本選5
「深月、身を低くして掴まれ。朱雀の炎は私が防いでみせる」
ユキちゃんは危険を顧みずにそう言ってくれるけど、彼を朱雀の炎に近づけたくはない。
いくら相剋関係を無視できるといっても、全くの無傷で済むといったら嘘になるから。
朱雀の炎を避けながら、脚環を破壊するためにはどうしたら良いんだろう。
朱雀は敵を追跡する時は炎を撒き散らしはしなかった。
それを利用すれば···あっ!あの方法ならいけるかもしれない。
「ユキちゃん、ありがとう。朱雀に近づいたギリギリの所で、私の指示に従ってくれる?考えがあるの」
ユキちゃんは私の言葉に、一瞬押し黙った。
「無茶なことを考えているだろう。やめておけ」
あ!やっぱりバレてるか。
無茶だとわかっているけど、やめる訳にはいかない。
ユキちゃんを危険に晒してまで、自分の身を守ろうとは思わない。
「ううん、やめないよ。多分これが一番いい方法だから」
ユキちゃんは、はあっと大きなため息をついた。
「一度言い出したら、てこでも動かない。それがお前だ。仕方がない、深月の指示に従おう」
「うん!それじゃあ、間髪入れずに指示を出すからよろしくね」
「わかった。いいか、くれぐれも無茶しすぎるな」
「はーい!」
私はしっかりユキちゃんに掴まった。
ユキちゃんは走り出して、徐々に加速してゆく。
そして、朱雀まであと少し、という所で私は指示を出した。
「ユキちゃん、急上昇」
私の声に即座に反応し、螺旋状に上へと駆け昇る。
朱雀は慌てて私達の後を追ってくる。
朱雀の羽根は飛来するけれど、ユキちゃんと私は全身でそれを感じ取り、全て防ぎ切る。
私はユキちゃんの背にそろりと立ち上がって、朱雀との距離を測る。
よし、ここだ!
「ユキちゃん、このまま上昇」
その言葉を残し、私はユキちゃんの背を蹴った。
朱雀はひたすらユキちゃんの後を追い上昇する。ユキちゃんはおとりだ。
ユキちゃんに集中している朱雀は、案の定炎を広げてはいない。
私は空中で回転をすると落下しながら朱雀を待つ。
上昇する朱雀と落下する私。
心の中でカウントする。
いち、に、さん!
重なり合う一瞬の間。朱雀の脚環がクローズアップされたように黒く光る。
私は大きく息を吸い、月雅を真横に払った。
バキっと派手な音を立てて、見事に脚環は砕け散った。
パラパラと空中に飛散する脚環を見つめながら、私は叫んだ。
「ユキちゃん、急降下!」
落下するよりも速く、ユキちゃんは私に追いつき、その背で受け止めてくれた。
少しヒヤッとはしたけれど、上手くいってよかった。
脚環を破壊された朱雀は、空中で羽ばたきこちらを見ている。
不意に朱雀と目があった。
その瞳は輝く光を取り戻している。
私のもとにあの頃の朱雀が戻ってきてくれたように思えてならない。
術具から解き放たれた今、彼は何を思うのだろうか?
舞台に降り立ったユキちゃんは、私を下ろすと「深月···」と、低い声を出した。
あれ、この声。もしかして怒ってる?
ひえぇ、ユキちゃんが怖い目をして睨んでる。
「無茶しすぎるなと言ったばかりじゃないか。なぜあんなことをする」
一歩後ずさった私は、びくつきながら答えた。
「え?いやあ、あれしかいい方法が思い浮かばなかったんだよね。でも、上手く行ったし結果オーライじゃない?」
しかし、私の言葉で更に機嫌の悪くなったユキちゃんは、バシッと尻尾を床に叩きつけた。
「結果オーライじゃないだろう。お前に何かあったらどうするつもりだ」
うわ!
本格的に怒ってるよ!
