楽園(後編)
恐怖に飲み込まれてなるものか。
そう自分に言い聞かせ、震える左手を押さえ、深呼吸を繰り返した。
落ち着け。
勝利のための戦略を考えるんだ。
俺は増長天から目を離さずに、頭を回転させ始めた。
······
剛力じゃ、まるで歯が立たなかった。
力押しが駄目なら、次はコイツだ。
「式神・雷!」
法具の暁から、槍を携えた戦士・雷が現れた。
雷は槍を天に向けて掲げると、天井が薄暗い雲で覆われ、雷が増長天の頭上に落ちた。
豪快な音を立てた雷を物ともせず、増長天は不気味に笑うと言った。
『お前の力はこんなものか』
まばたきする間に、雷もまた増長天の刀に斬り伏せられた。
「くっ!」
雷でも駄目か!
正攻法が通用しないなら、全く別の切り口から行くしかない。
「式神・恵比寿!」
暁から現れたのは七福神の一柱、福の神の恵比寿だ。
実はこの式神、以前伶さんと須弥山に来た際に仲間にした。
恵比寿は、見た目はでっぷりとしたおじさん体型で、釣り竿にたらいを持っている。
烏帽子と狩衣姿で、いくら神様だと言っても戦いに向くとは思えない。
だから一度も使ったことがなかった。
でも、あえてこの場で使うことにした。
何かやってくれそうな予感がするから。
一か八かの大勝負だ!
「恵比寿、釣り竿で増長天を縛り上げろ!」
恵比寿はにかっと笑うと釣り竿を勢いよく振り回した。
増長天が避ける間を与えず、釣り糸は素早く巻き付き、ギリギリと縛り上げる。
『ふっ!こんな糸で何ができる?』
増長天は力を入れ、釣り糸を引き千切ろうとした。
しかし、力を入れるほどに糸は強度を増してゆく。
増長天は次第に力が抜けて、持っていた刀を取り落とした。
恵比寿は見事、増長天の動きを封じることに成功した。
流石、福の神・恵比寿の釣り糸。
普通の式神とは違うと思っていたが、狙い通りになった!
よし!
今がチャンスだ。
「式神・一寸法師!」
法具の暁から、手のひらに乗るほど小さな式神、一寸法師が現れた。
「一寸法師、分身だ!」
一寸法師は針でできた刀を振り上げると、一気にその数を増やした。
そして、ぐるぐる巻きにされた増長天を取り囲み、刀を向ける。
「一寸法師、増長天に総攻撃」
一寸法師はぴょんぴょんと飛び跳ねるように増長天に飛び掛かった。
一人一人の攻撃力は小さいが、それぞれが急所を攻撃しているため、大ダメージとなって増長天を追いつめる。
増長天はもがき苦しみ、なんとか釣り糸から逃れようとするも、上手く行かない。
『くっ、これはたまらん!』
増長天は渾身の力で一寸法師たちを跳ね飛ばし、その場から逃げ出した。
「逃がすかよ!」
ふうっと息を吐くと、暁に矢をつがえ、狙いを定めた。
息を止めた一瞬の後、矢を放った。
光を纏ったその矢は、流星のように光の軌跡を残して、増長天の背に突き刺さった。
そこから増長天の全身に光が走り、辺りに放射された。
『う···ぐっ···。ま、まいった』
恵比寿は満面の笑みで、釣り糸を消し去った。
光りに包まれた増長天は右手を胸に当て、俺の前に跪いた。
「貴殿の力、しかと見た。我が主よ、今この瞬間より、貴殿に仕えさせていただく」
深々と頭を下げると、増長天は暁の中へと入っていった。
「四天王の一人、増長天をゲット!」
よっしゃーと、ガッツポーズをしてほくそ笑む。
増長天は俺の式神の中で、力とスピードは最強だ。
戦力アップを図れて内心とても喜んだが、大事なことを忘れてた!
さっきのうさぎはどうした?
