神器師
ちょうどその時、お茶を載せたトレーを手に持ち、悠也さんが応接室に入ってきた。
「姉貴、大声で叫んでどうしたんだよ?」
お茶をテーブルにセットしながら悠也さんが問えば、京香さんは無言で歩み寄ると、胸ぐらを掴んだ。
「ちょっと、どういう事よ。火室家のお荷物のあんたが、まさか神器を作製するとか、あり得ないわ。全然納得できないんだけど」
悠也さんは顔を引きつらせながら、京香さんの腕を振り払った。
「納得できないって言われてもなぁ···」
京香さんはお構いなしに、グイグイと詰め寄る。
「私がどれだけ苦労してきたか、あんたには分からないわよね。女の身で法具師のトップに登りつめ、研鑽を重ね今の地位を手にするには、血の滲むような努力が必要だった。それなのに、ふらふらしたあんたが、こうも簡単に憧れの神器師の座を射止めるなんて!世の中不公平よ」
悔し涙を滲ませる京香さんを見て、悠也さんはため息をついた。
「姉貴には俺がふらふらしているように見えてたんだ。でもそれって、俺のほんの一部しか見てないってことなんだよな。まあ、そんな事はどうでも良くて···。肝心なのは神器の出来だ。鑑定してみて、どうだった?合格は貰える?」
「この神器が合格かですって?!」
京香さんはフッと笑うと真顔になった。
「笑えない質問はしないで。私が合否を付けるなんておこがましい真似はできないわ···この神器、素晴らしすぎる。この至高の品を創り上げたあんたを、火室家の一員として誇りに思うわ」
京香さんは言葉では悠也さんを褒め称えたけれど、再度胸ぐらを掴んでは首を絞める。
「!ちょっ、姉貴、苦しい···」
「悠也、おめでとう」
京香さんはふふふっと笑いながら、尚も首を絞める。
「ぐふっ!や、やめてくれ···」
姉弟のじゃれ合いはしばらく続き、真田さんはあきれてため息をついた。
「あのなぁ、お前さんたち。仲がいいのは分かったが、少しばかり急ぎたい」
「「仲良くない!!」」と、息ぴったりに返した二人は、バツが悪そうにちらっと互いを見た。
「あー、取り急ぎ神器の登録と、神器師の登録をする。登録に当たって、陰陽師連盟総本部まで来てもらいたい。何しろ、神器登録の前例が無いのでな。少し時間をもらうぞ。嬢ちゃんと悠也は準備をしてくれ」
「「はい!」」
京香さんの指輪のお陰ですっかり元気になった私は、何の問題もなく外出できるのだ。
悠也さんと私は、事務所のワゴン車に乗り込み、陰陽師連盟総本部を目指した。
車の苦手なユキちゃんだけど、私が心配だからと、同乗することにしたそうだ。
無理しなくても良いんだけどね。
私の手を握る彼が、少し震えているんだよね。
『大丈夫だよ』と、心のなかで言い、彼の手を強く握りしめた。
陰陽師連盟総本部に到着し、大会議室に通された私たち。
うわっ!
私は思わず後ずさった。
なぜかと言うと、大会議室には大勢の偉そうな人たちが待ち構えていたからだ。
彼等は連盟の役員で、神器を一目見ようと集結したそうだ。
んー、この人たちが連盟の偉い人だというのは分かる。
でもね。
こんなに大勢の見知らぬ人たちに天の美月を預けるのって、気が引けるな。
月雅をハクタクに持っていかれた時の事を思い出し、ついつい身構えてしまった。
すると、私の思いが通じたかのように、天の美月から式神たちが一斉に姿を現し、私を取り囲んだ。
「みんな!」
式神たちはみな微笑んでいる。
彼らの中から、クラミツハが死神の鎌を持ち私の前に進み出た。
「深月!」
クラミツハは神妙な顔で死神の鎌を構えている。
「クラミツハ、どうしたの?」
「我はあなたの思いに応えるために、ここにいるの」
「私の思い?」
クラミツハはコクリと頷くと、死神の鎌を掲げた。
「これから我は天の美月に祝福を授ける」
「祝福?!」
祝福といえば、アマテラスとツクヨミが天の美月に施してくれたのを思い出す。
彼らの祝福のお陰で、天の美月は扇から鞭へと形態を変えることができる様になったんだよね。
クラミツハの祝福とは一体なんなのだろうか?
「深月、天の美月を前に掲げてくれる?」
「わかった」
私はドキドキしながら胸の前に天の美月を掲げた。
クラミツハの死神の鎌が輝き、黒い水が滴り落ちた。
その水は天の美月に吸収されると、ぱあっと輝いて辺りを照らした。
そして、輝きが落ち着いてくると、天の美月は更にその存在感を強めたように見える。
「この祝福は、『絶対不可侵』。他人が悪意を持ってこの扇を持ち去っても、必ずあなたの元に舞い戻る。天の美月の所有権はあなたが許さない限り、未来永劫変わることはないよ。だから安心していい」
「うわぁっ!凄い。クラミツハ、ありがとう」
例えハクタクみたいな輩が現れても、この祝福『絶対不可侵』があれば、天の美月を持ち去られる心配は無くなる。
私は感謝の意を伝えながらクラミツハの手をギュッと握ると、彼女は少し照れながら視線を合わせ、微笑んだ。
それを見ていた連盟の偉い人たちも、「おお~っ!!」と、感嘆の声を上げていた。
私の安心が伝わった為か、式神のみんなは私の後ろに控えた。
真田さんが役員たちの前に立ち、何やら説明し始めた。
「おい、悠也。製作者として神器の解説をしてくれ。この解説が、神器の登録を左右する。心してかかってくれ」
そう言われ、悠也さんは慌てた素振りで返事をした。
「えっ!解説ですか?···分かりました。深月、天の美月を開いて貸してくれるかい?」
「はい!」
私は天の美月を胸の前に掲げ、力を通す。
パラリパラリと扇は開き、美しい姿を現した。
どよめきの中、悠也さんに天の美月を手渡すと、彼は強張った面持ちで深呼吸をしている。
「悠也さん?」
「あ、ああ···悪い、俺緊張して···」
これから大勢の前で神器の説明をするんだ。
しかも、解説によって神器の登録が左右されると言われれば、焦りも出るだろう。
大丈夫だろうかと心配していると、アマテラスとツクヨミが悠也さんの両脇に立ち言った。
「悠也、なにも心配することは無いわ。私たちがあなたを助けるから。それにね、あなたは一人でこんなに素晴らしい神器を作り上げたんだもの。もっと胸を張りなさい」
アマテラスの言葉に、ツクヨミは頷くと言った。
「悠也、誰が付いていると思ってるんだ?!肩の力を抜いて堂々としていろ」
アマテラスとツクヨミに激励され、悠也さんはふうっと息を吐き冷静になった。
私は悠也さんの手を握り、話しかけた。
「悠也さんの作った神器が凄いのは、私が一番分かっています。絶対に大丈夫です!自信を持って下さい」
「深月···」
そして、彼は天の美月を見つめ呟いた。
「そうだな、俺にはこの神器がある。失敗を恐れてばかりじゃ前に進めないな···」
悠也さんはすっと顔を上げた。
その目は炎が灯ったように輝き、力が漲ったように見える。
彼は、アマテラスとツクヨミを伴って、壇上へ登っていった。