狭間
うわ、なにそれ?
陰陽師日本一だって。
面白そう!
「年に一回全国各地から陰陽師が集って、対戦するんだ」
「あの私、陰陽師になりたてなのに参加できるの?」
「ああ、式神持ちなら参加できるよ。エントリーもぎりで間に合ったから良かったな」
確かに、ばっちり目が覚めました!
全国各地から陰陽師が参加するのか。
私が知っている陰陽師はというと、須弥山で会った三人。
如月彩香と爺、それに藤原真尋。
彼らもきっと参加するんだよね。
特に真尋とは、挨拶もなしに別れてしまったから。
その後どうなったか気にもなるし。
「えーと、大会っていつ開催されるの?」
「一ヶ月後だよ」
「ええっ!」
一ヶ月!もうすぐじゃない。
「式神があれだけ強力なんだ。結構いいとこまで行くんじゃないか?」
へえ、そういうものかな?
全く想像がつかないけど、楽しみにしておこう。
「あと、陰陽師の国家資格試験が迫ってきている」
陰陽師の国家資格試験!
そういえば、須弥山で彩香が話していた。
須弥山には陰陽師の国家資格を得るのに必須のアイテムがあるとかないとか。
あれって一体なんだったんだろう?
「拓斗さん、陰陽師の試験を受けるのに、必要なアイテムがあるって聞いたんだけど、それは何?」
「よく知ってるな、それは法具だよ」
「法具!」
私は手元の黒銀色に光る月雅を見やる。
この扇は、もう既に私の身体の一部であるかのように、しっくりと私の手に馴染んでいる。
「法具の所有者であることが、受験資格の一つになっているんだ」
それなら私にも受験資格があるということね。
「通常なら須弥山で鬼や妖魔を倒して、宝玉を手に入れるんだ。それを持ち帰って法具師に依頼し、自分の特性に合った法具を製作してもらう。お前みたいにいきなり法具を持ち帰るってのは聞いたことがない」
「えっ?!」
そういうものなの。
知らぬこととはいえ、随分と運が良かったみたいだね。
「その強運があれば、難関の国家陰陽師資格試験も受かるかもしれないな」
そして、拓斗さんは用紙を何枚か渡してきた。
「深月、これは受験用の申込用紙だ。これに記入しておいて」
渡された用紙に必要事項を記入して、拓斗さんに手渡した。
「そうそう、言い忘れたけどな。試験は筆記試験と実技試験の一次、二次試験がある。しっかり勉強しないと落ちるぞ」
「えっ、筆記試験?!」
「これでも読んで勉強しとけ」
そう言って、拓斗さんは分厚い本を何冊か机の上にドンと置いた。
ええと、なになに。
国家陰陽師筆記試験テキスト、国家陰陽師試験法律と対策、国家陰陽師試験過去問題集、国家陰陽師実技試験テキスト。
うわああ!
これ、全部読むの?
そして、覚えなきゃならないの?!
私は一冊の本をパラパラとめくった。
うっ、難しい言葉が並んでいる。
どちらかといえば、勉強は得意ではないんだよね···。
法律なんて訳わかんないし。
体を動かす事なら喜んでするんだけど。
···ごめんなさい。私、眠くなってきました。
「おいこら、寝るな!」
遠くで拓斗さんの叫び声が聞こえたような気がしたけれど、微睡みの中から抜け出すことは最早不可能だった。
☆☆☆☆☆
「······」
え、なに?
誰かが私に話しかけているんだけど、聞き取れない。
「······さいが」
さいが?
さいがって誰だっけ?
私の名前は······。
あ、そうか。さいがっていうのは私のことだ。
それで、あなたは一体誰?
うわ、揺さぶらないでよ!今起きるから。
「祭雅、いつまで寝てんだ!起きろよ」
「んー、なんだよ。起こすんならもっと優しく起こせよ、千尋」
私は雪村祭雅。
今私を叩き起こしたのは藤原千尋。
今日は宿直で、千尋と交代で仮眠を取っていたんだ、確か。
眠い目をこすりながら大きなアクビをし、伸びをする。
千尋は楽しそうに、私の烏帽子やら狩衣やらを整えながら笑う。
この御仁は何故、こんなにお節介なのか。
背が高く、見目の良い男盛りの千尋に世話を焼かれている私は、小さな子供みたいじゃないか。
身支度ぐらい自分でできるのに。
そう思いながら月雅を手に持つ。
この扇を持てば、自然と気合が入り、ああ、私は根っからの陰陽師だなと思う。
私と千尋は共に陰陽師として、陰陽寮に所属している。
陰陽師とは、星を読み、暦を編纂し、式占を行い、方角の吉凶を割り出す。
実に政治の中枢にまで影響を及ぼしているのだ。
更に、平安の都に跋扈する鬼や怨霊、魑魅魍魎を退治して、平和に導くのが我らの役目なのだ。
「で、何があった?私を叩き起こす位だから大事なんだろう?」
「ああ、出たんだよ。お待ちかねの鬼がね」
「あのな、誰も待っちゃいないんだ。というか、そういう大事なことは先に言え!さっさと行って倒すぞ」
走りだした私は千尋に向かって叫ぶ。
「それで、現場は?」
「八条大路だ。牛車が鬼に襲われて、中に居た権中将殿が大怪我を負ったらしい。現場には検非違使(警察)が残って鬼を引き付けているそうだ」
「検非違使か···引き付けるといったって、普通の人間だ。そう長く持つまい」
「そうだな、急いだほうが良さそうだ」
陰陽寮から走り出て、八条大路を目指しひたすら走る。
辺りには怪しい霧がかかってきた。
それは黒くて、ねっとりと肌にまとわりつく。
八条大路に入り、黒い霧が濃くなったためか、見通しが悪く、無闇に走ることが困難になった。
「祭雅、これ以上は危険だ。俺が式を飛ばすから待ってろ」
千尋はそう言うと、鞘から太刀を引き抜き構えた。
「式神·ヤタガラス」
千尋の握る太刀から、一羽の烏が飛び出してきた。そのカラスは艷やかな黒い羽根に覆われ、足が三本ある。
千尋が左腕を眼前に出すと、静かにそこに停まった。
「ヤタガラス、黒い霧を払い敵を探せ」
バサッと羽音を立てて、千尋の腕から飛び立ったヤタガラスは、上空に舞い上がる。
『クルアー』
高く鳴くとその姿は大きくなった。
「ヤタガラス、急急如律令」
その声を聞いたヤタガラスは、大きく羽ばたき上空を旋回して急降下する。
風を纏ったその翼は、あたりの黒い霧を吹き飛ばしてゆく。
ヤタガラスは『クアー』と鳴き、八条大路を通り過ぎるとまた大空へ舞い上がった。
八条大路は一面、清浄な空気に包まれた。
そして見渡すと、八条大路を少し進んだところに牛車が確認でき、私と千尋は目を見合わせ頷いた。
『クルアークルアー』
ヤタガラスは二声鳴き、地上へ向けて急降下した。
牛車を襲った敵に向かってゆく。
ヤタガラスの攻撃をその敵はすんでの所で躱した。
敵がヤタガラスに気を取られている。
その隙に私達は検非違使の救出に入る。
そこには牛車の後ろに隠れた検非違使二人の姿が確認できた。
彼らは傷を負い、満身創痍の状態である。
「こいつは不味いな」
私は月雅を握り叫んだ。
「式神·白虎!」
私の持つ月雅から大きな白い虎が姿を現した。




