最強の結界
まずい!
私は瞬時にバックステップを踏んで、距離を取った。
これはヤトの時と同じパターンなのかも。
「ミツキ、そんなことをしたって、どこにも逃げ場なんてないんだ」
逃げられない?
そうだね、この結界がある限りまず無理だ。でも、なにか方法がある気がする。
なぜかって、さっきから手の中の扇がチリチリと熱を持って、私に訴えかけているから。
扇と周りに意識を集中する。
相変わらず強固な結界なんだけど、なにか先程と違う。
結界の一部がほんの少しだけ、揺らいで見える。
どういう事なんだろう?
会話を引き伸ばして様子を見よう。
「ハヤトくんも私を喰うとかいうの?」
「喰う?馬鹿馬鹿しい。そんな野蛮な真似はしない。僕はただ、ミツキと一緒に居たいだけだ。君は僕だけを見ていればいい」
······
ヤトとは違う。
私、というか祭雅に対して執着があるんだ。
それにしても、本性を顕にしたハヤトくんの言っていることは大人の言葉だ。
今の姿とはギャップがある。
私が手を出せないように子供の姿でいるのだろう。
「ねえハヤトくん、君の本当の姿を見てみたいな。それは仮の姿なんでしょう?」
「へえ、ミツキがそんなことを言うなんてね。転生して変わったということ?」
祭雅の時に、そんなセリフは言わなかったのか。
当時の私は彼に興味を抱いてはいなかったんだ。
きっと。
「いいよ。お望みとあらばそれに答えようか。本当の僕を見せてあげるよ」
ハヤトくんの目が妖しく金色に光り、見る間に身長が伸びてゆく。
可愛らしかった顔つきはすっと引き締まり、鼻筋は高く通り、目や口元も精悍さを増す。
その姿は子供から大人へと成長した。
「やっぱり子供は仮の姿だったんだ」
子供のままだったら、戦うことに躊躇したけど、大人の姿ならこちらも容赦なくできるもんね。
大人になったハヤトくんは、予想通りのイケメンだ。
しかし、ここの所イケメン率の高さゆえ、イケメン慣れしてきている自分が怖い。
私の中ではイケメンが当たり前になりつつある。
なので、いくらハヤトくんがイケメンだろうと、それに見惚れることもないのだ。
彼には申し訳ないけれど。
「···その眼つき、やっぱり君は祭雅だね。あーあ、つまらない」
ハヤトくんは大きなため息をついた。
私の心が読めるんだろうか?
一瞬ヒヤッとした。
一歩ずつ近づいてくるハヤトくんは、ニヤリと笑いながら囁く。
「こうなったら力ずくで僕のものにするしかないね」
「それは遠慮しておきます」
なんて強引な!冗談じゃない。
間合いを詰められないように、私はジリジリと後ずさる。
なにか、方法があるはず。
私は扇を握る手に力を込めると、扇の熱は体全体に広がり、更に周囲へと広がる。
結界を包み込んだ扇の熱。
私はそれを感じ取り、探る。
先程感じ取った結界の揺らぎ。
これはどうも外側から結界を攻撃しているようで、攻撃を受ける度に、わずかだけど揺らいでいるようだ。
けれど、その揺らぎもすぐに修復され、堅固な結界に戻ってしまう。
同じ部分を外側と内側から同時に攻撃すれば、結界を破ることができるかもしれない。
それにはハヤトくんの追求からうまく逃れて、私が外側の意識を感じ取る必要がある。
なんとかやってみるしかないよね!
「ミツキ、そろそろ諦めて僕と遊んでくれないかな?」
「いいよ。それなら鬼ごっこね」
そう言うと、有無を言わさず走りだした。これはどう考えてもハヤトくんが鬼だ。
鬼の来る前に結界を叩く。
外側からの攻撃箇所を目指して走る。
それはちょうどハヤトくんを挟んで反対側が目的の場所になる。
迂回して回り込むしかないけど私は不利だ。
全速力で走る。
しかし、大人になったハヤトくんのリーチは長い。
このままだと追いつかれてしまう。
私は力を抜いて、扇に集中する。扇はぱらりぱらりと開いた。
横合いから迫るハヤトくんの手をターンして躱し、またも全力で走る。
舞い踊リながら、相手を翻弄する。
フェイントをかけるように動く私に、ハヤトくんは「くっ」と歯噛みしながら追いかけてくる。
もう少し。
あと僅かで目的の場所だ。
走りながら狙いを付けて、扇を結界に叩き込んだ。
しかし、外側とのタイミングはズレて、僅かに結界が揺らいだのみだった。
そしてそれはあっという間に修復されてしまった。
「ミツキ、君はやはり凄いな。でも、僕のほうが上だよ。そんな攻撃ではこの結界は決して破れないからね」
追いつかれた私は、左手を掴まれてしまった。
「僕の勝ち。さあ、次は何して遊ぼうかな?」
そう言ってハヤトくんは私を引き寄せ、腰に手を回す。
なんだか、妖しい雰囲気になってきた。
この体勢、凄くまずい気がするんだよね。
「一つ聞いてもいい?君は何をして遊びたいの?」
ハヤトくんは微笑み、甘く囁いた。
「恋人ごっこ」
そう言うと、私の頬に手を添えた。
ま、まさか?
徐々に近づいてくるハヤトくんの顔。
うわああ!!
これ、そのまま行ったらキスになっちゃう。
ダメ!
「ハヤトくん、手をかして」
「え?」
私は頬に添えられた手を無理やり掴み、その甲にチュッとキスをした。
「はい、恋人ごっこ終わり!!」
「······」
呆気にとられたハヤトくんからサッと離れ、距離を取った。
何故か悲しそうな顔をしているハヤトくんは放っておいて、結界を背にして立つ。
ほんの僅かな時間、これがチャンスだ。
私は意識を結界に集中する。
外側からは、何箇所か攻撃されているのが感じられた。
その中でも一番強く響く所に、こちら側も同じ強さで攻撃を放とう。
深く呼吸をして狙いをつける。
今だ!
「ミツキ、何をする」
ハヤトくんの叫びは無視し、ありったけの力で結界に扇を叩きつけると、ドーンという音と共に大穴が開き、そこからピシピシっと亀裂が入った。
その隙間からはユキちゃんの顔が垣間見える。
「ユキちゃん!!」
「深月、後ろ」
えっ!?
振り向く間もなく、私は羽交い締めにされた。
しまった、身動きが取れない。