追跡
薄暗いこの場所には多くの鬼たちが行き交っている。
赤や青、黄色の鬼たち。大きさも姿も多種多様だ。
ここはどこまでも続く回廊のような所で、私達はこれからどこへ向かって行けば良いのやら。
『悠也さん。爺と彩香の後を追いたいのだけれど、何かいい方法はないかな?』
『···そうだな。人間の気を追えばたどり着ける。ここは鬼だらけだからな。その中で人の気を探すのは割と容易いと思うぞ』
『へえぇ』
簡単に見つかりそうで安心したんだけど、なぜか悠也さんの顔色は冴えない。
『場所は分かるが、この鬼の数はないよな。俺が追跡にまわれば、戦いに参加できなくなるんだ。探すにしても、俺をガードしながら戦って、この鬼の集団の中を突っ切るのは無謀だ』
『······』
無謀、か。
確かに。
この鬼の数、地上に現れた鬼の比じゃないんだよね。
なんでこんなにいるんだろう?
それに今は、式神のみんなを地上に残してきてしまった。
ヤトは休ませないとならないから呼び出せない。
どうしよう、と悩んでも仕方がないのだ。
どの道、呪符の効果が切れれば鬼と戦わなければならないのだから。
よし!
ここは腹を括って、私一人で頑張りましょう。
ヤケクソな気もするけれど、やるしかないんだよね。
『悠也さんは爺と彩香の行方を探ってください。私が鬼を倒します』
悠也さんは目を見開いて困惑した表情を見せた。
『大丈夫か?』
そう問われ、私はぐっと気合を入れた。
『はい。私がなんとかします。よろしくお願いします』
彩香を早く救出したいんだ。
爺が何者で、何を企んでいるのかわからないから、彼女は今、とても危険な状況にある。
早急に追跡しなければならない。
勝算があるかなんて分からないけど、私のできることはしたい。
悠也さんはやる気のみなぎった私の目を見て、小さく頷き微笑むと呪符を一枚取り出した。
『お前の覚悟はよくわかった。俺も力を尽くそう』
『悠也さん、ありがとう』
『深月、戦闘時の注意事項だ。結界石のブレスレットに細工をしただろ?鍵に変質させたことにより結界の効果が失われている。十分注意するんだ』
そうだったんだ!
確かに、結界石の効果が発動してブレスレットが壊れてしまったら、鍵がなくなってしまう。
それは困るからね。
『気をつけます』
『それでは呪符の効果が切れたと同時に、もう一つの呪符で追跡を開始する。そろそろか···』
ふっと空気が変化した。
私達を守っていた呪符の壁が取り払われた瞬間だ。
悠也さんは「よし、今だ!」と叫び、手に持った呪符をサッと空に放り投げると、それは白い鳩に変化し、上空へと舞い上がった。
ざわりっと、辺りが騒然としだした。
私達の存在がバレて、鬼たちがこちらへ向かって来る。
「深月、そのまま真っすぐにひたすら走れ」
「了解」
私は月雅を右に振るった。
そこから疾風が躍りでて鬼たちを襲う。
複数の鬼がかまいたちに倒れ、その中を私と悠也さんは駆け抜ける。
「深月、まだまだ真っすぐ進め」
「はい!」
私は月雅の房飾りから水晶を外し、前方の鬼の集団へと投げつける。
バーンと大きな音が弾け、鬼の集団はバタバタと倒れた。
私はありとあらゆる手を使って、進行方向にいる鬼たちを倒す。
飛び道具で倒しきれない鬼は、走り寄って倒し、悠也さんを狙った攻撃や、後方や横合いからの攻撃には、かまいたちや水晶を投げて対応する。
思っていたよりも鬼たちのスピードは遅い。
なんとか、悠也さんをガードしながら戦うことができる。
はぁはぁと息を吐き、呼吸を整えながらも月雅を振るう。
しかし、いつの間にか鬼たちに囲まれジリジリと間合いを詰められる。
「深月、大丈夫か?」
悠也さんは心配そうにこちらを見る。
「は···い。まだ、行けます」
荒く息を吐きながら私は答えた。
倒しても倒しても、押し寄せてくる鬼の群れ。
多勢に無勢の現状だ。
流石に筋肉に披露が溜まってきた。
額から流れ落ちる汗が目に入り、視界がぼやけた。
目の前に現れた鬼が金棒を振り上げる。
「深月!」
いけない!
