大会9
「雪村深月、改めてコマとケンを頼む。俺もたまに会いに行っていいか?」
ようやく涙が止まった霜月さんは、真っ赤な目をサングラスで隠して話し始めた。
「もちろん!いつでも会いに来て。それと、私のことは深月でいいから」
霜月さんが来ればコマとケンが喜ぶ。
二人が喜べば、私も嬉しいのだ。
あと、霜月さんにはいつもフルネームで呼ばれてたんだけど、あの呼び方ってなんだか慣れないんだよね。
「分かった。深月、俺のことは賢吾と呼んでくれ」
「了解!そうだ、賢吾はまだ帰らないでしょ?」
「ああ。最後までいる予定だけど?」
「このあとコマケンを預かってもらえないかな?これから連戦になるから、あまり相手をしてあげられないと思うんだ。だめかな?」
これからしばらく、コマとケンは賢吾に会えなくなる。
今のうちにたくさん触れ合って欲しくて、そんな提案をしてみた。
「コマケンが良ければ俺は喜んで引き受ける」
賢吾は嬉々として答えた。
「コマ、ケン。しばらく賢吾と一緒にいてね。試合が終わったら迎えに行くから」
「「わかったよ、みつきちゃん。ぼくたちけんごと遊んでるー」」
「いい子にしてるのよ」
そう言って二人の頭を撫でると、二人は気持ち良さそうに目を細めて微笑んだ。
そういえば、事務所のみんなは勝ち抜いて、予選決勝に進んだのだろうか?
メインモニターには、伶さんが大映しされている。
リプレイ映像を見る限り、またしても余裕で勝ったようだ。
会場の伶さんファンは、それを見て黄色い歓声を上げている。
相変わらず大人気である。
試合の時間が伶さんと被ったお陰で、私の試合はメインモニターに映らず、解説が付かなかくてホッとした。
あれってなにげに緊張するんだよね。
まあ、それは置いておくとして。
スマホのトーナメント表を確認すると、事務所のみんなは無事に勝ち進んだようだ。
これから間もなく、Dブロックの予選決勝が始まる。
ここで勝てば本選に出場できる。
そして、次の対戦相手はというと。
白沢弦次とある。予選決勝まで勝ち進んだ人だ。きっと強いんだろう。
でも私は気を抜かず、本線出場をかけて全力で戦うのみ。
私はDブロック受付まで移動し、最終確認をする。
ルールは準決勝と同じだ。
一対一の式神戦。
さあ、頑張ろう!と気合を入れていると、後ろから話しかけられた。
「おぬし、久しぶりよのう」
あれ、この声は聞いたことがある。
そう思い振り返ると、白髪、長い白ひげ、ついでに眉毛まで白く長いお爺さんが杖をもって立っていた。
そう。
須弥山で如月彩香と一緒にいた爺だ。
まさか、こんな所で会うとは思わなかった。
って、あれ?
このタイミングでこの人がここに居るということは!
「もしかして、あなたが白沢弦次さん?」
爺は「ほっほ」と笑いながら頷き、杖を私の目の前に突きつけて言った。
「いかにも、儂が白沢弦次よ。おぬしには悪いが、予選で負ける訳にはいかぬのでのう。本気を出させてもらうぞ」
うわ!
爺ってば、迫力がある。
「あら、私だって負けないからね」
爺は「ほっほっほ」と笑い、私は「ふっふっふ」と笑いながら牽制する。
確か、須弥山では真尋がこの爺にこてんぱんにやられている。
骨折して、持ち物も奪われたのだ。
その話しからも、爺は相当強い。
油断大敵である。
「おぬしの試合はモニターで確認済みよ。しかし、まだ手の内を全て出してはおらんのう···」
私は爺の式神や戦いぶりは見たことがない。
これってちょっと不利なのかな?
いえ。
私には式神のみんながいる。
彼らを信頼して戦えば、負けることなんてまずないのだ。
『これよりDブロック予選決勝を開始します。白沢さん、雪村さん。各選手は式神を呼び出し、戦闘準備に入ってください』
Dブロックのアナウンスが入った。
さて、式神の誰に行ってもらおうか悩んでいると、爺が叫んだ。
「儂が先に行かせてもらうぞ。いでよ式神·ヌエ」
爺は手にした杖を高く掲げると、杖はピカっと光りそこから大きな大きな獣が現れた。
その獣はサルの顔にタヌキの胴体、さらにはトラの手足に尻尾はヘビという、大変気持ちの悪い生き物だ。
色んな獣を掛け合わけたキメラのようなヌエは、その体に黒い霧を纏わせ、低い声で『ヒョウヒョウ』と鳴いて、舞台へと上がってゆく。
闇から現れたような体、黒い霧、そしてその声を聞いただけで、背筋が凍りつきそうだ。
見ていてゾッとする。
この式神に対抗するには···。
「祭雅、私が出る」
そう言って、ヤトが私の隣に並び立った。
「ヤト、あの式神は普通じゃないのよ。闇が強すぎる。大丈夫なの?」
「心配するな、私も普通ではない。今度こそ力を出し切ってやるから、よく見ておくんだな」
ヤトは口の端を上げてニヤリと笑うと、舞台へと駆け上がった。
先程の試合は暴れ足りないと言っていた。力が有り余っているのか、頼もしい限りである。
私はヤトの近くに駆け寄って、いつでも指示を出せるように待機した。
レフリーの試合開始の宣言がなされた。
舞台上では、ヌエが低姿勢でヒョウヒョウと鳴いている。
その体に纏った黒い霧は垂れ込め、舞台全体に広がってゆく。
そこに一歩足を踏み入れたヤトは、顔を歪ませる。
みるみる足取りは重くなり、動きに精彩さを欠く。
「くっ、何だこの黒い霧は。身体が鉛のようだ」
ヤトは泥の中を歩くように、ゆっくりとヌエとの距離を取って、三日月型の剣をその手に収めた。
爺は、そんなヤトの動きを見て、片眉を上げ大声で笑った。
「ほっほっ。重いだろう。黒い霧の効果をとくと味わうがよい」
「ふん!この位のハンデはあった方が良い」
ヤトはそう強がると走り出し、ヌエの頭上から剣を振り下ろした。
ヌエは『ヒョウ』と唸り、一歩後退する。
剣の切っ先がヌエをかすめた。
しかし、毛の二、三本がはらりと舞ったのみで、ダメージは与えていない。
ヌエは左から回り込み跳躍すると、大きな足でヤトを殴り倒した。
「ヤト!!」
普段なら難なく避けることができるスピードだ。
しかし、黒い霧の効果の為か緩慢な動きになり、ヌエに捕まってしまった。
前脚で押さえつけられ、ヤトは苦悶の声を上げる。
「ヤト!逃げて」
なんとか剣をなぎ払い、ヌエに僅かながら傷をつけ距離を取った。
ヤトは荒く息を吐き苦しそうだ。
更に黒い霧は深く立ち込め、ヤトを覆う。
これはまずい。霧のない空へと移動しなければ、やられてしまう。
「ヤト、空へ退避」
ヤトは空へと駆け上がった。黒い霧を払いのければ、動きに鋭さが戻った。
黒い霧に捕まらないように上へと昇る。
「かかった!」
爺の静かな声が、舞台に響いた。




