大会2
「なあ深月、さっきは君しか見えてなくて突っ走ってしまったんだけど」
「うん?」
「君、もしかして赤星伶の事務所にいる?」
「そうだよ」
真尋は立ち止まり、またしても目を見開いて私を見る。
伶さんの事務所にいることが何だというのだろうか?
そんなに驚くこと?
私が首を傾げていると、真尋は軽く首を横に振った。
「いや、凄いところにいるなと思ってね」
「凄いって、どういう事?」
「彼は前回大会の優勝者だろ?それにあの容姿に才覚。赤星事務所に入りたい奴は山のようにいる。しかしなかなか人を雇わないので有名なんだ。よほどの腕が無いと無理らしいね」
私は目を丸くして言った。
「初めて聞いたよ。あの私、よほどの腕ではないんだけど、なぜか雇ってもらえたんだよね」
私の言葉に真尋はぶっと吹き出し、ゴホゴホと咳き込んだ。
なぜ吹き出すの?
首を傾げていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
「深月ー」
あれは拓斗さんの声だ。
「真尋、待ってて。ちょっと行ってくる」
「ああ」
私は足早に拓斗さんの元へと向かう。
「おい、深月。今一緒にいたのは藤原真尋だろ?」
「そうよ。良く知ってるね」
「前回大会の本選出場者だ。かなり強いよな。ところであいつは彼氏か?」
「ええっ?!いや、真尋は昔の職場の同僚で、彼氏じゃないから」
私、嘘はついてないよね。
昔の職場の同僚と言っても、千年前の陰陽寮でのことなんだけど。
うーん、説明に困る。
私が眉を寄せていると、拓斗さんはずいっと近寄り囁いた。
「深月、藤原真尋をスカウトしてこい」
「えっ!真尋をスカウトするの?」
拓斗さんは頷いた。
「そうだ。藤原真尋をうちに入れたら、かなりの戦力アップになる。いいか、失敗するなよ」
「ええー?!なぜ私?」
「お前達、仲が良さそうだからな。成功する確率も高いんじゃないか?」
「むむ」
なにそれ、責任重大じゃない!
スカウトなんてしたことないけど···。
でも、私だって真尋と一緒に働けたら、凄く嬉しい。
よし。
ダメ元で誘ってみよう。
私は真尋の元に向かって駆け出した。
「そんなに慌ててどうした?」
走ってきた私の様子に、真尋は少し驚いたように言う。
知らずに力が入っていたようで、握りしめていた手を開く。
スカウトなんてしたことないから、大丈夫かなって不安になっていたんだけど、こんなに力んでいたら上手く行く筈がないよね。
まずは落ち着こう。
私はふーっと息を吐いて、口を開いた。
「真尋、うちの事務所に来ない?」
「深月、それって···」
「私、真尋と一緒に働けたら嬉しいな」
「俺が赤星事務所に入れるってこと?」
私はうんうんと頷いた。
真尋はぱぁっと笑顔になって、またも私を抱きしめた。
「うわっ、真尋?!」
ちょっと、抱きしめ過ぎじゃないだろうか?
恥ずかしくなってきた。
真尋は頬を上気させながら、やっとのことで私を解放した。
「俺も深月と一緒に働きたいんだ。あの頃のように」
「本当?良かったー」
やっぱり真尋とは縁があるんだ。
また一緒に仕事ができるなんて、嬉しい限りだ。
みんなに引き合わせるため、私は真尋と並んで歩き出す。
「拓斗さーん、成功だよ!」
少し離れなところから叫ぶと、拓斗さんはガッツポーズをして喜んでいる。
「深月、就職の件は俺が話すから」
真尋はそう言うと、伶さんの方へと歩いていった。
しばらく話した後、赤星事務所の決まりらしく、入所テストが始まった。
伶さんは衣装の内ポケットから名刺を取り出して真尋に手渡す。
真尋は何でもない様子でそれを受け取った。
やっぱり真尋も力があるから、名刺を貰ったところでびくともしない。
入所テストは合格。これで真尋の就職は確定だ。
「みんな集合」
伶さんの元へと事務所の面々は集う。
「今日から事務所の一員となる藤原真尋君だ。みんな、よろしく頼む」
「藤原真尋です。これからお世話になります。よろしくお願いします」
とびきりの爽やかな笑顔で挨拶をする真尋は、本当に嬉しそうだ。
「それでは真尋、早速だが受付をし直してきてくれ。所属の変更が必要だからな」
「わかりました」
真尋が受付に向かった頃、場内アナウンスがかかり、周囲のざわめきは更に大きくなった。
『ご来場の皆様、出場者の皆様、大変お待たせいたしました。まもなく予選を開始いたします。対戦の組み合わせは、場内デジタル掲示板をご覧いただくか、お手元のスマホにてアプリ陰陽をご覧ください。出場者の皆様は各ブロックの対戦エリアへ集合してください』
ついに予選が始める。
私はスマホを開き、対戦相手を確認することにした。
一回戦は五人一組で戦うそうだ。
えーと、私は···あ、あった!
私はDブロックね。
Dブロックでの初戦の対戦相手は、葉月水琴、長月秀一、弥生浩介、睦月絵里とある。
あれ、この名前って···みんな名字が和風月名だね。
そういえば、如月彩香、霜月賢吾さん、水無月桜子ちゃん、薫子ちゃんもそうだ。
これって何かあるのかな?
「あ、深月はDブロックか。俺はCブロック。予選で当たらなくてよかった」
いつの間にか戻ってきた真尋が、スマホを見ながら話しかけてきた。
予選はAブロックからHブロックまであり、各ブロックから一名が本戦に出場できる。
拓斗さんはAブロック、伶さんはHブロックと、みんなバラけたから、それぞれのブロックで勝ち上がればいいのよね。
「深月、そろそろ対戦エリアに移動しようか」
「そうね、行きましょう」
「まずは初戦突破だ。深月のことだから心配ないと思うけど、あまり力まないように」
「ありがとう。真尋も頑張れ」
「ああ」
広い会場の対戦エリアに入った。
全体を八つで仕切り、それぞれのエリアに一つずつ円形の舞台が用意されている。
舞台の上にはAからHまで大きく表示されているので、分かり易い。
真尋はCの舞台へ、私はDの舞台へと向かった。
初めての大会で、少しずつ緊張してきた。
周りの人たちがとても強そうに見えてしまう。
はあ、肩の力を抜いて、リラックスしないとな。
それにしても、出場者の多いこと。
ゆうに千人はいるんじゃないだろうか。
対外試合で対戦した人たちの姿も、ちらほら見える。
対戦エリアの周りは客席になっているんだけど、すべての席が埋まっている。
席に入り切らず、立ち見の人たちもいる。
凄い人気なんだ。
移動の最中にまた場内アナウンスがかかった。
『これより陰陽師連盟より開会の挨拶をいたします』
会場がしーんと静まり返る中、低くて渋い声が響いた。
『あー···』
あ、この声は総長の真田さんだ!
会場のメインモニターにもその姿が映し出されている。
『みんな、頑張ってこいや』
そう言って総長は右手を高く掲げた。
っていうか、それだけ?!
ガクッとこけそうになった。
「「「うおーーー!!」」」
ええっ!!
いいの?今ので···。
会場はいまの短い挨拶で大いに盛り上がった。




