番外編 楽園(前編)
「もふもふの楽園·····ん?」
自分の寝言で目が覚めるって、なんなんだ。
ふぁ~っと欠伸をしながら体を伸ばす。
今朝は夢見が良かった。
俺の大好きな小動物たちに囲まれて、にやけっぱなしの夢だった。
この夢が実現したら、どんなにいいだろう。
俺は弓削拓斗、二十二歳。新進気鋭の陰陽師だ。
俺には夢がある。
それは動物系の式神を集めて、もふもふの楽園を作ることだ。
だが、俺の式神といったら、人型のむさ苦しい式神ばかり。
その中でも一寸法師は唯一可愛いが、動物ではないしな。
強さも追求したいが、やはり可愛いもふもふだろう。
うちの事務所の雪村深月はズルい。
彼女は、とんでもない強さの式神を従えている。
強いくせに、その大半がもふもふな動物系(?)と来るから、羨ましくてしょうがない。
正に俺の求める理想のパラダイスにいるのが彼女なのだ。
いつか、あの動物たちと思う存分戯れたい。
そして、心ゆくまでもふもふしたい。
そう思い狙ってはいるが、手を出した途端に反撃を喰らう。
どうにも隙がなさすぎて、いまだに実現していない。
くそぅ。
やはり自分で式神を捕まえた方が良さそうだ。
思い立ったが吉日って事で、早速須弥山に出発だ。
「おい、悠也。ちょっと付き合ってくれ」
事務所で暇そうにしていた法具師の悠也に声をかけた。
「なんの用だ?」
「お前、法具の素材が欲しいって言ってただろ?これから採取しに行こうぜ」
悠也は訝しみながら言った。
「今から?急だな。何処に行くつもりだ?」
「何処って、お前のよく知ってるところだよ。今すぐ行くぞ」
俺は悠也の返事も聞かずに、むんずと腕を掴んで祭壇の前へやって来た。
「お、おい···まさか」
俺はニヤリと笑うと法具の暁を取り出し、霊力を注いだ。
「出発!!」
「うあっ!」
祭壇から光が溢れ、俺たちは須弥山へ到着した。
「お前はいきなり過ぎるだろ。準備くらいさせてくれよ」
悠也は不意打ちを喰らって、少々頭に来ている様子だが、まあこいつが怒ったところで怖くもなんとも無いからな。
「悠也、好きなだけ素材を採取してくれ。俺は式神を捕まえてくる。霊泉で落ち合おう」
そう伝えて、スタスタと歩き出した俺の後方で声が響いたが、聞かなかった事にして片手を上げた。
悠也は陰陽師ではないが、呪符使いとしての能力は俺の上をゆく。
一人でもなんとかなるだろう。
「おいおい!ちょっと待てよ。霊泉って何処にあるんだよ」
悠也はしばらく叫んでいたが、やっと諦めたらしい。
さあ、本気で捕まえてやるからな。
待ってろ!俺の可愛いもふもふたち。
おっ!
あそこに見えるのは可愛いうさぎじゃないか!
幸先が良い。
まず手始めにアイツから捕まえよう。
俺は猛然とダッシュした。
俺に気づいた可愛いうさぎは、ビクッと飛び上がって走り出した。
マズい!
驚かせてしまった。
これは逃げられるな。よし、こうなったら式神になんとかしてもらおう。
「式神・炎」
法具の暁から炎を纏った剣士が現れた。
「炎、あのうさぎを捕まえろ!」
炎は頷くと、うさぎ目指して走り出した。
うさぎは炎に怯え更にスピードを上げる。
なんてこった!
炎とうさぎの差は広がるばかり。
あっ!!
洞窟の中に逃げ込みやがった。
ここは慎重にいかないと、マジで逃げられる。
あのうさぎは、どうも炎が怖いようだ。
怖がらせないよう、式神を交代させることにした。
「炎、戻れ。出でよ式神・剛力」
炎が暁に戻り、式神・剛力が法具より現れ出でた。
「剛力。あのうさぎを逃さないように追え!」
逃げるうさぎに追う剛力。
剛力はガタイはデカいが意外と素早い。
もう少しで捕まえられそうだ。
ん?
何かおかしい。
不穏な空気を感じ取った俺は、急停止した。
「剛力、止まれ!」
式神に指示を出し、辺りを窺う。
ピリピリと肌を突き刺すようなこの空気に、冷たい汗が流れる。
俺の陰陽師としての勘が訴える。
どうもヤバい奴がこの洞窟の奥にいるみたいだ。
左手に握った暁に、力を入れたその時、洞窟の奥から声が響いた。
『何人たりともここを通す訳にはゆかぬ』
「誰だ?」
洞窟の奥から生暖かい風とともに、圧力がかかる。
ドシンドシンという足音と、甲冑の軋む音がし、俺は気後れすまいと気合を入れる。
『ほほぅ。我が威圧を受けて動けるとは、見どころのありそうな奴よ』
俺の前に現れたのは、甲冑に身を包んだ武将だ。
赤みの強い顔は猛々しく、筋肉は隆々。
右手に剣を持ち、左手を腰に当てている。
この風貌の式神についての噂を聞いたことがある。
この須弥山を守護している四天王がいるという。
目の前にいる武将は、そのうちの一人に違いない。
「お前、四天王か?」
『うむ。正しく我は四天王の一柱、増長天なり』
増長天!
ヤバいな。
四天王に出くわしたら、戦うしか無いって噂だった。
逃亡は不可能、殺るか殺られるか。
『我にお前の力を示せ』
増長天はそう言うと、刀を振り上げた。
「剛力、迎え撃て!」
増長天の刀を剛力は受け止めたように見えた。
ガキンと大きな音が響き、剛力の剣は真っ二つに折れ、その勢いで剛力はあっという間に切り裂かれた。
『ふん、他愛もない···』
「ま、まじかよ···」
俺のメインの式神が、あんなにも簡単に殺られるなんて思いもしなかった。
増長天、なんて強さだ!
残りの式神で渡り合えるとは到底思えない。
ぎりりと歯噛みをし、法具を握る手が震えた。