本選3
誤字脱字報告をしてくださった方、ありがとうございます。
とても便利なシステムで助かりました。
今後ともよろしくお願いします。
「私の伐折羅だって強いのよ!バカにしないでくれるかしら」
我を忘れていきり立つ彩香は、今にも飛び出して来そうだ。
「ユキちゃん、準備はいい?」
「深月、私はいつでも行ける」
「そう。それなら開始の合図と同時に彩香の式神を攻撃して。私は彩香と戦うから」
「わかった。でも、無理はするな。あの式神の能力では、私をどうすることもできない。深月に何かあったらすぐに駆けつける」
「ん、ありがとう」
私は目を閉じ月雅をしっかりと握り、意識をこの舞台いっぱいに広げる。
深い呼吸を繰り返し、髪は舞い上がり力はみなぎる。
レフリーの開始の合図が聞こえた。
私はパッと目を見開いて、心の赴くままに走り出した。
私と同時に動き出したユキちゃんは、伐折羅に先制して攻撃を加えた。
『おっと、雪村選手の式神、初動が素早い。如月選手の式神、伐折羅は対応が遅れたぞ。宝剣では防ぎきれない!あっ!宝剣は折れてしまったー』
「なっ!!伐折羅、退避。急々如律令」
式神達の戦いに気を取られている彩香に、私は急接近し、月雅を真横に一閃した。
『強烈な一撃が入りましたー。如月選手は全く対応できず、結界石のブレスレットに大きくヒビが入ったぞ。何だこの素早さは!凄すぎます。流石に伝説級の式神の使い手。赤星選手と同等、もしくは上をゆくかもしれない強さです。早すぎて、解説が追いつきません』
会場からは「みつきー」と、歓声や応援の声が聞こえる。
彩香はブレスレットを守るように押さえ、叫んだ。
「まだよ!やられっぱなしで終われないわ!伐折羅、深月を攻撃」
二人同時にかかってきたけれど、身体は動き、よく反応している。
全くやられる気がしない。
襲い来る彩香の手甲鉤を扇で弾き飛ばし、彩香のよろけた隙に伐折羅へ向かう。
伐折羅の攻撃はとてもゆっくりに見える。
その拳を難なく避け、がら空きの脇腹に月雅を叩き込んだ。
その衝撃で、伐折羅は足元から消えかかる。
「式神交代!伐折羅戻れ」
彩香は手甲鉤を拾い、慌てて叫んだ。
伐折羅が消え去るギリギリのところで宝玉に戻った。
『雪村選手、強い!!いとも簡単に式神を倒してしまいました。如月選手、次はどう出るのか?!』
「ユキちゃん、彩香を···」
「深月、気をつけろ。来るぞ」
ユキちゃんは私の前に出ると、彩香の手元を見る。
手甲鉤を嵌めた彩香の手からは蒸気が上がっており、彼女は顔を苦痛に歪ませながら叫んだ。
「くっ!もうこれしかないわ。···やるしかない。式神、朱雀!!」
「「!!」」
彩香の手甲鉤は真っ赤に光り、鉄の爪の一部は崩れ落ちた。
そして、甲にある宝玉からぐわっと現れいでたのは、紅蓮の炎を纏った大きくて美しい鳥、朱雀。
彩香の真上に舞い上がった朱雀は、大きく翼を広げその存在を見せつける。
朱雀!
過去、私が祭雅だった時に式神として私に仕えていた朱雀が、彩香の式神として目の前に現れた。
かつての仲間が敵対することになるなんて···。
祭雅と朱雀は深い信頼関係で結ばれていた。
今の状況は信じ難く、胸が苦しく張り裂けそうになる。
そういえばユキちゃんが言っていた「懐かしい気配」とは、朱雀のことだったのだろうか?
「ユキちゃん。もしかしてあなたの危惧してたことは、このことだったの?」
「··そうだ。私が感じていたのは朱雀の気配。しかし、何かがおかしいんだ。それを確かめるためにも、朱雀の元へは私が向かう」
「待って、駄目よ。金属性のあなたと火属性の朱雀では相性が悪い。陰陽五行説の相剋関係にあるのよ。あなたが朱雀の元へと向かえば戦いになる。二人が戦ってはダメよ。私が出る」
(陰陽五行説:木火土金水の相生関係について。「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず」という関係を『五行相生』という。相剋関係について。水は火に勝(剋)ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ」という関係を『五行相剋』という。)
「いや、それは当てはまらない。いくら火は金に強くても、主の能力に差がありすぎる。相剋関係を無視できるくらいにだ」
ユキちゃんの揺らがない決意を感じて、私は引くことにした。
「わかった。それなら朱雀はユキちゃんに任せた。私は彩香をなんとかする」
「ああ。重々気をつけるんだ」
「うん」
『大変な事が起こりました!如月選手の出してきた式神は朱雀です。まさか伝説の四神を目の当たりにできるとは思いもよりませんでした。しかし、どうしたのでしょうか?如月選手はしゃがみこんだまま、動き出す様子がありません。あ、右手の法具から煙が上がっています。これは法具が崩壊する予兆のように見えますが、大丈夫でしょうか?』
彩香の頭上から朱雀は『ピュイー』と鳴いて羽ばたき、羽根を飛ばしてきた。
ユキちゃんはその羽根をひらりと避け、空を駆け上がり朱雀へと急接近した。
「朱雀、私だ。私が分かるか?」
『······』
朱雀はユキちゃんの言葉に反応することなく、纏っている炎を更に炎上させた。
「朱雀、お前どうした?!」
『······』
朱雀の瞳は濁り、まともに前を見てはいない。
そして、見慣れない装飾品が朱雀の脚に装備されているのに気づいた。
「その脚環は何だ!」
相変わらず朱雀は何も答えない。
黒光りする脚環からは黒い霧が流れ出て、全身を覆う。
これはまるで爺の式神·ヌエの黒い霧のように見える。
朱雀からは濃い闇が溢れ出し、周りを支配していくようだ。
「朱雀、操られているな」
『······』
黒い霧に捕らわれないよう、ユキちゃんは朱雀との距離を取る。
空中は静寂に包まれながらも、朱雀の心の叫びは誰にも届くことはなかった。
「彩香」
私は彩香の名を呼び傍に歩み寄る。今、彼女の様子を見るに、とても戦える状況ではなさそうだ。
「彩香!」
「······」
おかしい。
彩香は全く動かない。それどころか、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。
目は血走り、顔は土気色で全身から冷や汗が吹き出している。
それに、右手の手甲鉤は鉄の爪の部分が真っ赤に溶けて崩れ落ちており、右手から腕にかけて火膨れのように赤くただれている。
これはただ事ではない。
通常は主から霊力が式神に供給され、また式神から主に力が注がれる。いわば力の循環が行われる。
自分の力以上の式神を取り込むことをしてはならない。
なぜなら、主の霊力は限界を超えて式神に吸い上げられ、式神からは過大な力が主に戻り身体にかなりの負荷がかかる。
これが続けば主はいずれ死に至るのだ。
今、目の前で起こっていることは正にそれだ。
彩香の力で朱雀を制御するのは不可能なんだ。
「彩香!すぐに朱雀を解放して。あなたの今の状態は、自分の力の範疇を超えた式神を取り込んだ事によって起こる現象よ。このままだと死んでしまう」
「だ、ダメよ。ま、負けられ···ない。せっかく手に入れ···た朱雀を手放すことはできない」
吐息のように小さな声で答える彩香は、息をするのもやっとな感じで震えだした。
「あなたの命と勝負、どっちが大事なの?!」
私の問には答えずに、彩香は弱々しく笑った。




