国家陰陽師資格試験4
「雪村さん。これで武器と式神の確認を終わります。お疲れ様でした」
試験官たちはみな、満足気な表情だ。
微笑んで並び、一礼した。
確認の作業は終わったみたいだけど、なんだか簡単すぎた気がする。
和やかで、試験という感じではなかったから、気は楽だったけどね。
「それでは、一次審査後半戦についてご説明いたします」
中央の試験官が、今後の予定について話し始めた。
私は姿勢を正し、式神たちは皆私の後ろに控えた。
「ただいま確認した武器と式神は、こちらに登録させていただきました。式神全員に霊的通行手形を取り付けてあります。今後の一次審査後半戦と二次審査には、通行手形を持つ式神しか参加できません。未登録の式神を参加させた場合は、不正とみなします。不正を行った場合、その時点で不合格になりますので、ご了承下さい」
うわっ!
いつの間に!
式神のみんなに霊的通行手形が取り付けられていたなんて、全く気が付かなかった。
式神のみんなをよくよく見れば、左手の甲が青く光っている。
それは星型の青い光。
青い星の紋様は五行の象徴である五芒星で、なかなかカッコいい。
この星の紋が付いている式神のみが、今後の試験に参加できるということだ。
「一次審査後半戦は屋外の中央広場で行います。受付手続きを済ませ、試合開始まで今しばらくお待ち下さい」
試験官に案内され、屋外の中央広場へ向かう。
受付で手続きの際に、番号札をもらった。
そこにはAと書かれている。
「あの、この番号札はなんですか?」
私の質問に、受付のお姉さんは親切に答えてくれた。
「雪村さんはAグループですね。A、B、C、Dの四つのグループがあり、受験生はそのうちのいずれかに組み分けされます。四人の試験官が対応しますが、Aグループ担当の試験官は強いですよ。心してあたって下さい」
「ええっ!?」
そんなに強いの!?
負ける気はしないと思っていたけど、大丈夫かな?
一瞬不安になったけれど、試合を楽しみに思う自分もいる。
きっとどうにかなるんだろうな。
そんな事を思い、受付のお姉さんを見ると、彼女はとあるアイテムを手渡してきた。
「これを忘れずに装着して下さいね」
「あ、これ結界石のブレスレットですね」
「はい。そうです」
大会の本戦で使用したブレスレット。
確か、これを破壊されたら負けになるんだよね。
私は慎重に、ブレスレットを嵌めた。
「雪村さんの健闘を祈ります」
「ありがとうございます」
私は受付のお姉さんにお礼を言い、中央広場を見回した。
陰陽師連盟総本部の敷地内には、色々な建物がある。
その中でも一番大きいのは大会で使われたドームだ。
通常、実技試験はドームで行われる。
ただ、ドームは改修工事の為に使用できないので、今回は急遽中央広場を使うことになったんだとか。
広場はとても広くて、試合で使われるであろう舞台が四つ設置されている。
ルールは大会の本戦と同じで、陰陽師と式神の共闘。
式神の交代は一回までできるそうだ。
試験官の持つ結界石のブレスレットを破壊したら勝ち。
ん、なんだかわくわくしてきた。
大会を思い出し、気分は高揚する。
会場は、移動してきた受験生でざわついてきた。
「深月!グループ分けはどうだった?」
遅れてやって来た真尋が声をかけてきた。
「真尋!私はAだよ」
「そうか、俺はCだ」
「俺もC」
拓斗さんが会話に割り込んできた。
二人ともCグループなんだ。
なんだか二人の間に火花が飛び散っているように見える。
別に受験生同士で対戦する訳でもないのにね。
ふふふっと笑う二人の顔が引きつっていて、妙に怖いのである。
受験生全てが受付を済ませたようで、先程の六人の試験官が舞台前に並び立った。
笑顔だった試験官たちは一転、真面目な顔つきになり、お互いに目配せした。
「それでは実技試験、一次審査の後半戦を開始します」
中央の試験官が高らかに宣言すれば、A〜Dグループ担当の四人の試験官がそれぞれの舞台上に駆け上がった。
えっ?
あれって、まさか!
私が戦う事になっているAの舞台上を見れば、白髪交じりの長髪を後ろで括った大柄の男性が立っている。
彼は黒縁のメガネをくいっと指で押し上げ、不敵に笑っている。
「さ、真田さん!」
思わず私は呟いた。
Aグループ担当の試験官とは、総長の真田さんのことだった。
うわぁっ!びっくりした。
まさか、真田さんが試験官だなんて、思いもしなかった。
これから真田さんと戦う事になる。
彼の戦いは初めて見るけれど、間違いなく強いはずだ。
試験が開始され、名前を呼ばれた受験生が舞台に駆け上がって行く。
真田さんは腰に提げた斧を手に取り叫んだ。
「式神·タヂカラオ」
法具の斧が光り、式神のタヂカラオが現れた。
筋肉の盛り上がった身体の大きな式神だ。
太い腕と脚から、パワータイプの式神だということが分かる。
「かかってこいや!」
真田さんの声に、受験生の式神が反応し、躍りかかった。
タヂカラオは相手の式神を右手で掴み、受験生目がけて放り投げた。
激しく叩きつけられた式神は消え去り、受験生の結界石は真っ二つに割れ、瞬時に勝敗が決まってしまった。
真田さんは苦々しい顔で呻いた。
「あー、呆気ない。もう終わりか···。もっと骨のある奴は居ないのか?次、かかってこいや!」
そして、次の受験生もまた、真田さんの式神に瞬殺されるのであった。
んー、確かに真田さんは強い。
以前の私なら尻込みしていただろう。
だけど、数々の経験を積んだ今なら、負けることは考えられない。
きっと勝てるはずだよね。
あっ、そういえば、真尋と拓斗さんはどうなったのかな?
順番待ちの間、私はCグループの舞台を覗いてみた。
拓斗さんがCの舞台上の試験官を食い入るように見つめている。
「あの試験官、ただ者じゃないな」
「そんなに強いの?」
「ああ。俺も真尋も勝てるか微妙な所だ」
「ええっ!?」
二人の強さはよく知っている。
彼らよりも強い人ってなかなかいないと思うんだけど。
私はその試験官をまじまじと見つめた。
その人は、黒装束に身を包んだ細身の男性だ。
背は高く艷やかな黒髪から、年は若いのだろうと想像できる。
顔の上半分を覆う仮面を着けているため、その表情は分からない。
あれっ?
あの試験官、こっちを見ている?
仮面から見えるあの目、どこかで見た事がある?
お互いの視線が絡んだ瞬間、私はどこに居るのか分からなくなった。
何、この感覚?
宙に浮いたような、胸が締め付けられるような不思議な感覚が私を襲う。
その感覚に引っ張られないように、私は深く呼吸をし、必死に自分を見失わないようにした。
「深月、どうした?」
真尋が私の肩を強く揺すった。
「あ、真尋···」
真尋のおかげで呪縛が解けたようだ。
不思議な感覚は波が引くように消え失せた。
「大丈夫か?」
「うん、私は大丈夫よ」
一体、あれはなんだったんだろう?
この試験官の正体も含め、何かが起こりそうな予感が、私の中で渦巻いた。