VS.爺
悠也さんは呪符を一枚取り出して言った。
「深月、ちょっとその腕を見せてくれるか」
腕って、怪我をした左腕の事かな?
なんだか色々あって、怪我していたことをすっかり忘れていたんだけど。
改めて言われると、痛いんだよね。
でも、呪符を取り出したりして、一体何をする気なんだろう?
私は首を傾げながら左腕を悠也さんに見せた。
「その呪符、どうするんですか?」
「これか?まあ見てて」
悠也さんはそう言うと、呪符を私の左腕の患部の上にペタリと貼り、真言を唱えた。
『オン·コロコロ·センダリ·マトウギ·ソワカ』
呪符からは青い光が放たれ、私の左腕を包み込む。
光は微細で、細胞の隅々まで行き渡るようだ。
あっ!
この光はスッとする。
熱を持った患部を冷やしてくれるようで、とても気持ちがいい。
腕が軽くなって、痛みは随分と軽減された。
腕を軽く回してみる。
うん、問題なく動かせる。
これなら戦闘に支障はない。
「この呪符凄い!怪我がだいぶ良くなりましたよ」
「そうだろう。これは回復の呪符だよ。爺の奴には俺の呪符が効かないから、これくらいしかサポートできないけど」
「とんでもない!十分です」
悠也さんはこれくらいって言うけどね、傷を治しちゃうんだよ!こんなに凄い呪符なのにね!
悠也さんはなんて謙虚なんだろう。
「ああ、それとな。如月の娘の救出は俺に任せて、深月は爺との戦闘に専念してくれ」
「えっ?!彩香のこと、任せてもいいんですか?」
悠也さんは呪符を何枚か前にかざして、不敵に微笑んだ。
「任せておけ!爺の奴には呪符は効かない。でも、その目を欺くことはできるはずだ」
あら。
なにかやってくれる気だ。
「えっへん!」と自信ありげに胸を張るので、私もつい笑ってしまった。
笑いが出たら、なんだか少し楽になった。
これってとても大切なことなのかもしれない。
心に余裕を持って行こう。
深く息を吐いて武器を構える。
「悠也さん、後のことよろしくお願いします。結界を解除します」
「ああ、行って来い」
結界を解き、私は爺目指して走り出した。
爺が月雅を右へ払い、そこから黒いかまいたちが飛来してくる。
私はかまいたちに狙いを定め武器の扇を振るった。
扇にかまいたちが触れた瞬間、パシュっと小気味よい音がしてかまいたちは霧散した。
うわっ!
想像していた以上に、この武器は効果絶大だ。
私は調子よく、かまいたちを消し去ってゆく。
「おや、お主の力はこんなものかのう?」
爺は片眉を上げて、「ほっほっほ」と、薄ら笑いを浮かべている。
むむ!
私のペースを乱そうとする、爺の作戦だ。
そんな策にはハマらないんだからね!
私は爺の側まで駆けると、ジャンプして扇を振り下ろした。
爺は月雅と杖をクロスさせ、私の扇を受け止めて言った。
「お主の霊力はいつまで持つかのう?早う儂のものになるが良い」
「いやよ!」
爺は私の手元を狙い蹴り上げた。
その蹴りをすかさず避けて、私は数歩後退した。
爺は右手の月雅と左手の杖を持ち替え、杖での攻撃が始まった。
その動きは素早い。
歳を全く感じさせないほどの、技のキレだ。
足さばきも見事で、この動きは中国武術の拳法だ。
杖での攻撃に加えて、強烈な蹴りが入る。
更には月雅での連続攻撃は凄まじいものがある。
しかし、伶さんとの模擬戦を経験している私は、この程度のスピードなら難なく対応できる。
爺の攻撃を躱しつつ、扇を横に薙ぎ払い、そのまま切り返す。
爺は私の攻撃を防ぎきれず、杖を取り落とした。
そこに連撃を加える。なんとか月雅も奪い返したい。
しかし、爺はバック転で私の攻撃を躱し、荒々しい息づかいで言った。
「中々やりおる。これならどうかのう?」
そう言うと、急にふらふらと足元がおぼつかなくなった。
「ひっく」と、しゃっくりをしている。
なんだか酔っ払っているみたい。
よろよろとしながら、こちらへ歩み寄ったと思うと転びそうになる。
その瞬間、ヒュッと私の顔に何かが飛んできた。
さっと躱すけれど、そのはずみで衣装のウィッグが外れた。
よく見ると、爺の手には私のウィッグがある。
しかも、毛髪の部分がズタズタに引き裂かれている。
うわ!
何なのあの指先の力は!
一歩間違えたら、私があのウィッグみたいにズタズタになってたよ。
油断しちゃダメだ!
爺の動きは多分、酔拳という拳法だ。
酔ったふりをして油断させ、こちらの隙をついて攻撃してくる算段に違いない。
でも。
私には今、自分の扇がある。
いつものように舞い、爺のペースすら崩そう。
私のふうっと息を吐き、胸の前で扇を水平に構える。
胸の奥から力は溢れ出し、私の全身へと行き渡る。
扇に宿る光はキラキラと輝きだしてその姿を細長く変貌させる。
「む、なんだ?」
爺はその輝きに目がくらんだのか、手で目を覆う。
扇からの光は全身へと流れ、闘志みなぎる私は、舞いながら爺へ扇を振るった。
「くっ!!」
爺は目がくらんだまま、私の攻撃を躱す。
何度かの撃ち合いの後、私は渾身の力を込めて扇を振り上げた。
ガツン
辺りに音が響き、爺の手から月雅が吹き飛ぶ。
黒く闇に染まった月雅は、カラカランと音を立てて転がってゆく。
落ちた先は爺の後ろ側だ。
爺をどうにかしない限り、月雅を奪還することは出来ない位置にある。
爺は私の焦りを感じたのか、にやりとほくそ笑んだ。
「お主、流石に闇の大王の器だけのことはある。人間の肉体でお主に相対するのは限界よのう。さすれば···」
そう言うと爺は右手を前方にかざし、「むん!」と唸ると、足元から黒い風が巻き起こった。
ゾッと背筋に悪寒が走り、私はバックステップで爺との距離を置く。
皮膚も粟立つような寒気すらする。
爺の髪は浮き上がり、本当の顔が顕になる。
それを見た私は、驚きのあまり叫んだ。
「な、何なの?額に目がある!!」
ちょうど眉間の少し上辺りに第三の目があり、その目がギロリと私を睨んでいる。
恐怖で足がすくみそうだ。
でも、これで終わりじゃないみたい。
相手の正体が分からないのに、あたふたしても仕方がない。
落ち着かなければ。
私は爺から目を離さず、第三の目を睨み返した。
辺りには黒い霧も立ち込めてきた。
爺は口角を上げ、黒い風に乗って浮き上がった。
そして、「ほっほ」と笑うと、その身体を風が覆った。
そこだけが深い闇のように見える。
ビリビリと稲光が走り、闇の中から白くて太い足が見えたかと思うと、それは姿を現した。
「白い獅子?」
私は呟いた。
大きな体は真っ白な毛で覆われ、太い四つの足に頭には黒い角。
顔には二つの目の他に、やはり第三の目がある。
これが爺の正体なの?
この獣の周りには黒い霧が巻き、三つの目はどれも淀んで見える。
だけど、何故なのか。
あの姿に凄く違和感を覚える。
首を傾げていると、彩香の救出へ向かっていた悠也さんが叫んだ。
「嘘だろ!奴の正体はまさか!?」
彼は呪符を手にしたまま、愕然と立ち尽くした。