「ごめん!今後は気をつけるから」
そう謝ると、ユキちゃんはふぅっと、長いため息をつき、私に頬ずりをする。
「あまり心配させるな。お前がどんな性格をしているか、分かっているつもりでいたんだがな。あれじゃ、心臓がもたない」
それはそうだ。
ほぼ捨て身の攻撃だったからね。
この作戦はユキちゃんを信頼しているからできたのであって、他の式神だったらまずやらない。
私はユキちゃんの首を撫でて、もう一度謝った。
「ホント、ごめんね。ありがとう」
その時、ピクっとユキちゃんが動いた。その視線の先には彩香がいるはず。
「深月、心してかかれ」
緊迫したユキちゃんの声に、なにかが起こっている事を察した私は、月雅をぐっと握り振り向いた。
「ああっ!熱い···ダメよ···ううっ···」
彩香は右手を前に突き出して、苦しそうに呻く。
法具の手甲鉤からはもうもうと煙が上がり、端からポロポロと崩れてくる。
「法具が崩壊する。深月、危険だ!下がれ」
私はかぶりを振ると駆け出した。
法具が崩壊する時、軽い爆発が起こる。
宝玉の中の式神が自分の身を守ろうとして、持てる力を解放するために起こる現象だ。
この爆発で宝玉が傷つくことはないが、法具の持ち主がこの爆発に巻き込まれたら、命を落とすことになる。
この時点で法具に近づくのは、とても危険だと言うのは分かっている。
でも助けると決めたからには、このまま彩香を放って置くことはできない。
彩香の側まで来た私は、その顔を覗き込む。
目は焦点が合っておらず、引きつった笑みを顔に貼り付けているように見えた。
「彩香っ、法具を外すのよ!早く」
私の声にビクっとし、小さく頭を振る。
「それは、···ムリよ」
この期に及んでまだ抵抗するの?!
法具はカタカタと音を立て始め、宝玉が膨張しているように見える。
もう限界だ。時間がない!
「彩香、死んじゃダメよ」
私は無理やり彩香の右手を掴んで、法具を外し舞台の上空へと投げた。
観客を危険にさらさない為に、法具を投げる場所は上空しかなかった。でも、そこには朱雀がいる。
このままだと彼に被害が及ぶ。
私はとっさに叫んだ。
「朱雀、舞台へ降下」
『お願い、どうか私の声に応えて!』
無茶な指示だとは分かっているけど、朱雀を傷つけたくないんだ。
彩香は私の声にぎょっとしている。
朱雀はバサッと翼を大きく広げ羽ばたき、一気に降下する。
私の投げた彩香の法具を掠めて飛び、地上に降り立つやいなや、上空で手甲鉤は爆発を起こした。
朱雀は私の指示に従ったように見えた。
彼が無事で良かったと思う反面、主以外の者の指示に従う事があるのかなと不思議に思った。
「朱雀、なんで深月に従うの?」
彩香は瞠目してそう呟き、私と朱雀を交互に見る。
朱雀は『ピュイー』と一声鳴くと、大きな翼を折りたたんだ。
そして、朱雀の身体からは赤い光が溢れ出した。
その姿は背の高い青年へと変化した。
長い赤髪を後ろで結わえた二枚目な彼は、とても優しい眼差しで、微笑みながらこちらを見つめている。
「朱雀?」
私の呼びかけに一礼をした朱雀は、こちらに歩み寄り、私の前にひざまずいた。
「祭雅、これは夢ではないのでしょうか?」
ああ、この声は懐かしい。
千年前の記憶がわずかに蘇る。
だけど、いいの?
主が隣りにいるのに、私にひざまずいた上に頭を下げるなんて。
「な、何が起こったの?!朱雀が人の姿をとるなんて思いもしなかったわ!···ねえ、朱雀。聞こえる?深月を攻撃してちょうだい」
彩香の指示が出ても、朱雀は従おうとせず、しばらくその瞳に悲しみを宿していた。




