土蜘蛛
「おい、でか過ぎだろ」
拓斗さんがボソリと呟く。
土蜘蛛が余りにも大きくて、少し動けば建物が壊れそうだ。場所を変えなければこちらに危険が及ぶ。
そ、それに。
私、蜘蛛嫌い。しかもあんなに大きいし。
ああ、気持ち悪い。
戦って早く倒してしまおう!
その為には一刻も早く、外に出ないと。
拓斗さんはカードの束を取り出すと叫んだ。
「引き付けて隙を作るから、そのうちにみんな外に出ろ」
「分かった!」
私達が頷いたのを確認した拓斗さんは、カードの束の中から一枚取り出し、土蜘蛛に向かってヒュッと投げた。
「式神·炎」
炎を纏った剣士が現れ、その剣を土蜘蛛の足に振るった。
ガキンっと音がして、剣は呆気なく跳ね返された。何度か攻撃を加えるけれど、全てが跳ね返されてしまう。
「こいつ、めちゃくちゃ硬い。炎、そのまま攻撃」
炎の攻撃を受けて、土蜘蛛の目は赤黒く鈍い光りを放ち、足を動かす。
ガタイが大きい分、この家の中では動きが制限されるらしく、炎に攻撃を加えるけれど全て避けられている。
炎は反対側に回り込み、土蜘蛛に剣を振るう。
土蜘蛛の意識が炎に集中している今、私達は協力して窓から外に出ないとならない。
戦い慣れている事務所の面々はいいとして、問題はこの家の主、成金親父だ。
見ると、土蜘蛛の足の間で動けずにブルブルと震えていた。
そもそも、狙われているのは成金親父である。
このまま放っておいたら確実に殺されしまう。
家に潰されるのが先か、土蜘蛛に潰されるのが先か。
でも、目の前でそんなのは見たくないもんね。
「···しょうがない。ユキちゃん、あの人を外へと運んで」
「深月、いいのか?」
ユキちゃんは先程の会話の事を気にしているみたい。
「私は平気よ」
「お前がいいなら、何も言うまい」
ユキちゃんはニッと笑うと走りだした。
土蜘蛛の足の合間を縫い、成金親父の元に駆け寄ると、床に突き刺さった日本刀を蹴り飛ばした。
そして、腰のベルトを掴み、軽々と担ぎ上げると素早く窓から外に出た。
その後から私達も続いて外に出る。
ユキちゃんは、担いでいた成金親父をポイッと雑に降ろした。
「ギャっ!」
背中を打ち付けた成金親父は悲鳴をあげる。
「ここに残るなり逃げるなり、好きにするがいい」
成金親父は震えながらコクコクと頷き、四つん這いになって避難する。
手をパンパンと払い、ユキちゃんは私の所へ戻った。
その直後、バキバキっと大きな音が辺りに響いた。
窓から土蜘蛛の足が見えたかと思うと、和風の豪邸は轟音と共に、あっという間に半壊した。
「あちゃー、やっぱり壊れちゃうよね」
私の声に拓斗さんは大きく頷いた。
「今までケチケチしてきたツケがまわったんじゃないのか?これもいい勉強だよな」
「そうね。命があっただけ良かったと思わないとね」
そう言って成金親父を見ると、「儂の大事な家がー」と叫び、アワアワと真っ青な顔をしてへたり込んだ。
豪邸の瓦礫の中から、土蜘蛛と炎が飛び出して来た。
「炎、戻れ」
炎の姿は消え去りカードが舞い落ちる。そして拓斗さんの手元の束の中にスッと戻った。
そして、一枚のカードをヒュッと投げた。
「式神·剛力」
拓斗さんの声と共に、大きな鬼神·剛力が姿を現した。
土蜘蛛は成金親父に狙いをつけている。その間に剛力が割り込み、巨大な剣を構えた。
「剛力、薙ぎ払い」
拓斗さんが叫ぶと、剛力は巨大な剣で薙ぎ払った。土蜘蛛へ剣圧がかかり、その勢いでズリズリと後退してゆく。
そこに剛力は畳み掛けるように剣を振るった。
ガキンと大きな音が聞こえ、土蜘蛛の足が一本吹き飛んだ。
「キシー!!」
土蜘蛛は怒りの声を上げ、重心を低くした。
すると、その腹の下から、小さな蜘蛛が躍り出してきた。
小さいと言っても、普通の蜘蛛に比べればとても大きい。人の顔ほどの大きさはある。
それが千匹はいるだろうか。
一匹のでっかい蜘蛛だけだったらまだ我慢できる。でも、あんなにたくさんいたら私耐えられないよ。あまりの気持ち悪さに全身に悪寒が走り、私は思わず後ずさった。
どうする?!何処にも逃げ場が無いじゃない。
まずい、冷や汗が背中を伝った。
その子蜘蛛たちはわらわらと大地に広がり、剛力に覆いかぶさった。
「剛力!」
剛力は身動きがとれず、崩れ落ち、その後にはバラバラになったカードが残った。
大挙して押し寄せる子蜘蛛の群れ。
怖いというより気持ち悪い!
私は蒼白になって固まってしまった。こうなったら式神に指示を出すこともできない。
ヤバイよ、どうするのー!
そんな私を守るように拓斗さんが前に出た。
「式神·一寸法師」
拓斗さんはカードを投げると、そこには可愛らしい一寸法師が現れた。
「一寸法師、分身!」
分身して増えた一寸法師。
その手には針のような剣を持ち、それぞれが子蜘蛛に向かってゆく。
その小さな剣で子蜘蛛をプスプスと突き刺し、倒してゆく。しかもそれが上手いこと急所に刺しているようで、子蜘蛛は数を減らしてきている。
しかし、いくら分身したからと言って、千匹もの子蜘蛛を相手にしきれるはずもなく。
一寸法師も子蜘蛛に蹴散らされて、徐々にその数を減らしてゆく。
「うわ、マズいなこれ」
拓斗さんの声も上ずっているような気がする。
そして、子蜘蛛は続々とこちらに向かって来る。
ひぃぃー!嫌ー!
悲鳴すら上げられずブルブルと震えていると、ユキちゃんがそっと私の腰に手を回し、抱きかかえた。
そして、空中の階段を駆け上がるように空へと移動した。
「深月、大丈夫か?」
そう問われ、真下を見下ろす。
「···う、うん」
これだけ距離があれば大丈夫だ。
ようやく落ち着いてきたので、冷静に周りを見ることができるようになった。
そういえば···今の状況がものすごく恥ずかしいということに、やっと思い至った。
そう。
私はユキちゃんにお姫様抱っこされているのだ。
降ろして欲しいんだけど、ここは空中だからそれは無理だということはわかる。
だから、空にいる間はお姫様抱っこし続けられるわけで。
うわぁ!恥ずかしすぎる。
私は顔を赤くして、ドキドキする心臓を必死になだめることしかできない。
そんな私を見て、ユキちゃんは微笑んだ。
「相変わらず、蜘蛛が苦手なのか?」
ああ、祭雅も蜘蛛が苦手だったんだ。そこは今も昔も変わらないらしい。
「蜘蛛だけはホントにダメなんだ。ユキちゃん、ありがとう。助かったよ」
「気にするな。それよりも深月、ここから式神に指示を出せるか?」
「!」
わわっ!いけない、ドキドキしている場合じゃなかった。
地上は大変マズい事になっている。あとほんの少しで子蜘蛛の群れに飲み込まれてしまう!
「ヤト、狐火!ハヤトくん、水撃」
私は大声で叫び、この声に反応した式神たちは攻撃を開始した。




