
「もしかして、あなたが闇の大王なの?」
「人間の世界ではそう呼ぶものもいる」
うわぁ!
こんなに可愛い女の子が闇の大王だったなんて!
闇の大王って、もっと強面なおじさんを想像してた。
そして、この闇の世界の巨城とかに隠れているボス的な存在で、あとから出てくるのだと勝手に思い込んでいたんだよね。
よく考えたら、クラミツハはここで一人きりだと言っていた。
私が脳をフル回転させていたら、もっと早く彼女が闇の大王だと気づくこともできたのに。
ああ、なんてことだろう。
私、闇の大王と友達になっちゃったよ。
いいのかな?大丈夫なのかなと、今頃になってドギマギする。
あれ、ちょっと待って。
私が闇の大王と友達ということは、私は闇の大王の依代にならずに済んだということなのだろうか?
やっと友達ができて、こんなにも喜んでいるクラミツハが、友達を犠牲にするなんて考えにくいからね。
それにしても、クラミツハはよく正直に話してくれたと思う。
本当のことを話すって、結構勇気がいるはずだから。
私も、自分の置かれている状況を正直に話して、元の世界に戻らなければならない。
私の仲間を助けるために。
それでクラミツハが気分を害したとしても、私は自分の意志を貫くと決めている。
「クラミツハ、話しがあるんだ」
「話しとはなに?」
「私も正直に話すね。ここには敵の罠にハマって連れてこられたと言ったよね」
「うん」
「敵は私を闇の大王の依代にするために、ここに送り込んだのよ」
「ええっ!!我の依代に?!なんのために?」
そう言うと、クラミツハは私を凝視した。
「私の世界に闇の楽土を創るためだと言ってた」
「···確かに深月が我の依代になれば、それも可能だろうね。そうなれば、あなたの世界はここと同じく闇に閉ざされることになる。深月はそれを望むの?」
「ううん、私はそれを望まない」
私は毅然として言った。
闇の世界よりも、光あふれる世界にいたい。
そしてみんなで笑って暮らすことを望んでいるんだ。
「···わかった。深月、あなたはこれからどうしたい?」
「私は元の世界に戻ってやらなければならない事がある。窮地にいる仲間を助けたいんだ。だからクラミツハ、私が戻れるように協力してくれないかな?」
「あっ···」
クラミツハはそう呟くと、さみしげにその瞳に涙を浮かべたものの、首を横に振り袖口で涙を拭うと言った。
「そうだよね。ずっとここで深月と共にいたいと願うのは、我の独りよがりの思いだ。我はあなたに惹かれたばかりに、わがままを通すところだった。······我は友として、あなたに協力すると誓うよ」
うわぁ!
なんて優しいんだろう。
「クラミツハ···ありがとう」
クラミツハの言葉に感激し、思わず彼女を抱きしめた。
この子がとてもいい子で良かった。
嬉しくて力を込めると、ハグされることに慣れていないのか、クラミツハは動揺して体をこわばらせた。
私は思わずくすっと笑い、クラミツハを解放すると、彼女もまたホッとして微笑み、話し始めた。
「今の我の力では深月を元の世界に戻してやる事はできない。戻るには我と同等の霊力を有している者の助力が必要なんだ」
「同等の霊力って、そんな人いるのかな?」
「いるよ。我の目の前に」
クラミツハに指さされた私は、目をパチクリと瞬かせた。
「もしかして、私?!」
クラミツハは頷いた。
ひえぇぇ。
そうなんだ!
でも、元の世界に戻る方法があるようで、少し安心した。
「あなたが人間界に戻る方法は二つ。我の依代になって戻るか、もしくは···我が深月の式神になるか」
「えっ?!クラミツハが私の式神になるの?」
「深月が我の依代になったら、深月の意識は永遠に我の意識の下に沈んでしまう。これでは友達になった意味がないんだよ」
「そうだね」
「だから我は、深月の式神になることを選ぶ」
「クラミツハ、いいの?」
クラミツハは頷くと、懐から何かを取り出した。
「これは闇の勾玉の首飾り。さあ手を出して」
そう言って、クラミツハは私の手のひらに小さな勾玉を載せた。
それは漆黒の勾玉で、所々に銀色の星のような光りが見えるとても綺麗な輝く石だ。
「これ、凄く綺麗だね」
「この勾玉は我の命。我が分身をあなたに委ねる。深月、手を貸して」
私が手を差し出すと、クラミツハは勾玉の紐を私の中指にくくり付けた。
勾玉は私の手の平でキラキラと輝いている。
クラミツハは私の目の前に跪くと、目を瞑った。
私は深く呼吸をし、自分自身を整えると、クラミツハの額に勾玉をあてがった。
「調伏!クラミツハ」
そう叫んだ私の手からは、ぶわっと銀色の光が溢れ、勾玉を通してクラミツハに流れ込む。
その光はこの暗闇の中で輝きを増してゆく。
力の持っていかれ方が半端ない。
やっぱり闇の大王だけのことはある。
くらくらする自分を叱咤し、私はぐっと力を入れ集中する。
私の光がクラミツハに吸収されるに従い、辺りが明るくなってきたように見えた。
そして、私の力の全てを注ぎ込むと、クラミツハからは銀色の光が溢れて、四方八方に強烈に放射された。
「うわっ!」
私は思わず叫んだ。
放射される光が強すぎて目が眩む。
その光はこの世界の全てに注がれているよう。
その光もやっと落ち着き、私はゆっくりとまぶたを開いた。
「あっ!」
そう呟いて、私は声を失った。
なぜなら、闇の世界はもうどこにもなく、そこは夜明けを迎えたかのように、キラキラと輝く美しい場所に変わっていたからだ。




