本選4
「あなたには、分からないのよ。私が認められるために···どんなに苦しんでいるのか。ねえ、爺なら···わかってくれるわよね」
「そうよのう。あなた様は姫とお呼びするに相応しいお方よ。ご両親もこの勇姿を見たら姫をお認めになるに違いない」
「私は···朱雀を式神にできたの。こんなに栄誉なことはないわ。きっとこれで···。私は···決して手放さないわよ」
爺はほくそ笑むけれど、その眼差しには邪な影が浮かぶ。
「そうさのう。朱雀こそ姫の栄光、力のすべて。ゆめゆめ手放すではないぞ」
爺の言葉に、彩香は苦しさに喘ぎながら、ほんの少し口の端を上げた。
なんで爺は止めないの?
そんなことを言って、彩香の自我を満足させてなんの意味がある?
爺は彩香を死へと導いている気がしてならない。
「馬鹿げてる!栄誉だか栄光だか知らないけど、死んだら全てを無くすのよ。そんなのに囚われるなんておかしいよ」
私の叫びに被せるように彩香は言った。
「何を言ったって···あなたに私の気持ちはわからない。苦も無く伝説の天狐を式神にできるは人なんかには···ね。朱雀、深月の式神を攻撃」
彩香はよろよろと立ち上がり、声を絞り出した。
「馬鹿なことはやめて!」
彩香は死ぬ気なの?!
私の忠告を無視して戦闘を開始するなんて、正気の沙汰じゃない。
朱雀は大きく旋回すると、ユキちゃんを狙い羽根を飛ばしてきた。
空中にあってもユキちゃんは素早く避け、朱雀との距離を取る。
彩香は朱雀から私に視線を戻すと、肩を上下させ荒い息を吐いた。
きっと限界は通り越している。
普通に戦ったら彩香は本当に死んでしまうかもしれない。
こんな時はどうすればいい?
月雅が訴えかけてくるように、手元がチリチリと熱くなる。
ああ。
この方法しかない。
強制的に朱雀を解放させる。
それには、法具にある宝玉を破壊することだ。
既に法具は崩壊寸前だ。
私なら上手くやれる。
私は月雅をぎゅっと握り、振り上げた。
彩香はそれに気づくと、ふらつきながら後退し呟いた。
「す、朱雀。私を護れ!」
『ピュイー』と、一声鳴いた朱雀はすぐさま彩香の前まで急降下する。
「あつっ!!」
朱雀の炎は舞い上がり、堪らず距離を取る。
そして、朱雀の足元からは黒い霧が私を捕らえようと大きく広がった。
「深月!」
私の傍らにユキちゃんが降り立ち、私を抱えて再度空へと駆け上がった。
「ユキちゃん。私、朱雀を解放する」
ユキちゃんは目を見開いて言った。
「宝玉を破壊するのか?」
「うん。そうしないと彩香が死んじゃう」
「···わかった。深月、朱雀の脚についている装飾品が見えるか?」
「あの黒光りしている脚環のこと?それがどうかしたの?」
以前の朱雀はあんな脚環はしていなかった。
薄気味が悪く、闇の色が強くて、気になっていたんだけどね。
「宝玉を破壊するためには、まずあの脚環を先に破壊する必要がある」
「どういう事?」
「朱雀は操られている」
「えっ!朱雀は操られているの?!」
なんてこと!
虚ろな目をした朱雀は、私の式神だった時とは違いすぎる。
主が代わったからそれも仕方のないこと、そんなふうに思っていたけど、操られているのなら話しは別だ。
「どうもあの脚環がその術具のようだ。宝玉を破壊するより先に、あの脚環を破壊しなければならない」
脚環が朱雀を操る術具?
