お帰りなさい
「あら、総長は?」
姉弟のじゃれ合いが終わった頃、京香さんが辺りを見回しながら言った。
「今しがた、出て行きましたよ」
「やられた!油断するとすぐこれだわ。これから大切な会議があるのに」
京香さんはいきりたったけれど、深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
そして、月雅の登録をする為、大慌てで書類の作成をした。
「はい、これが法具の鑑定書と登録証よ」
「ありがとうございます」
書類一式を受け取ると、京香さんは微笑んだ。
今まで怒ってばかりで怖い印象しかなかったんだけど、笑うととても綺麗で、つい見とれてしまった。
「次は大会で会えるのかしら」
「そうですね。大会には参加しますよ」
「今度の大会は楽しみね。今までは伶様の独壇場だったけど、今年は法具持ちが増えたからね。あなたがどんな戦いをするのかも見てみたいし。頑張りなさいね」
「はい。頑張ります」
「私はこれから総長を捕まえに行ってくるわ。またね」
京香さんはそう言って、バタバタと出ていったので、悠也さんと私もそれに合わせて退出した。
「面白いお姉さんですね」
私がそう言うと、悠也さんは、はぁっとため息を吐いて言った。
「姉貴も、もう少し大人しかったらいいんだけどな。あれで法具師としての腕前は超一流なんだ」
うん、確かに伶さんの法具は、美しい上に質が高い。
京香さんの腕が良いというのは頷ける。
「法具師といったら、拓斗さんの法具は誰が作るんですか?」
「一応、俺が作らせてもらうんだ。これでAランク以上の法具を作製できれば、法具師として一人前になれる」
「うわ!それは楽しみですね」
「気合を入れないとな!」
「頑張って下さい」
「ああ。後は、拓斗がいかに多くの宝玉を集められるかにもよるけど」
拳を握りしめた悠也さんは、目に光が宿って、ヤル気が漲っている。
帰りの車の中で、法具の鑑定書と登録証を見るにつけ、法具のランクについて細かく教えてもらった。
Sランク 宝玉 12以上
攻撃力 S
耐久性 S
外観美 優
+SP
AAランク宝玉 10〜11
攻撃力 A
耐久性 A
外観美 優
+SP
Aランク 宝玉 8〜9
攻撃力 A
耐久性 A
外観美 良
Bランク 宝玉 6〜7
攻撃力 B
耐久性 B
Cランク 宝玉 5以下
攻撃力 B
耐久性 B
「因みに、攻撃力は数値の高い方からS、A、Bの順だ。耐久性というのは、強度、硬度、靭性、軟性の総称を指す。これらの数値が高く、且つバランスが取れているものがランクの位置づけの上位に来る。優れているものからS、A、Bの順になる。外観美を要求されるのはAランク以上で、良いものから優、次に良となる。ここは法具師の腕の見せ所だ」
「+SPというのは?」
「それは法具の特性。例えば戦闘時に素早さがアップするだとか、何かしらの効果が付く」
へえ、私の月雅の特性はなんだろう?
鑑定書をよくよく見てみる。
「月雅の特性は『魅了』って書いてあります」
「そうだな。戦闘中に魅了ってのは、相手の動きを止めることができる。凄く有利だよな」
動きを止める?
ああ、それはわかる。
鎮魂の舞や恋の舞。
これらを舞う時、敵の鬼や妖魔は動きを止めて私の舞をじっと見ていたよね。
あれが、『魅了』の効果が発揮されているということなのかな。
「でも、短時間でよくここまで調べられますね」
「力のある法具師であれば、触っただけで分かるもんだよ」
「そうなんだ」
「後は、宝玉の数が満たされていても、他の基準が満たない場合はランクが下がるから注意だ」
「へぇ」
うーん、法具って奥が深い。
今日は色々と勉強になったな。
興味深い話しを聞いていたら、あっという間に事務所に帰り着いた。
そういえば、拓斗さんと伶さんは大丈夫だろうか?
あれから結構時間が経っている。
「そろそろお昼になるな」
「あ、私ご飯の用意をしてきますね」
そう言うと私と式神たちは、キッチンへ向かった。
今日のお昼ご飯は、おにぎりと、きのこと長ネギのお味噌汁にした。
拓斗さんと伶さんが戻ってきたとき、すぐに食べられるようにと思い、多めに作っておいた。
テーブルに料理をセッティングをし終え、悠也さんを呼んで食事を始めた。
「このおにぎり、旨い上に色んな種類があって楽しいな」
「でしょ!」
おにぎりの種類は、鮭、たらこ、青菜の混ぜ込み、昆布、ツナマヨを作った。
これだけあったら飽きずに食事を楽しめるだろう。
『トゥルルル』
悠也さんのスマホに着信が入り、みんなは食事の手を止めた。
「はい。···了解。すぐ向かいます」
この電話はもしかして!
「深月、伶さんと拓斗が帰ってきたぞ」
私は「はい!」と返事をして、悠也さんと共に大急ぎで事務所へ向かった。
祭壇の部屋から出てきた二人は、とても疲れているように見える。
「お帰りなさい」
「「ただいま」」
二人共、返事はすれど、疲れ切ってて元気がない。
拓斗さんなんかは、死にそうな顔でぐったりとへたり込んでいる。
「し、死ぬ···。は、腹が減って動けない」
うわ!
これは大変だ。
私は式神たちを引き連れて、キッチンへ取って返し、トレーにおにぎりを載せた。
「ユキちゃん、お味噌汁の鍋を持って。ヤトはお箸とお椀、ハヤトくんはおたまじゃくしとおしぼり。それぞれ持ってきて」
私たちは急いで事務所へ戻った。
ぐったりとしている二人の前に、おにぎりのトレーを置く。
「うわああ!食い物だあ!!」
「これは有り難い」
二人共、食べ物を前にした途端、目に生気が宿った。
「さあ、どうぞ。召し上がれ」
「「いただきます」」
そう言うと、伶さんも拓斗さんも、おにぎりを頬張った。
それからというもの、黙々と食べ続ける二人。
まるで何日も食べていなかったように、その勢いは止まらない。
「お味噌汁もどうぞ」
「ありがとう。あー、生き返る」
「そうだな。深月、本当に助かった。感謝する」
ああ、なんて素敵な笑顔!
そして、食事姿も美しい。
またしても伶さんに見とれていた私は、後ろからユキちゃんに小突かれるのだった。
「はー、食った食った!」
拓斗さんはやっとお腹が満たされたようで、箸を置き立ち上がった。
そして、リュックの中をガサゴソと漁り、取り出したものを悠也さんに手渡して言った。
「悠也、これを頼む」
悠也さんの手のひらには、いくつかの丸いものが載せられた。
それはキラキラと輝く小さな丸い玉。
私の月雅に嵌め込まれている物と同じだ。
これはもしかして!
宝玉!
「おお、宝玉が8個もあるじゃないか!拓斗、やったな」
悠也さんの言葉に、拓斗さんは「まあな」と、ドヤ顔になった。
そしてまた、リュックの中を覗き込み、違うものを取り出した。
「これ、使えるか?」
それは、虹色の鳥の羽根と木の枝だ。
この木の枝は、角度を変えると金色に光って見える。
須弥山で手に入れたアイテムって、持ち帰ることができるんだ。
「もちろん使える。よく手に入ったな」
「苦労したんだ。悠也、法具を頼む」
「ああ、任せておけ!それじゃあ俺は法具の製作に取り掛かる。暫く作業場に籠もるからよろしくな」
そう言うと悠也さんは、拓斗さんから渡された荷物を抱えて出ていった。




