千年の時を超えて
「千年」
「はあ?」
千年って!?何を言っているんだ。
「お前を探し求めて、私は千年を超える時を生きてきた」
「あなたは何を言ってるの?意味がわからないんだけど」
だって私、二十年しか生きてないのに。
「意味?そんなものはどうでもいい。お前は千年前も今も、お前であることに変わりはないのだから。なあ、雪村祭雅よ」
「人違いです。私、雪村深月。祭雅なんて知らない」
「ははははっ」
高笑いが辺りに響いた。
その男性はこちらに手を伸ばすけど、私の前にユキちゃんが躍り出たのを見ると、はっと息を呑みその動きを止めた。
「知らない?よく言う」
その男性は赤い目を細めて楽しそうに話を続ける。
「目の前のそいつ、千年前も私の邪魔をしたな。それにお前が手に持っている扇、それは祭雅の愛用していた扇だろう」
「ええっ?!」
何それ、そうなの?全然わかんないんだけど。
色んな情報が入っきて混乱した私は、ユキちゃんと扇を交互に見て狼狽えた。
待って待って、落ち着いて私。
あの男性の言葉を鵜呑みにして動揺したら、彼の思うツボだ、きっと!
「祭雅、さあ大人しく私に喰われるんだ」
ほらあ!やっぱり。
狂ってる!
「遠慮しときます。私はあんたの食べ物じゃないから。他を当たって」
「そういう訳にはいかない。お前は美しい。その稀有な魂ごとお前を喰らわば間違いなく格が上がる。私と一つになってお前を未知の世界へと誘おう。そして私の中で永遠に生き続けるがいい」
「絶対イヤ!!」
勝手なことばっかり言って!なんなのよ。
誰が誰を食べるって?
彼の中で永遠に生きるとか、バカなの?冗談じゃないわ!
恐怖よりも怒りのほうが勝ってしまった私は、扇を握る手に力が籠もる。
ただこの扇でどうやって戦うのかがわからないんだよね。
周りには石も見当たらないし、どうする?!
男性の手が再びこちらへと伸びてくる。
私は咄嗟に扇を前に突き出すと、何故か男性は怯んで動きを止めた。
それが合図とでも言うように、ユキちゃんが飛びかかった。
爪を立てた前足で男性の肩に一撃を加え、くるりと回転し着地する。
肩からは鮮血が吹き出し、苦痛にその顔を歪める。
ユキちゃん、強いんじゃない?!
小さいし、可愛いのに凄い!
ようし!私も頑張る。
そう思って扇を構えるけど、それを見た男性はうっすらと不気味に笑み、右手を天に掲げた。
「祭雅のようでいて、祭雅とは違う」
そう言う彼のその手からは青白い炎が出現し、私とユキちゃんに襲いかかってきた。
ひぇぇっ!
ヒュンヒュンと勢いを増して飛んでくる炎を、右に避け左に避けするけど、きりがない。
ユキちゃんは炎に飛びかかり、前足で抑え込み見事に炎を消滅させている。
炎が熱くないのか、炎に耐性があるのか。
って感心している場合ではなかった。なんだかさっきよりも青白い炎は増えて、スピードもだんだん増していってる気がするんだけど!
これ、マズいよね。
避けきれず、ヒュっと私の左腕を炎が掠めた。
「あつっ!」
熱いし痛いじゃない!
これは避けてるだけじゃダメだ。
私は目の前に襲い来る炎を、右手に持つ扇で叩き落としてみた。
パシュっと小気味よい音がして、炎は消滅した!
気を良くした私は、目の前に来る炎を次々に叩き落し、炎はなくなっていく。
だけど、このままだといずれスタミナが切れてやられる。
他に何か方法はないものかと、ちらりと扇を見やる。
あれ?
房飾りが光ってる。
いや、正確には数珠つなぎの水晶が光って見えた。
私は水晶部分に手を添えると、水晶の一つがパラっと外れ、私の手に収まった。
もしかして、これ飛び道具なのかも!
私は扇と水晶を持ち替えて、石を投げる要領で握りしめてからあの男性に投げつけた。
水晶は光を纏って飛び、男性の脇腹に命中した。
ドーンっと物凄い音を立て、派手に砂煙が舞い上がる。
うわぁ!なにこれ、効きすぎじゃないの?!
石よりも遥かに強い水晶の効果に驚きつつも、あの男性の次の攻撃に備える。
砂煙が徐々に落ち着いてくると、そこにはあの男性がうつむき加減に立っている。
その顔や腹から血を流しており、怒りが湧き上がっているのが感じ取れた。
「やってくれる!そう簡単には行かないってことか」
「当たり前でしょ!あんたなんかに負けないんだから」
「ははっ!いつの時代もお前はそうでなくては」
そう言うと男性は笑みを浮かべて、両手を胸の前で合わせた。
急に霧が立ち込めてきたかと思うと、男性は光り輝きなんと巨大化してその姿を変貌させる。
うわっ!!
思わず見上げた私の瞳には、それは大きな銀色の狐の姿が映り込む。その毛並みは燻した銀色に光り、瞳の赤さは妖しさを増す。
私はあんぐりと口を開いて固まった。
ヤバいでしょ!なんなのあれは。
もちろん人ではないと思っていたけど、もののけだ。
あんな大きいのと、一体どうやって戦うの?
右手に扇を持ち替えて、構えようとしたとき、目の前の銀狐の前足が大きく振り下ろされた。
うわ!大きいのに早すぎる。
あんなのに抑え込まれたら圧死する!
でも、なぜかよく見える。
動きは早いのにスローモーションのように見えるという不思議な感覚。
私は銀狐の前足の動きを目で追いつつ、真横に飛んだ。
受け身を取ったのでダメージはないけど、危ないな。
銀狐の前足は、私のすぐ近くのアスファルトを深く抉り、大穴が開く。
それを見てゾッとし、恐怖のあまり私の足は竦んでしまった。そして、銀狐はまた薄ら笑いを浮かべて前足を振り上げた。
うわっ!!
逃げられない?!
そう思ったとき、ユキちゃんが私の前に躍り出た。
嘘っ!
マズいよ。
「ユキちゃん!」
私は必死に叫んだ。すると、ユキちゃんは銀孤に向かって飛びかかっていくではないか。
ダメだ!体格差が有りすぎる。このままじゃ一撃で死んでしまう。
そんな小さな体で私を守らなくてもいいの。
それは、あっという間の出来事だった。
銀孤の前足に上から叩きつけられ、ユキちゃんは踏み潰されてしまった!
ああっ!!
何てこと···。
私はがっくりと膝をついた。
会ってまだそんなに経っているわけではないけど、心の通い合う友達のように思っていた···。
どうして?酷いよ!
「ユキちゃん···」
あんまりだ。何でこんな事になるの···。
私を庇って消えてゆく命。
私は、石を投げてサポートできればそれでいい、なんて気楽に考えていた。
でも、それじゃあなんにも出来ないのと同じ。
甘すぎた自分の考えで、大切なものが失われてしまう。
私のせいだ。
ユキちゃんが犠牲になったのは、私の自覚が足りなかったから。
泣くに泣けない。
こんなのはイヤだ。守ってもらうばかりなんてもうたくさん。
こんな悲劇を繰り返してはいけない。
私は、大切な者を自分で護らなければ。
そのためには、強くならないと。
下を向いていた私は顔を上げ、扇を強く握って立ち上がった。
その扇を目の前に突き出し、銀孤に向かって叫んだ。
「私が相手よ。かかってきなさい!」