式神が増えました2
腕の中の狛犬二匹は、つぶらな瞳でもの言いたげに訴えかけている。
私は首を傾げて、コマとケンを眼の前まで持ち上げる。
二匹は去ってゆく霜月さんの方を見たり、こちらを見たり。
この子達は何か伝えたい事があるんじゃないのかな?
でも、伝えるといっても、どうすればいいんだろうか?
そんな時、ユキちゃんが私の心を察したように言った。
「深月、狛犬はお前の式神になった。能力も大幅に上がっているはずだ。試しに变化させてみたらどうだ?」
「ええっ!変化ができるの?!」
そんな事が可能なのか?
「当たり前だろう。誰の式神だと思ってるんだ?」
「へっ?」
誰のって?
そういえば、私の式神たちはみんな変化ができるよね。
それならものは試しにやってみようかな。
私はコマとケンをそっと床に置いて言った。
「コマケン、変化!」
私の声に、ぽんと音を立てて二匹は変化した。
「うわ!可愛いー」
二人の外見は七歳位の男の子だ。
小学生でいうと、一年生かな。
コマは、癖のある短めの黒髪で、黒目がちな瞳は、きらきら輝いている。
ケンは、短めのさらさらストレートの黒髪で、額には小さな角がある。スッとした切れ長の瞳だ。
衣装は神社の神使だけあって、狩衣姿だ。
なぜかユキちゃんとお揃いのように見えてしまい、私はくふふと笑ってしまった。
「「ぼくたちをみつきちゃんの式神にしてくれてありがとう」」
ハモった声も可愛くて、思わずぐりぐりと頭を撫でてしまった。
「コマにケン、これからよろしくね。ところで、あなた達、私になにか言いたいことがあるんだよね?」
そう、さっきから気になっていたのは、この子達の瞳に宿った悲しみ。
変化したら、顕著にそれが現れた。
「「別に何もないよ」」
二人は、ブンブンと首を横にふるけれど。
無理してるの、分かってしまうんだよね。
「無理しなくていいのよ。霜月さんとお話ししたいんじゃないの?」
「「······」」
霜月さんの式神として暮らしてきた二人。
本人たちの意思とは別に、勝敗の結果で主が代わってしまったのだ。
急に決まった話だから、心に引っかかるものがあるんだと思う。
もしかしたら、霜月さんとお別れするのが辛いんじゃないのかな?
お互いが納得の行くまで話しをして、それで戻って来たかったら来れば良いと思う。
二人はそれを望んでいるけれど、式神としてのしがらみがある為か、言い出せないでいるんじゃないのだろうか?
「それじゃあ、これから霜月さんに会いに行こうか」
「えっ?」
「けんごに会いに行ってもいいの?」
二人は目を見合わせ、面食らった表情をしている。
「もちろん。今の姿なら自分の気持を伝えることができるでしょ?」
はっと息を呑んだ二人は、涙ぐんで抱きついてきた。
「みつきちゃん、ホントにありがとう」
「ぼくたち決まったことには、だまって従わないとだめなんだと思ってたんだ。式神ってそういうものだし。気持ちを伝えたいけど、それはぼくたちのわがままだから、我慢しなきゃと思ってた」
「うん。ぼくたち、みつきちゃんに惹かれて遊びに来てたんだけど、けんごの事も好きなんだ。だから、急にお別れするのは寂しかった」
うう。
なんて事だろう。
そんなんじゃ、二人とも辛いままではないか。
「コマにケン。いい?霜月さんに会ったら、素直に自分の気持を話すのよ。それで、霜月さんのところがいいのなら、戻っても構わない。私の所にいたいのならそれでもいい。決めるのはあなた達よ」
「「ええっ?!!自分たちで決めていいの?」」
「そうよ。好きな方を選びなさい」
二人はまたも目を見合わせ、感極まったようにぽろりと涙をこぼした。
「そんなふうに言ってもらえるなんて思わなかった」
「みつきちゃん、大好きだよ」
そう言って顔をこすりつける二人に、やられてしまった。
あう、かわいすぎる。
「さあ、行っておいで。気の済むまで話してきなさいね」
「「うん!」」
私はコマとケンを霜月さんのところまで連れて行くことにした。
小さな二人と手を繋いで歩き、霜月さんを探す。
程なくして見つかるけれど、肩を落とし哀愁を漂わせている。
「霜月さん」
そう声を掛けると、彼はゆっくりと振り向く。
サングラス越しでも分かるほど暗い表情をしている。
「雪村深月、何のようだ?」
声も暗く沈んで聞こえる。
コマケンと別れたことが余程堪えたと見える。
「コマとケンを連れてきたの。この子達と話をしてくれる?」
「は?そんな事は必要ないだろう。もう決着はついたんだ。コマケンはお前のものだ」
「急に主が代わったのよ。コマとケンの気持ちも少しは考えてあげて」
私はコマとケンに目配せをし、二人の背中を押して霜月さんの前へと送る。
「おい、嘘だろ!まさかこの子供達はコマケンか?」
「そうよ。この姿なら話すこともできるでしょう」
霜月さんはサングラスを取り、まじまじとコマケンを見やり、大きなため息をついた。
「はは、お前ほんとに凄いわ。力の差を思い知ったよ。やっぱりコマケンの主はお前が相応しい。俺から話すことは何もない」
投げやりに言い放つと、背をそむけ歩き出した。
「ちょっと待って!」
私の呼びかけには答えず、ただ首を横に振り立ち去ろうとする。
だめよ、そんなんじゃ。
コマケンの気持はどうなるの?
コマとケンを見ると、目が潤み今にも泣き出しそうだ。
このまま放っておくことはできない。
どうする?
···あ、そうだ!あの手を使おう。
「霜月賢吾!止まりなさい」
大声で叫ぶと、霜月さんは忌々しげに振り返った。
「···なんだよ、大声出して。もう用はないって言ってるだろ?」
「対外試合の約束、覚えてる?」
「あ?ああ、あれか」
「そう。負けた方が勝った方の言う事を一つ聞く。この権利を今行使します。この子達の話を聞いて。もう、嫌とは言わせないからね」
「··わかったよ」
しぶしぶこちらに歩み寄る霜月さんの元へ、コマケンを連れて行く。
「コマ、ケン。しっかり話してきなさいね」
そう言ってその場を去ろうとしたら、両の手をぐっと引かれた。
「「みつきちゃんもここに居て!!」」
「えっ!いいの?」
「「うん」」
私は戸惑いながらも、その場で成り行きを見守ることにした。
「けんご!今までたくさん遊んでくれて楽しかった。ありがとう!!」
「お、お前たち」
「みつきちゃんの所に行っても、けんごのこと忘れない」
そう言ってコマとケンは霜月さんに抱きついた。
「···コマケン···」
霜月さんの頬には、とめどなく涙が流れる。
「「大好きだよ」」
コマケンの言葉に、霜月さんはぐっと詰まってしまい、嗚咽混じりに返答する。
「くそっ!だからやだったんだ。絶対泣くと思ったから」
それから霜月さんは、二人をぎゅっと抱きしめ、「元気でやれよ、泣くんじゃないぞ」と言いながら、彼自身はいつまでも泣き止まなかった。




