陰陽師 雪村深月7
目の前がパアッと明るく光って、私は鏡の世界から飛び出した。
目に映る景色は、色彩豊かな元の世界。
そして、私の目の前にはユキちゃんがいる。
ああ、私は戻ってきた!
嬉しくなった私は手を伸ばし、ユキちゃんに触れ、優しく微笑む彼を見上げた。
「深月、無事で良かった」
そう呟くユキちゃんの言葉は、私の体に染み渡るように響く。
彼は私を抱き寄せ包みこんだ。
彼の温もりを感じ、涙が溢れそうになる。
トクン
右手に持った法具の月雅が熱を帯びたように脈打ち、私に訴えかける。
何だろう?
月雅は私を元の世界に戻す手助けをしてくれた。
でも、それだけじゃないみたい。
首を傾げていると、上空から声が響いた。
「雪村深月!お前はなぜこんなにも早く戻ってこられたのだ?!」
コウモリの羽を広げた天津甕星が、驚愕の声を発して、こちらの様子を伺っている。
そう簡単に戻れないと高を括っていただけに、現状を信じられずにいるようだ。
私はユキちゃんからそっと離れて、天津甕星に向き直ると言った。
「ユキちゃんが導いてくれたから、私は戻ってこられた!私たちの絆を甘く見ないで。あなたの思い通りにはならないんだから」
「む···絆···」
天津甕星は苦々しい表情で唸ると、ため息をついた。
「ならば、何度でもお前を別の次元に送ってやるだけよ。お前の仲間も一緒にな。こちら側に手引きする者がいなければ、簡単に戻ることはできまい。いくら戦ってもお前たちに勝ち目は無いのだ」
「······」
普通に戦ったのならば、天津甕星の術には敵わない。
ましてや、仲間諸共あの世界に送り込まれたら、手も足も出ないだろう。
そう。
私が《《普通》》に戦ったならね。
先程から法具の月雅が語りかけてくる。
私は月雅の想いを汲み取り、胸に手を当てた。
そうだね。
天津甕星の術を封じるには、これが一番いい方法だ。
月雅を握りしめた私は、ユキちゃんを見上げた。
「ユキちゃん、これを受け取って」
ユキちゃんは首を傾げ月雅を受け取った。
「深月、これはどういう事だ?」
「天津甕星の術を封じるには普通に戦うのではダメなの。舞の効果を使えば術を封じる事ができる。だけど相手は強力で、普通の舞では太刀打ちできないと、この法具が教えてくれた。だから···二人で舞おう」
「舞を···私が舞うのか?」
私は頷いて天の美月を掲げた。
「私は天の美月、あなたは月雅。二人でこの舞を完成させましょう」
ユキちゃんは驚き、目を伏せた。
そして、覚悟が決まると次第に呼吸は整っていき、ゆっくりと目を開いて微笑んだ。
「いいぞ。お前のために私は舞おう。お前の舞はずっと見てきた。どの舞でもお前に合わせてみせよう」
流石、ユキちゃん。
千年前から私と共にあった式神だ。
「ありがとう、ユキちゃん。これから私たちが舞うのは『愛の舞』よ」
「『愛の舞』か···承知した」
私たちは、しばらく見つめ合い並び立った。
胸の前で扇を垂直に持ち力を通すと、パラリパラリとそれは同時に開いていく。
ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、二人の息を合わせる。
私の中から力が溢れ出て、ユキちゃんへと流れ、その力はまた私へと戻って来る。
その力は常に循環し、次第に拡大してゆく。
私たちの宇宙は大きく広がり、輝きを増す。
「な、何を始める気だ?」
「······」
天津甕星は異変を感じ取り、後ずさり身構えた。
「ちっ!俺はお前たちの技に騙されはしない。先手必勝。我が最大奥義を受けてみよ。天の流星!!」
