鑑定
「深月!体に異常はない?」
開口一番、そう叫んだ京香さんは私の元に走り寄ると、頭のてっぺんから足の爪先まで、しっかりチェックした。
「京香さん、そんなに心配しなくても大丈夫です」
そう言う私の肩を掴んだ京香さんは、首を横に振った。
「駄目よ。私の渡したアイテムの副作用のせいで、あなたにもしものことがあったらと思うと、気が気じゃなかったのよ。あなたの無事を確かめない事には、仕事が手につかなくてね···」
うわっ!
京香さんてば本当に心配しすぎだよ。
「この通り、私は元気です。病み上がりで少しふらつくけど、ほぼ回復しました」
「本当に?」
私はうんと頷くと、京香さんはやっと肩の力を抜いた。
「おい京香よ。事務所の入り口で大騒ぎしたら迷惑だぞ。それに、嬢ちゃんに渡したいものがあると言ってなかったか?」
真田さんが口を挟むと、京香さんは「あっ」と何かを思い出したように手を叩いた。
「そうよっ!応接室は、確かこっちよね」
私の手をむんずと掴んだ京香さんは、案内されるより先に応接室へ入っていった。
うーん。
やっぱり京香さんは少し強引なくらいでないと、こっちの調子が狂うんだよね。
所で、渡したいものって一体なんだろう?
ソファーに腰掛けた京香さんは、鞄からゴソゴソと何かを取り出した。
「はいこれ。つけてみて」
京香さんの手のひらには、玉虫色に輝く小さな指輪が載っていた。
「これは?」
「これはね、体の回復を促す指輪よ」
「へえ···」
指輪を受け取り、早速指に嵌めてみる。
指輪から風が巻き起こったようだ。
それは私を包み込み、光で満たしてくれる。
体の中心から力が溢れてきて、一気に軽くなった。
「うわぁっ!この指輪、凄い効果ですね。今嵌めたばかりなのに、もう元気になったみたいです」
京香さんは、ぱあっと笑顔になった。
「うんうん、そうでしょう。徹夜して作った甲斐があったわ。因みに、体が完全回復したら、この指輪は壊れるから」
「えっ!?ああ!!」
そう言うやいなや、指輪は音もなく崩れ去った。
なんだかもったいないような気がする。
こんなに素晴らしいアイテムが、一瞬のうちに壊れてしまうなんて。
只々申し訳ない気持ちで一杯になった。
「深月、そんな顔しないで。これは私の気持ちよ。あの時、試作品を渡したのをどんなに後悔したか、あなたには分からないでしょうね。法具師たるもの、いつ何時でも完璧な作品を提供したいじゃない?」
うーん、そういうものなのかな?
「でもあの時は、あの腕輪があってとても助かったのは事実です。だから京香さんが気に病むことは、何もないんですよ」
そうなのだ。
あの腕輪が無かったら、天津甕星を倒すことはできなかった。
ギリギリの所だったからね。
「深月、あなた···」
うわっ!
京香さんが感極まって、瞳に涙を溜めてる。
いつもの彼女の様子と違い過ぎて、どう対応すれば良いのか分からないよ!
私がアワアワと焦っていると、真田さんがコホンと咳払いを一つして、京香さんの前に立った。
「盛り上がってるところ悪いんだがな、嬢ちゃん。伝えることがいくつかあるんだ。先ずは、これを見てくれ」
「なんでしょう?」
真田さんは、スーツの内ポケットから封筒を取り出した。
それを受け取り、開封して中を確認する。
「これは、依頼の報酬明細だ。確認したら、ここにサインをくれ。振り込みの手続きを取る」
「分かりました」
そういえば、陰陽師連盟から正式に依頼され、完遂したんだった。
緊急事態だったので、報酬については何も聞いてなかったんだよね。
どれどれ···。
私は明細の金額を見て、一瞬息をするのを忘れるほど驚いた。
さ、三百万円って書いてある。
まさか、あの戦いの報酬が、三百万円なんてあるはず無いよね。
これ、絶対間違えてるよ。
「あ、あの。これ金額が一桁違ってます」
「うん?どれ···」
首を傾げつつ、真田さんが明細に目を通した。
「いや、間違っちゃいないぞ」
「ええっ?!」
嘘でしょ!
この金額、私の年収より多いんだけど。
「嬢ちゃんよ。お前さんは命懸けで世界を守ってくれたじゃないか。本来ならこの金額だって安いくらいだ。もし、嬢ちゃんが国家陰陽師だったら、報酬は数倍アップしてた事だろう」
「ひええっ!!」
陰陽師って、なんて恐ろしい職業なのか。
一年間コツコツバイトして貯めたお金より、一回の戦闘の報酬の方が多いだなんて!?
お金に対する認識が違い過ぎて、貧乏性の私はついて行けない。
「先日の大会についてだ。選手もけが人が続出した上、会場の復旧に時間がかかってな。試合再開が三カ月後になる予定だ」
決勝トーナメントの第一試合で中断してしまった大会。
詳しい日程は後ほど通知されるという。
会場復旧のめどは立ったようだけど、三カ月待つというのはちょっと長いよね。
「大会は延期になったが、お前さんにとってはこっちの方が重要だろう」
そう言って真田さんは、もう一枚の封筒を取り出した。
「あっ!」
この用紙は、国家陰陽師試験の受験証だ。
そうか。試験は一ヶ月後に迫っているんだった。
「国家陰陽師試験を受験するのに、法具が必要だというのは知ってるな」
「はい。もちろん」
「この間の戦いで見たんだが、お前さん武器を変更してただろう?新たな扇の鑑定は済んでいるのか?」
あっ!
そうだった。
私、月雅から天の美月に武器を変えたんだよね。
天の美月も鑑定しなければならなかったんだ。
「この扇の鑑定をお願いできますか?」
真田さんは待ってましたとばかりにほくそ笑み、右手で眼鏡を押し上げた。
「おう、今すぐ鑑定してやろう。おい京香よ、鑑定書類を用意しておけや」
「わかったわ。もちろん私にも鑑定させてくれるでしょうね」
京香さんは、真田さんへにじり寄り、上目遣いに圧力を加えた。
真田さんはタジタジとなりながらも頷いた。
京香さんも調子が出てきたみたいで、私はほっとしながら、天の美月に霊力を通す。
胸の前で水平に持ち、力を通すと、パラリパラリと扇は開いた。
真田さんは目を見開き、扇を受け取ると言った。
「おい、こいつはなんだ。普通の法具には見えないが···」
真田さんはペンライトを片手に、天の美月の鑑定を始めた。
無言で鑑定していた真田さんは、長いため息をついて顔を上げた。
「こいつは法具じゃないな」
「えっ!どういう事?!」
京香さんは真田さんから天の美月を奪い取ると、眼鏡をかけて鑑定を始めた。
「嘘でしょ···これはまさか、神々の勾玉?ってことは、この扇は神器!」
にわかに震えだした京香さんの手から、天の美月を受け取った私は、扇から鞭へと形態を変化させた。
「「形が変わった!!!」」
神々の祝福によって扇から鞭へと形態が変わるんだけど、普通の人はやっぱり驚くよね。
「こっちも鑑定してください」
私は再び天の美月を真田さんへ手渡した。
「嬢ちゃんにはいつも驚かされる。まさか神器を拝める日が来るとはな。所でこいつの製作者は誰だ?···ああ、ここに刻まれてる···火室悠也···」
「なんですって?!!」
京香さんの大声が事務所ビルに響き渡った。