国家陰陽師資格試験7
理性を失った真田さんの攻撃は、パワーに頼り、単調なものになっている。
狂戦士化している今の彼は、そんな事にも気づかずにいるんだろう。
真田さんの攻撃パターンは読みやすく、それは私が逃げる上で、とても有利に働く。
真田さんと呼吸を合わせ、斧の打ち込まれる反対方向へと走る。
思い通りに攻撃が当たらないので、真田さんはイライラしているようにも見える。
これなら、十分逃げ切れる。
ようやく余裕が出てきて、身体の動きもキレが良くなった。
もうそろそろ、三分が経とうとしている。
真田さんは、雄叫びを上げ、私めがけて突進してきた。
私はギリギリまで引きつけて、バック宙で避け、真田さんは舞台に張ってある結界に激突し、倒れ込んだ。
ヨロヨロと起き上がった真田さんは、斧を構えたまま、荒い呼吸を繰り返している。
あれ?
なんだかさっきとは大分雰囲気が変わったみたい。
よくよく見ると、顔からは血の気が引いて、膝はガクガクと震えている。
そして、その瞳にわずかに光が浮かんでいるのを見逃す私ではないのだ。
この状態はもしかして、狂戦士化が解除されたのかも!
ってことは、今が攻撃のチャンスなんだ!
私は真田さん目掛けて走り、ありったけの力を込めて、扇を叩き込んだ。
バシュッと大きな音を上げ、真田さんの結界石のブレスレットが吹っ飛んだ。
それは舞台上に叩きつけられ、バラバラに崩れ落ちると、真田さんはガクリと膝を折った。
「あー、負けちまったな」
真田さんは、そう呟いて暫く呆然としていた。
そして落ち着きを取り戻すと、法具の斧に寄りかかるようにして立ち上がり、片手を差し出した。
私は歩み寄り、右手を差し出し握手をすると、舞台周辺から大歓声が上がった。
「うわっ!」
この歓声は一体何なんだ!
いきなり大勢の人が舞台周りにいるものだから、大いに焦った。
試合に集中してたら、周りのことなんて全く目に入っていなかったからね。
気がつけば、他の舞台の試験は全て終わっており、受験生や試験官が全員集まって観戦していたようだ。
よく考えてみれば、私ってば一時間以上も逃げ回ってたんだよね。
普通は一試合に、そんなに時間は掛けないのだろう。
他の組の試験はとっくに終わっていて、みんな時間を持て余していたから、私の試験を見に来てたみたい。
でも私の試験、逃げてばかりだったけど、面白かったのかな?
「嬢ちゃん、悪かったな」
「えっ、何がですか?」
真田さんは握手した右手を離すと、真剣な眼差しで話し始めた。
「俺が狂戦士になっただろう?あの技は本来こんな所で使っていい技じゃ無かったんだが、嬢ちゃんがあまりに強くてな。この技を使ったらどう反応するのか、試してみたくなったんだ」
「ええっ!?」
何よそれ!
そんなんでいいの?なんだか適当すぎる気がするけど···。
「お陰で楽しめた。負けちまったが、悔いはねぇ。文句無しに、嬢ちゃんは合格だ。二次審査に進めるぞ。国家陰陽師資格、勝ち取ってこいや」
「はい!」
やった!
二次審査に進めると聞いて、ウキウキしながら舞台を降りたんだけど。
私の目の前に、不吉なオーラを纏った人物が一人、仁王立ちをして待ち構えていた。
「総長!あんたは一体何をやってるの」
陰陽師連盟総本部の副長、火室京香さんが、ポキポキと指を鳴らし、背筋の凍りつきそうな低い声を出した。
「げっ!?」
真田さんは一気に青ざめ後ずさった。
京香さんはサッと移動し、真田さんの胸ぐらをぐいっと掴み、舞台から引きずり下ろした。
「自分が何をしたか、分かってるんでしょうね」
「い、いやぁ。何のことだったか?」
「いやぁじゃない!試験の最中に試験官のあんたが狂戦士になってどうするの?!あんな危険な技を使うなんて、相手がケガをするどころの話しじゃないわ!しかも、相手は女の子よ!馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、あんたはホントに大馬鹿よ!」
「ひぃっ」
京香さんが胸ぐらを掴む右手に力を込めたので、首が締まった真田さんは青い顔を更に青くした。
(危ないので、絶対に真似をしちゃダメです)
「ここじゃ全然言い足りないわ!この後、総長室でたっぷりお仕置きしてあげるから、覚悟なさい!」
「ひぃっ!#£$%※···」
最早、何を言っているのかさっぱり分からない真田さんを引き連れて、京香さんは足早に去っていった。
試験の結果が発表されるまでの間、私は真尋と拓斗さんに試験の様子を聞く事にした。
「真尋に拓斗さん、試験はどうだったの?」
「俺たちの試験か?それがな···」
拓斗さんと真尋は顔を見合わせ、二人同時に首を傾げた。
「俺と真尋は二人共、合格をもらった。一応な」
「ん、一応ってどういう事?」
「それがな。俺も真尋もすぐに式神を破られたんだ。尋常じゃない強さだった。これは絶対に勝てない、そう確信した」
「······」
あの黒装束の試験官、そんなに強いの!?
やっぱり、気になる。
「でもそれじゃ悔しいだろ?だからその後、必死で戦ったんだ。勝てないまでも、一矢報いようと思って」
「······」
「俺の最後の攻撃が、試験官の武器により叩き落された瞬間、なぜか『合格』って言われたんだ。どう考えても負け試合なのにな」
「へぇ、そんな事もあるの···」
真尋もまた、神妙な表情で頷いた。
「俺の時も全く同じ状況で、合格をもらった。この試験の合格基準は、勝敗だけじゃないみたいだ。どうも、各々の試験官には裁量権が与えられているらしいね」
「裁量権って?」
むむ。
なんだか難しい言葉が出てきたよ。
「その試験官の自由意志で物事を判断し、行動や決定できる事を言うんだ。今回の場合、自分より実力が劣っていても、ある一定の力が確認できれば、たとえ負け試合だとしても合格を与える、とかだね。あくまでも、これは予想だけど」
「なるほど」
難しい話しはよく分からないけれど、一つ言だけ言えることがある。
私もその試合を観たかった!
そんな話しをしている間に、六人の試験官が受験生の前に立ち、八名の合格者の発表を始めた。
担当の試験官から言われた通り、私たちは合格だった。
これで三人共に二次審査に進めることが決定し、ほっと胸を撫で下ろした。