国家陰陽師資格試験6
「かかってこいや!」
斧を構えた真田さんは、全く動く気配がない。
これは私が仕掛けなければ、何も始まらないって事みたい。
真田さんの戦いは見たことがない。
こちらから仕掛けるのは無謀なんだよね。
でも、そんなこと言ってられない。
私は深呼吸して覚悟を決めた。
力を通し、美しい姿を顕にした天の美月を構え、走り出した。
「えい!」
掛け声と共に、天の美月を真横に振れば、ガキンと大きな音が辺りに響いた。
斧が上段から振り下ろされ、天の美月の攻撃を防いだ。
「いたたっ」
凄い力!
手と腕に衝撃が走り、痺れて扇を落としそうになった。
危なかった。
やっぱり、真田さんは予想通りパワータイプだ。
力対力で普通に戦ったら絶対に勝てない。
私の持ち味はスピードだ。
速さで翻弄して、相手のスタミナ切れを誘う作戦で行こう。
「何か考えてるみたいだが、無駄な事は止めておけ」
そう言って、真田さんは斧をブンと横に振った。
サッと後退し身をかわしたんだけど、真田さんが斧を振る度に風が巻き起こる。
凄い圧だ。
これは法具の+SPの効果に違いない。
思ったよりも間隔を開けないと、風に巻き込まれる。
私は一定の距離を確保しつつ、攻撃に入ると見せかけては、サッと身を引く戦法を繰り返した。
「ちっ!ちょこまかと動き回るのはもう止めねえか。スタミナが切れるぞ」
「全然平気だけど」
真田さんの眉間にしわがよる。
ゼイゼイと息を吐いては額の汗を拭っている。
息が上がってきているから、もう少し攻めれば勝機が出てくるかも。
そうして戦い続け、かれこれ一時間は攻防を繰り返している。
ぐったりしている真田さんは、荒く息を吐き、こちらを見た。
「嬢ちゃん、お前さんの体力は底なしか?」
私はぴょんぴょんと跳ねながら答えた。
「まだまだ余裕で行けます」
そう。
私は今までの戦いのお陰で大幅に体力が付いた。
ちょっとやそっとの事では、やられないのだ。
真田さんは「化け物かっ!」と呟きながら、頭を抱えた。
「あー、このままじゃまずいぞ。こうなったら一か八か、あの手を使うしかないか」
「?」
暫く独り言を口にしたかと思えば、真田さんはため息をついた。
「おい、棄権するなら今のうちだぞ」
ええっ?!
何いってんの?
「私が有利な状況で、以前棄権するわけないでしょ」
「···だよなあ、仕方がない。ちゃんと忠告したからな。後で文句言うなよ」
一体何が始まるというのか?
ピタリと動きを止めた真田さんは、斧を目の前に掲げ力を送っている。
斧が次第に輝き出した。
何かする気だ。
真田さんの全身の筋肉は盛り上がり、額や首には青筋が見える。
ピリピリと小刻みに震えたかと思うと、髪が逆立ち始めた。
なにこれ?
周りの空気が真田さんに引き寄せられるようだ。
ヤバい!
間合いを開けなきゃ危険だ。
突き刺さるような空気を肌に感じ、私は慌てて数歩後退し、扇を構えた。
「うぅ、うがああ!」
真田さんは獣のように叫んだ。
両腕はだらりと下がり、目は焦点が合っていない。
今までの真田さんとは違い過ぎる。
でも、確実に力が増していってるのを感じる。
これ、まずいよ。
「深月!」
「ツクヨミ?!」
振り向けば、ツクヨミが直ぐ側まで来ており、その目つきは鋭く真田さんを追っている。
「気をつけろ!あれは狂戦士化だ」
「狂戦士化?」
ツクヨミは頷くと話し始めた。
「狂戦士化とは、攻撃力やスピードなど、通常ではあり得ないほどの力を得ると同時に、痛みを感じないほどのトランス状態に陥る。理性が保てないため、誰彼構わず攻撃するというのが狂戦士の特徴だ」
「ええっ!それってかなりまずいんじゃないの」
今でさえとんでもないパワーなのに、更に力が上がってスピードまでも上がったんじゃ、どう考えても太刀打ち出来ないよ!
「ツクヨミ、何か対抗策はないの?」
ツクヨミは私を庇いながら話しを続けた。
「対抗策か?そうだな、ひたすら逃げることだ」
「ええっ!逃げるの?」
「そう。間違っても正面切って戦おうとしない事だ」
逃げる事が対抗策になるなんて、どういう事だろう?
「戦うとどうなるの?」
ツクヨミはその顔に薄っすらと笑みを浮かべた。
「今の深月ではまず負ける。圧倒的なパワーに神器も無事では済まないだろうな」
そんなっ!
神器まで破壊される危険があるんなら、絶対に手を出しちゃダメってことじゃない。
「でもホントに逃げるだけでいいの?」
「そうだ。あの男の状態から見るに、後、三分逃げ切れば勝てる。あの狂戦士化状態、かなり身体に負担がかかる。持って三分だろう。狂戦士化が解除されれば、奴は動けなくなる。そこをつけ!」
「分かった」
そうか!
三分ひたすら逃げればいいんだね。
それなら、なんとかなりそう。
よし!行こう。
「ツクヨミ。私、できる限り一人で頑張りたいんだ。暫く様子を見てて」
ツクヨミはやっぱりか、と言うようにため息をついた。
「大丈夫なんだろうな?」
「うん!やってみる」
「分かった。気をつけて行って来い」
そう言うと、ツクヨミはふわりと上空へ浮かび上がった。
天の美月を構えた私は、真田さんの正面にいる。
目の焦点は合っていないものの、耳や鼻はピクピクと動き、まるで野生の猛獣のようだ。
うぅぅっと唸りをあげた真田さんは、私めがけて駆け出した。
は、速い!!
私は真横に飛んだ。
わずかに飛ぶのが遅れ、真田さんの斧が私の右足をかすっていった。
うわっ!
危なかった。
結界石のブレスレットのお陰で傷や痛みは無かったものの、結界石にわずかにヒビが入ってしまった。
このブレスレットが破壊されれば、負けと言うことを、忘れてはいけない。
ヒュンヒュンと斧が続けざまに振り下ろされる。
必死に避けてはいるけれど、武器の圧と風圧とで、結界石のヒビは大きくなるばかりだ。
一分は経っただろうか?
三分って、短いから楽勝だと思っていたけど、狂戦士化した真田さんから逃げるのって、物凄く難しいことだった。
予想より遥かにパワーとスピードがアップしており、後一回でも攻撃を受けたら終わりだ。
何か方法は無いの?
冷たい汗が額を流れ落ちた。
私はゆっくりと呼吸を繰り返し、真田さんをじっくり観察した。
その時、ふとある考えが頭をよぎった。
あっ!
あの方法ならなんとかなるかもしれない!
私は両頬を軽く叩いて気合を入れ直した。
そして私は真田からできる限り距離を取り、集中する。
胸の中から力が溢れ出し、天の美月を通じ、舞台を超えて広がってゆく。
その力はセンサーとなって、真田さんのどんな小さな動きでも拾い上げる。
私は呼吸を真田さんに同調させた。
私には彼の動きの一つ一つが手に取るように分かる。
そして、息遣いがわずかに止まる瞬間を待っていた。
これは次の攻撃に移るときの合図だ。
来る!
真田さんの攻撃の軌道を読み、私は左側へと走る。
上段から振り下ろされた斧は、そのまま舞台の床に突き刺さった。
「う、うがあ」
真田さんの咆哮が辺りに響いた。