増長天との戦いで見失ってしまった。
キョロキョロと辺りを見回すと、洞窟の中からうさぎがこそっと出てくるのが見えた。
おお!!
遂にうさぎが手に入る。
俺はウキウキしながら、抜き足差し足うさぎに近づいた。
ん?
このうさぎ、歩き方がおかしくないか?
左後足を引きずってるように見える。
さっきの戦闘に巻き込まれて、怪我をしたのかもしれない。
罪悪感から捕まえるのを躊躇した時、うさぎは俺に気づき、慌てて逃げ出した。
「あ!こら、待てって」
うさぎにあまり無理をさせたくないが、このままじゃ逃げられる。
どうにか捕まえて、治療してやるしかない。
俺はダッシュでうさぎを追った。
ひょこひょこと危なげに走るうさぎの先に、人影が見えた。
あっ!
あそこに見える人影は、悠也じゃないか!
うさぎを追っているうちに、霊泉までやって来ていたようだ。
そうだ、妙案を思いついた。
悠也にあのうさぎを捕まえてもらおう。
悠也は優しい性格で、昔から動物や子供に好かれてた。
きっとあのうさぎも、悠也になら警戒心を解くんじゃないだろうか?
「悠也!そのうさぎを捕まえてくれ」
大声で叫ぶと、悠也は驚いた顔で言い返してきた。
「うさぎを捕まえろって、なんで?」
状況が把握できていない悠也は、頭に?をたくさん浮かべた。
「おい!逃げられるだろ?いいから早く捕まえろ」
「···わかったよ」
悠也はしゃがんで、両手を広げた。
まっすぐに走ってきたうさぎは、予想通り悠也の腕の中に飛び込んだ。
「悠也、よくやったな」
俺は悠也の近くまで走り寄り、うさぎを受け取ろうとすると、それに気づいたうさぎは震え出した。
「拓斗、そう慌てるな。このうさぎ、すごく怖がってるだろ?」
「······」
俺はしぶしぶ手を引っ込め、成り行きを見守ることにした。
「あれ、君は怪我をしてるの?ちょっと待ってて。今、治してあげよう」
悠也はそう言うと、震えるうさぎの足に、霊泉の水をかけた。
すると、たちまちその傷は癒えて、感激したうさぎは、悠也に擦り寄った。
「あははっ!くすぐったいだろ。ん、何やってるの?」
うさぎは前足で、悠也のポケットをトントンと叩いた。
悠也は首を傾げながらポケットの中から何かを取り出し、うさぎに見せた。
「これが気になる?」
それは輝く小さな珠、宝玉だ。
うさぎは嬉しそうに頷くと、ぱぁっと光って宝玉に吸い込まれていった。
「「ええっ?!」」
何が起こった?
うさぎが宝玉に入ったってことはまさか!
「なあ。あのうさぎ、俺の式神になったって事?」
悠也の言葉に、俺は「うわぁぁっ!」と叫びながら頭を抱えた。
嘘だろーーーー!
俺のうさきがっ!
手に入れたと思ったのに、直前で悠也に持っていかれたーー!
悠也は俺の思いも知らず、ニコニコと宝玉に語りかけた。
「へぇ。君は『因幡の白兎』というのか。これからよろしくな!っていうか、式神が仲間になったって事は、今日から俺も陰陽師?!うわぁ~、驚きだ」
驚きだとか言いながら、嬉しそうにしやがって。
俺は悠也を睨みながら、地団駄を踏んだ。
それから何度か動物の式神を手に入れるチャンスはあったものの、全て悠也に持っていかれた。
ああ。
完全に人選ミスだった。
どんな動物も魅了する悠也を、連れてきてはいけなかったんだ。
俺の楽園計画は失敗に終わった。
がっくりと肩を落として、ため息をつきつつ頭を振った。
いやいや。
こんな事でくよくよするなんて、俺らしくない。
夢はでっかく持たないと。
次こそは絶対に夢を実現させるからな!待ってろ、まだ見ぬ俺のもふもふたち。
俺は決意も新たに、家路についた。
楽園への道は、始まったばかり。