とっさに真横に飛んだけれど、視界のぼやけの為、一瞬動きが遅れた。
ガッと左腕に金棒がかすり、全身に衝撃が走った。
ズキズキと腕は痛み、クラっと目眩がした。
このまま倒れてはダメだと自分を叱咤し立ち上がった。
すぐさま鬼は次の攻撃へと移り、金棒を振り下ろす。
腕の痛みと疲労の溜まった足は震えて、思うように動かない。
ダメだ!振り下ろされる金棒を避けきれない。
やられる!
ガツンと大きな音が響く中、思わず目を瞑った私は不思議に思った。
いつまでたっても身体への衝撃が来ない。
目を開いて見上げると、そこには剣で金棒を受け止めている男性の姿があった。
「深月、なぜもっと早く私を呼ばない?」
そう言う声の主は、金棒を横に往なし、返す刀でザンと激しい音を立て鬼を仕留めた。
「···ヤト、なんで?」
どういう事?!
宝玉の中で休んでいるはずのヤトが、なんで目の前にいるの?
「お前がピンチの時に、黙って寝ていられるわけがない。言っただろう、暴れ足りないと」
ヤトは目を細め笑うと、迫りくる鬼たちをバッサバッサと切り払った。
「体は大丈夫なの?」
「愚問だ」
私の問に、振り向かずに答えたヤトは、剣を高く掲げ青白い狐火を出現させると、一気に解き放った。
間合いを詰めていた鬼たちは、炎を受けて燃え上り次々に倒れた。
それを見た他の鬼たちは、炎に恐怖を覚えたのか、私達から距離を取り、遠巻きに様子を窺っている。
怪我をした上に疲労もピークに達し、とても危険だったところにヤトが助けに来てくれた。
私は安心しホッと息を吐き、呼吸を整えた。
知らずにかなりのプレッシャーだったようで、肩の荷が下りたように軽くなった気がする。
「ヤト、出てきてくれてありがとう。助かったよ」
「私はお前の式神。お前のためだけにある。礼など不要よ。それにしても、何だこの鬼の多さは?これからどこへ向かえばよいのか?」
「私達は今、爺と彩香の行方を追っているの。そのために鬼を倒しながらこの通路を前進しなきゃならない」
「ほう、それは面白い。暴れ甲斐があるというものだ」
ヤトが剣を構え直し、飛び出そうとしているところに大きな声が響いた。
「待ってよね!ヤトにばっかり美味しいとこ持っていかれたら、僕の存在意義がなくなるんだから!」
水撃で鬼を屠りながら、ハヤトくんが現れた。
「ハヤトくん!!」
「ミツキ、なんで先に行っちゃうのさ!僕たちをおいて行かないでよね」
「そうだな。深月、無茶しすぎるなと言ったばかりだろう」
「深月、遅くなり申し訳ありません」
向かい来る鬼たちを蹴散らして、ユキちゃんとシュリが姿を見せた。
「ユキちゃん!!シュリ!!」
式神のみんなの姿が見えた途端、脱力しそうになって、慌てて踏みとどまる。
安心したからって、倒れる訳にはいかない。
「む、深月怪我をしたのか?」
ユキちゃんにそう言われ、私は慌てて怪我した腕を右手で覆って言った。
「ああ、こんなのは大した事ないんだよ。大丈夫だから気にしないでね」
ユキちゃんは首を横に振ると、私を抱き上げた。
「な、なにするの?!」
「放っておくとお前は無茶しすぎる。戦いは式神に任せてここで少し休んでおけ」
ユキちゃんの言葉や、私に注がれる眼差しはとても優しくて、なんだか目頭が熱くなった。