天津甕星は叫び、星を呼び寄せた。
小さな星々は尾を引き流れ星のごとく私たちに迫る。
「させない!」
私とユキちゃんは同時に扇を天津甕星に向けた。
扇からヒュンと光が飛んで天津甕星を捉え縛り付けた。
「なっ!?バカな」
彼は力が抜けたようにカクンと膝を折り、上空に現れていた星々は、瞬時に消え去った。
「私たちの舞を、しかと見よ。二人舞『夢幻演舞!』」
私たちの呼吸はピタリと合い、その動きは左右対称だ。
私のためにユキちゃんが存在し、ユキちゃんのために私が存在する。
この舞は、どちらが欠けても成り立たない。
そんな舞だ。
ユキちゃんの動きが手に取るように分かる。
きっと、ユキちゃんもそうなんだろう。
初めて合わせたとは思えないほど、私たちの舞は完成されたもののよう。
美しく華麗な舞は見るものを魅了する。
歓びが私の胸の奥から溢れてくる。
二人の想いは重なり合って、舞を更なる高みへと導いてゆく。
天津甕星は苦しげに胸を押さえ、荒く息を吐いた。
「おかしい···俺の力が弱くなっている。まるで、力を吸い取られているようだ」
ぎりりと歯噛みをしながら、天津甕星は抵抗を試みるが、それはうまく行かない。
視線は私たちの舞に釘付けとなり、最早そこから一歩たりとも動けないのだ。
二人の扇は輝き、その光りは天津甕星を包み込んだ。
「うがぁっ!や、やめろ」
苦しげにのたうち回る天津甕星。
光りは拡大する。
それは苦痛を取り除き、安らぎを与える。
いつしか彼の瞳には優しさの光が浮かんでいた。
私たちは扇を空へ掲げると、天から光の柱が降り注いで、天津甕星はその中に取り込まれた。
そして、彼は指先からキラキラと輝いて、光の粒子となり天へと昇っていった。
私たちは並び、扇をパチリと閉じ一礼する。
すごい舞だった。
二人で舞うことがこんなにもワクワクして、楽しいだなんて思いもしなかった。
何より、ユキちゃんと一緒に舞えた事がとても嬉しかった。
私はユキちゃんを見上げた。
「ユキちゃん、ありがとう」
とにかく、彼には心からの感謝を伝えたかった。
でも今は、上手く言葉にできず、ありがとうしか思い浮かばなかった。
ユキちゃんはふうっと息を吐くと微笑み、私の頭を優しく撫でた。
「深月、素晴らしかった。お前は最高の陰陽師で、私の最高の主だ」
私はその言葉を聞いた途端、ガクッと前のめりに倒れた。
「深月!」
すぐさまユキちゃんに抱きかかえられた私。
約束のタイムリミットが来たようだ。
左手首にはめた腕輪が、私の力を持っていってる。
これがリバウンド!
あまりの苦しさに、涙が浮かんできた。
立っていることも、喋ることさえもできないとは。
私の異変に気がついた総長の真田さんが、慌てて走り寄り、私の左手首から腕輪を外してくれた。
「嬢ちゃん、よくぞ無事に依頼を完遂してくれた。礼を言う」
「······」
私はやっとのことで口を開いて、喋ろうとしたけれど、真田さんはそれを手で遮った。
「無理して喋らなくていい。お前さんが今どんな状態なのかは良く分かっているからな。全ての災いは去った。今はゆっくり休め」
私はゆっくり頷いた。
ああ、長い長い戦いが終わったんだ。
会場は穴だらけで、人的被害も出てしまった。
でも、私は陰陽師としての力を尽くし、みんなと協力して立ち向かい、勝利を勝ち取ることができたんだ。
何も知らなかった私が、ここまで成長することができたのは、仲間と式神たちのお陰だ。
みんなには、感謝してもしきれないほどだと思う。
やっぱり私は根っからの陰陽師で、それ以外の道は考えられない。
私は周りを見回し微笑むと、ゆっくりと瞼を閉じた。