記憶の欠片
「祭雅、見事だった」
そう言う千尋に私は頷く。戦い方は色々あれど、なんとか二人とも無事だったことに安堵する。
「なあ、お前好きな娘でもいるのか?」
「はあ?」
好きな娘って。
千尋は何を言っているのか?
なぜ今そんな事を言い出すのか、その言葉の意味が良くわからず、私は怪訝な顔をして千尋の顔を覗き込んだ。
「いや、今の舞は妙に色気があったというか、艷やかだったというか···恋をしてるように見えたものだから」
うわ!
何だそれ!
千尋の言葉で私の頬は真っ赤に染まる。
私は確かに恋の舞を舞ったわけだけど、何でそれが好きな娘に繋がるのか。
「好きな娘なんて、いるわけがない」
これは紛れもなく本心だ。
ただし、恋をしているというのは当たっている。
本心を言い当てられて、私は冷や汗をかく。
こいつに、千尋にだけは知られたくなかった。
鈍感なように見えて、意外と聡いやつだよ、こいつは。
千尋は、ホントかよという顔でにじり寄り、じっくりと私の様子を窺う。
こら、近づき過ぎだ。見るな見るなと手で振り払う。
後ろを向いて大きく深呼吸をし、少しでも冷静になろうと試みるけれど、心臓は早鐘を打ち続け、なかなか落ち着くことはできなかった。
千尋に気づかれないように、ふぅーっとため息をつく。
私は、心に秘めたこの想いを誰にも言うつもりはない。
それが親友である千尋であっても。
「もう、いいだろう?鬼退治は終わったんだ、さっさと帰るぞ」
「おい、はぐらかすなよ」
そう言うと、千尋は後ろから私を羽交い締めにする。
小柄な私は、背の高い千尋に羽交い締めにされれば、本当に身動きが取れない。
体格差が有りすぎるのだ。
「おい、離せよ」
「···祭雅、常々思っていたがお前線が細すぎるぞ。女みたいじゃないか?」
「本気で止めろ」
私は心の底から怒りの声を発し、千尋の腕を振りほどいた。
そして、千尋を置き去りにして、荒々しく歩き出した。
「祭雅、待て。悪かったよ、謝る。この通り」
私は立ち止まって振り返り、駆けてきた千尋を見やる。
普通だったら怒るほどの事ではないと、頭ではわかっているのに。
女みたいだと言われて、頭に血が上った。
感情の制御ができず、自分で自分が嫌になる。
頭を下げる親友に、いつまでも怒ったってどうしようもないなとため息をつく。
「···千尋、悪い。今のは気にしないでくれ。お前も疲れただろう?さあ、帰ろう」
「あ、ああ」
それからはお互い、言葉少なに陰陽寮へと戻った。
宿直が開けて、私達はぐうっと伸びをして陰陽寮から退出する。
「千尋、またな」
「ああ。お疲れ」
険悪だった雰囲気も幾分か和らぎ、私達は片手を上げて別れた。
朝日がやけに目にしみるなと思いながら、陰陽寮を眺める。
男として生きて行くと決めたあの時、私の中から消し去ったもう一つの私と、私の想い。
私が祭雅として、そして陰陽師として陰陽寮にい続ける、それ故に、その想いは決して明かしてはならないのだ。
······
✩✩✩✩✩✩
「おいこら、新人なのに居眠りとはいい度胸だな!」
拓斗さんに肩を揺すられて、私はガバリと机から起き上がった。
あれ?
私はキョロキョロと辺りを見回した。
ここは何処、私は誰状態だ。
ああ、ここは事務所。目の前には額に青筋を立てた拓斗さんがいる。
眠い目をこすりながら今の不思議な夢を思い出す。
私は夢の中で祭雅と呼ばれていた。
そして、自分が祭雅だったという自覚もある。
夢の中の自分の感情は蘇り、燻り続ける。
「おい、何だよ。泣くな」
「へ?」
頬に温かい物が滑り落ちる。手をやると涙だった。
自分が泣いているという自覚は全くなかった。
何がどうなっているのか訳が分からない。
ああ、私は悲しいのか。
只々悲しみが込み上げてきて、涙が次から次へと頬を伝って落ちる。
「うわ、俺がいじめてるみたいじゃないか!怒って悪かったって。頼むよー、もう泣くな」
目の前で拓斗さんは、ほとほと困り果てている。
だけど、何故か涙は止まらない。
困ったな。
別に拓斗さんが悪いわけでもない。
逆に気の毒になってしまう。
「あー、スミマセン。私ちょっと試験勉強するので、暫くほっといて下さい」
抑揚の無い声でそう言うと、「どうぞどうぞ」と拓斗さんは顔を引つらせ、私の目の前から消えた。
私は泣き顔を隠そうと、試験用の参考書を眼前に広げ、覗き込む。
こうしていれば、そのうち気持ちも落ち着くだろうから。
ふうっ。
深く呼吸をして、袖口で涙を拭い参考書を読み始めた。
······
あれ?
私、この本の内容を知ってる。
読んだ内容を全て理解できている自分に驚く。
あんなに分からないと思っていたのに、嘘みたい。
というか、私の頭の中には陰陽師としての知識がぎっしりと入り込んでいるようだ。
まさか、あの夢を見たからなのだろうか?
うわぁ!
いいの?これって不正じゃないんだよね。
なんだかズルをした気がしないでもないけれど、勉強しなくても大丈夫みたいで、私は心底ホッとした。
驚いたせいか、先程までの悲しい気持ちはどこかに吹き飛んでしまった。
落ち着きを取り戻した私は、ふと何か引っかかるなと改めて思い返してみる。
あれ?
そういえば祭雅って、もしかして······男性?
祭雅の言葉遣いや衣装は、どう考えても男性のものだったよね。
祭雅って女の人だと思いこんでいたから、違和感だらけだ。
けれど性別について、男性とか女性の事で苦悩があったようにも思える。
一体どういう事なんだろう?
「ちょっとユキちゃん」
私に呼ばれたユキちゃんは「なんだ?」と言って私の傍らに寄る。
「あのね、祭雅って男の人だったの?それとも女の人?」
私の問にユキちゃんは首を傾げている。
「さあ、どっちかな?」
ユキちゃんは、ニヤッと笑い腕を組んだ。
なんだか面白がっているように見えるんですけど。
「えー、教えてくれないの?」
「ん、どうした。何かあったのか?」
私は先程見た夢を、ユキちゃんに話して聞かせた。
「そうか。深月、お前は今少しずつ、祭雅であった頃のことを思い出しているようだ。変に先入観を持つよりも、自然の流れのままに思い出せばいい」
うーん、そうなのかな?
······
確かに、その方が良いのかもしれない。
いくら考えても答えは出ないし、無理に思い出すものでもないからね。
「わかった。ユキちゃん、ありがと」
ユキちゃんは目を細めて微笑し、私の頭をぐりぐりと撫でた。