なんだか、思っていたよりも事は深刻なようだ。
「どうして脚環が先なの?一刻も早く朱雀を解放したほうが良くない?」
「操られている、と言っただろう。本来、あの娘のレベルで、朱雀を調伏することは不可能だ。しかし、現に朱雀があの娘の式神として取り込まれているという事は、第三者の介入があったと見て間違いなかろう」
「まさか、白沢弦次?」
「おそらくそうだ。宝玉を破壊した瞬間に朱雀は奴に持っていかれる。脚環を先に破壊しなければ、事はもっと複雑になる」
爺がどうしてそんなことをするの?
彩香を惑わし、その命を脅かしてまで。
何が目的なのか分からない。
でも、人の命を弄ぶような事をして良い訳がない。
私、決めた。
彩香の意思はどうであれ、彩香と朱雀を助ける。
「ユキちゃん、本気を出していくよ!一緒に戦ってくれる?」
「もちろんだ」
ユキちゃんと私は手を固く握り、舞台へと降り立った。
そして、月雅を突きつけて叫んだ。
「彩香と朱雀。私はあなた達を助ける。ただそのためだけに戦うから、覚悟して!」
「······」
彩香と朱雀をしっかり見据える。
虚ろな色しか見えない二人の眼。
その眼に光が灯るように私達は動き出す。
そして私はユキちゃんに月雅を向けた。
「真の姿を現せ!白虎」
ユキちゃんから、強烈な白い光が放射される。
朱雀はその光に目が眩み、逃げるように上空へと舞い上がる。
その光は朱雀の脚環から出る黒い霧を浄化するように消し去った。
「な、何···なの?」
彩香は、思わぬ光の洪水に尻餅をつく。
光の中から大きな白い虎が現れ、『グルゥ』と一声鳴いた。
観客席からはまたもどよめきが聞こえ、それは次第に歓声へと移り変わる。
『な、なんということでしょうか!白虎です。雪村選手の式神は、伝説の四神の一柱、白虎。天狐に引き続いて白虎とは!凄まじい力の持ち主だ。未だに信じられませんが、朱雀と白虎が睨み合っております。まさかの四神対決が実現するとは、誰が想像したことでしょうか?』
彩香は白虎を凝視し、わなわなと震えている。
「嘘···よ!四神の白虎ですって?!そんな···朱雀と同レベルの式神だなんて···。天狐だけでなく、四神の白虎を同時に従えられる?!あり得ないし···私は信じない。偽物に違いないわ」
もう何と言われてもいい。
彩香の言う事は気にしない。
自分で決めたことを実行するのみ!
「ユキちゃん、行こう!」
私はそう言ってユキちゃんの背に跨った。
「振り落とされないよう、しっかり掴まれ」
「わかった!」
朱雀へ向けて、ユキちゃんは空中に踏み出した。
私は左手でユキちゃんに掴まり、右手に握った月雅に集中する。
私の力が全身へ巡り、それはユキちゃんへと及ぶ。
深く呼吸をし、ユキちゃんと同調する。
ユキちゃんが今、どのように動くのか手に取るようにわかる。
その動きに自身の重心を合わせる。
相手は朱雀。
狙いは脚の装飾品である脚環だ。
私の式神だった朱雀、その動きはよく理解している。
主が代わった今、その頃の精彩さは損なわれ、動きに無駄が多い。
操られている。
改めて、その事実が私にのしかかる。
虚ろな瞳を見れば、胸が苦しくて悲しみが込み上げてくる。
待っていて。
すぐに助けるから!
ユキちゃんは朱雀へと突っ込み、私は脚環に狙いを付け月雅を胸の前で構えた。
「朱雀、逃げて!」
彩香の指示が出て、朱雀は舞い上がった。
すかさずその後を追い、私達も駆け上がった。
「朱雀、炎」
彩香の指示が飛ぶと、朱雀を取り巻く炎はゴウっと唸りを上げ、私達にその手を伸ばす。
素早く退避したユキちゃんは、空中で静止する。
熱く大きな炎ははぜて、私達を待ち構えていた。




