土蜘蛛2
ヤトは右手を高く掲げ、狐火を出現させると、子蜘蛛に向けて打ち込んだ。
みんなの近くにいた子蜘蛛の群れは燃え盛り、数を減らした。
その上、蜘蛛たちは火が苦手なようで、その列は後退してゆく。
ハヤトくんは空中に浮かび上がった。そして両手を天に掲げると、彼の周りには無数の水の珠が出現した。
両手を同時に振り下ろすと、その水の珠は四方八方に飛び散る。
しかし、恐ろしいほどのコントロールで全てが子蜘蛛に命中し、残った子蜘蛛はほんの僅かだ。
「うわ、みんな凄いね」
「玄武に天狐だ。そこいらの雑魚じゃ相手にならん」
これだけ数を減らしてくれたら、あとは私でもなんとかなる。
「ユキちゃん、ありがとう。もう大丈夫、降りよう」
「深月、分かった」
ユキちゃんはスウッと下降し、大地を踏みしめると私をゆっくり下ろしてくれた。
さあ、行くよ!
私は月雅を胸の前に掲げた。
目を瞑り、意識をそれに集中すると、胸から溢れ出る力が月雅に伝ってそれが全身に及ぶ。
そこからこの建物の周辺一帯に私の力と感覚が広がり、その情報を取り込む。
!
子蜘蛛に気を取られているうちに、マズい事になってる。
成金親父が土蜘蛛に絡め取られていたのだ。
糸でぐるぐる巻きにされた成金親父は、真っ青な顔をして謝り続ける。
「頼む、お前の言うことは何でも聞く。だから、助けてくれ」
「ギギ···もう、何もかもが遅い。俺の生きているうちにその言葉があったなら、変わっていただろうがな」
そう言うと、土蜘蛛は足で成金親父を押さえつけ口を大きく開いた。
うわ、あれは喰う気だ!そんなの見たくない!
「ひいいぃ、嫌だー、やめてくれ」
成金親父は金切り声を上げ、失神寸前だ。
「ユキちゃん、ヤト、ハヤトくん、援護」
そう叫ぶと私は月雅を握りしめ、駆け出した。
ユキちゃんは私の進行の妨げになる子蜘蛛を先駆けて倒してゆく。
ヤトとハヤトくんは、それぞれ遠隔で土蜘蛛を攻撃し、成金親父が捕食されるのを防ぐ。
私は力の限り走った。途中、残った小蜘蛛を倒しながら、全力で駆け抜ける。
「待ちなさい!!」
土蜘蛛と成金親父の前にたどり着いた私は、大きな声で叫んだ。
「おお、女。助けに来てくれたのか?」
成金親父の言葉に、私は大きく頭を振った。
「あなたを助けに来たんじゃないって言ったでしょ」
「なに?」
私は成金親父を無視して、土蜘蛛の前に進み出ると言った。
「土蜘蛛、私はあなたに一言、言いに来た」
「ぬ、なんだ?」
「あなたがこんな姿になったのは、この男に裏切られたからなの?」
「そうだ」
土蜘蛛はそう言うと、口から糸を出し続け成金親父の口を塞ぎ、これ以上喋れないようにした。
「そして、今は復讐の為にここにいるの?」
「その通り。この男を、富成を野放しにしておけば、更に被害者が増える。俺はそれを止めたい」
「そう。あなたとこの男の間で何があったのか、私には分からない。でもね、一つだけ言えることがある」
土蜘蛛は成金親父を押さえつけたまま、その赤黒い目を光らせ、先を促す。
「なんだ、言ってみろ」
「あなたはこの男のために、これ以上穢れなくていい」
びくっと土蜘蛛は振動した。
大きな体を震わせたように見える。
「それはどういう事か?」
「この男をこの世から消し去ったとして、あなたに何が残る?あなたの心が闇に覆われるだけ」
「···むう···」
私は土蜘蛛に話しながら、祭雅であった頃の感覚が蘇ってくるのを感じた。
あの時、私は普通に戦うだけではなかった。
闇へ落ちてしまった者を光へと導く。
それが祭雅の仕事であり、使命であったような気がする。
そして、これからの私は···。
私は月雅をぐっと握ると、眼の前に水平に掲げる。
扇はぱらりぱらりと開き、私は舞い始める。
一歩一歩、ゆっくりと軽やかに舞う。
闇に沈んでしまった魂を、震わせ、ゆり動かす。
さあ、私と共に行こう。
舞は、清らかに美しく、心を癒やしてゆく。
土蜘蛛は、私の舞を静かに見ている。
土蜘蛛はいつしか成金親父から足を外し、低い姿勢で力を抜いて、一心に見ており、心が柔らかく開いてくるのがわかった。
私の想いは月雅から溢れ、土蜘蛛を包み込み、キラキラと輝いた。
私は両足をトンと揃え、パチリと月雅を閉じると一礼した。
鎮魂の舞。
「憎しみ、復讐心。あなたはそんなものに囚われなくていい」
「······」
私は月雅で土蜘蛛に触れた。
すると、硬い体はさらさらと崩れていき、元の背の高い痩せた男性の姿へと戻った。
しかし、その姿は先程とは大きく違っている。
赤黒く落ち窪んでいた目は既になく、しっかりとした意志と、輝き続ける目がそこにはあった。
彼は私を見ると、力強く頷いた。
「ありがとう」
そう言うと、頭の先からさらさらと光の粒子になって、天高く登っていった。
私はそれを眺めながら、深く息を吐いた。
はあー、これ凄く体力消耗する。ごっそりと力を持っていかれたようだ。
普通に戦っていたほうが、よほど楽だと思ってしまう。
私は立っていることができず、その場にへたり込んだ。
「深月、大丈夫か?」
ユキちゃんが駆け寄って、私の腰に手を回して抱き上げた。
うわぁ!
またしても、お姫様抱っこだよ···。
でも動けないから、今は大人しく抱っこされているしかない。
「···ぅ···ぅ」
何の音かと思えば、成金親父が足元でうめいている。
うん、この人をどうにかしないとね。
ぐるぐる巻のままにしてはおけない。
「ヤト、蜘蛛の糸を切ってあげて」
ヤトは成金親父を憎々しげに見つめてから、剣で糸をざくりと断ち切った。
「ああ、助かった。おお女よ、お前は···」
成金親父が何か言いかけたとき、ヤトがドスっと剣を大地に突き刺し、ギロリと睨みを効かせた。
「ひっ!!」
それはわずかに成金親父の手をかすり、そこから血がにじみ出ている。
ほんの薄皮一枚傷ついた程度だけど、ビビった成金親父は口をつぐみ、ブルブルと震えだした。
この成金親父には、何を言っても無駄だろう。
ヤトの睨みで丁度いい。
「深月。お前、なんだか凄かったな!」
拓斗さんが感心しながら近寄ってくる。
「はは、まぐれじゃないかな?」
「ふーん。まぐれ、ねえ」
訝しげに見られたけど、今は私よろよろだしね。
凄いと言われても、よくわからないし「うーん」と唸ることしかできない。
それでも、今回もみんな無事で良かった。
「拓斗さん。仕事が済んだから、そろそろ帰りましょう」
「そうだな。それじゃあ帰ろうか」
私達は半壊した豪邸を後にした。
私はユキちゃんに姫抱っこされたまま、赤面しつつ事務所へと戻った。




