本選2
「おっ、おほん!失言したわ。深月、あなたに挨拶に来たのに、何なのこの状況は?」
「えっ?」
この状況は何かと問われてもね。
こっちが聞きたいよ。
しかし彩香の登場で、私はようやく解放された。
「彩香、久しぶりね」
彩香に近づき挨拶をすれば、彼女は冷ややかな目つきで私を一瞥すると言った。
「あなた、うちの爺を破ったんですってね」
「えっ?!まあ、そうだね」
「爺の式神がやられるなんて、信じられない。あなた、何か卑怯な手でも使ったんじゃないのかしら?」
「はあ?」
何いってんの、この人!
「だって、どう考えたって深月の方が弱そうだもの」
うわ!
なんだかやな感じ。
「そんなの次に戦えばわかることだよ。それに私、負けないからね」
「へえ、強気ね。私だって負けないわよ。なんてったって私には奥の手があるんだから」
奥の手って何かな?気になる。
色々聞き出してみよう!
「奥の手?」
「そうよ。それは···」
「姫!!それ以上言ってはならんぞ」
いつの間にやら爺が現れ、彩香を止めに入った。
彩香は、はっとして青ざめ、口をつぐんだ。
それきり彩香は黙ってしまい、奥の手とは何なのか分からなくなった。
「爺、もう行きましょう」
「ほっほ。参ろうかのう」
最後にこちらをキッとひと睨みして、彩香と爺は立ち去った。
「なんだよ、今の?」
真尋が私の心を代弁するかのように呟いた。
「感じ悪いな。しかしあの子、強がっていた割に顔色が悪かった」
「······」
そう。
一瞬、病人かと思うほど顔色は蒼白で、今にも倒れそうに見えた。
これからの激戦に耐えられるんだろうか?
······
あ、人の心配してる場合じゃなかった。
対戦相手に同情は禁物だ。
そんな時、場内アナウンスがかかった。
『ご来場の皆様、大変お待たせいたしました。本選の組み合わせが決定致しました。組み合わせ結果を発表致します。第一試合、雪村深月さん、如月彩香さん。第二試合、相良理来さん、神在月陽介さん。第三試合、赤星伶さん、師走一馬さん。第四試合、藤原真尋さん、弓削拓斗さん』
いつの間にやら、組み合わせが決まっていたのね。
私は決勝まで事務所のみんなと対戦することはないので、ひとまずはホッとした。
『間もなく本選第一試合を開始いたします。第一試合の雪村深月さん、如月彩香さんは式神カード、もしくは法具を装備の上、式神を呼び出し戦闘準備に入ってください』
うわ!大変。
もう試合が始まるんじゃない!
式神は誰を連れて行こうか?
ヤトは休ませているから、ユキちゃんかハヤトくんになるけど。
「深月、私を連れて行ってくれないか」
「ユキちゃん」
ユキちゃんは自信に満ちた表情で笑いかける。
ああ、いつものユキちゃんだ。
なにか吹っきれた感じがするんだけど、心配事はなくなったのかな。
そんな彼を見ていたら、私も凄く安心し、自信が湧いてきた。
「わかった。ユキちゃん、一緒に行こう」
「深月···気を引き締めてゆけ」
「うん」
ユキちゃんは、私の頭をぽんぽんと撫で、横に控えた。
私は月雅をホルダーから取り出し、胸の前で水平に掲げる。
目を瞑り、深い呼吸を繰り返すと、月雅はぱらりぱらりと開き始めた。
目を開き、私の力が広範囲に行き渡っているのを確かめて頷いた。
「ユキちゃん、行くよ」
「ああ。行こう」
私とユキちゃんは並んで舞台へと上がった。
舞台のすぐ近くでは、彩香と爺が言い争っていた。
「爺、なんで駄目なのよ?!」
「まだ、早すぎるぞ。あれは切り札だというのを忘れたのかのう?」
「あれを使わなきゃ、勝てないわ。爺が負けた相手なのよ。いつもの式神じゃ太刀打ちできるはずがない」
彩香がかぶりを振ると、爺はそんな彼女を手で制す。
「あれは姫には荷が重過ぎるぞ。現に今ですら···」
「わかったわよ」
彩香は「もう何も言わないで」と爺の進言を阻み、仏頂面のままため息をついた。
そして、右手に手甲をはめ眼前に掲げると叫んだ。
「ノウマク・サマンダ・ボダナン・オン・ボダロシャニ・ソワカ」
手甲は黄色い光を放ち震えだした。
手甲からは鉄の爪が生えるように出現した。
「式神、伐折羅」
鉄の爪を天へ掲げた彩香の目の前には、甲冑に身を包んだ武将姿の式神が現れた。
その式神は草履を履き、手には宝剣を持っている。
十二神将の一人だろう。
「伐折羅、行くわよ」
彩香は伐折羅を伴って舞台へと駆け上がった。
『決勝トーナメントの第一試合、試合開始前に選手の紹介を致します』
あっ!!
また私達がでっかいモニターに映ってる。そして、例の解説が始まってしまった。
『予選で大躍進を遂げた雪村深月選手。赤星陰陽師事務所所属』
所属事務所を紹介された途端、会場中がざわめきだした。
流石、伶さん人気は凄まじいのである。
あ、そこかしこの伶さんファンが嘆いてる。
私なんかが赤星事務所にいてスミマセン。と、謝りたくなるほどの騒ぎになってしまった。
申し訳ない気分になってくるのはなぜだろう?
『所有法具はSランクの月雅。これは現存している法具の中で最高ランクをつけています』
うわっ!そんなことまで、事細かに公表されてしまうの?!
今度はざわめきを通り越して、どよめきになった。
「ちょっと、Sランクの法具って何なのよ?!なんであなたがそんなのを持ってるの?」
彩香が目を見開いて叫んだ。
「なんでって言われてもねえ」
「ま、まさか!伶様のサザンクロスを抜いた噂の法具の持ち主が、深月だったってこと?!しかも、美少女陰陽師とか言われてるんじゃなかったかしら」
「はあ?」
また、訳の分からないうわさが横行してるらしいけど、もう大概にして欲しい。
『雪村選手の式神ですが、先程の予選決勝で明らかになりました。三人の式神のうちの一人はなんと、九尾の天狐!これは伝説級の式神であります。法具と式神からわかるように、その能力は規格外。次世代を担う脅威の新人と言えるでしょう。本選での活躍を期待しましょう』
ちょっと大げさすぎやしませんか。
しかし、なぜか会場のどよめきは、歓声に変わってしまった。
キョロキョロと会場を見回すと、どうも注目されているらしい。
うーん、こんなときはどうしたらいいのか?
ちょっと、手なんか振ってみる?
遊び心で手を上げて軽く振ってみた。
「わあーー」っと会場は割れんばかりの大歓声に包まれた。
し、しまった。
下手に手なんか振るもんじゃない。
これじゃあ収拾がつかないよ。
ああ、もう、いいから。
うう、恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
『続きまして、雪村選手に対するは如月彩香選手。月守の氏族の一人ですね。所有法具はBランクの手甲鉤。この選手も近年力をつけてきました。式神は十二神将の一人、伐折羅を使役します。ただ、予選での雪村選手の活躍を見ると、伐折羅では相手にならないと思うのは、私だけではないはずです』
「うるさいわね!余計なお世話よ」
彩香は小刻みに震えながら、顔を真っ赤にして叫んだ。




