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陰陽師 雪村深月6

「ふん!大人しく俺に食われていれば良いものを」


「······」 


 私の周りには、事務所の面々と式神たちが駆けつけ身構えた。


 天津甕星(あめつみかほし)は私たちを見回し、フッと邪悪に笑う。


「俺の前に立ちはだかる陰陽師よ!お前たちに俺の野望の邪魔はさせぬ」


 いきり立つみんなを手で制し、私は一歩前に進み、天の美月を突きつけ叫んだ。


「勝負よ!」


「望むところ!」


 天津甕星は右手を高く掲げた。

 闇が渦を巻いたかと思うと、その手には刀が握られていた。


 私は眼前に天の美月を掲げ集中する。


 胸の奥から力が溢れ出し全身に行き渡ると、足元から風が起こり、私の髪を巻き上げた。


 私の力は結界を超え拡大し続ける。


 数秒の睨み合いの後走り出した私は、天津甕星に向けて扇を叩き込んだ。


 さっと避けた天津甕星は、真横に刀を薙ぎ払った。


 切り返しの速い攻撃に驚いた私は、咄嗟に扇で受け流し、バックステップを踏み距離を取る。


 予想以上にスピードがあり、力が強い。

 だけど、反応できないわけじゃない。


 知らずに、ワクワクしている自分が怖ろしい。

 いつの間にか、戦うことを楽しいと思っているなんてね。


 苦笑しつつ、私は舞い続ける。

 ガキンという音が響き、刀と扇はせめぎ合う。


 戦いは一進一退。

 そう簡単に勝敗は付かないようだ。


 このままではいつまでも終わりが来ない。

 そろそろ終わらせなければ、タイムリミットが来てしまう。


 そんな時、天の美月が輝いた。


 そうね。 

 これを使って終わらせよう。


「これで終わりよ!」


 私は天の美月の房飾りの宝玉を一つ外し、天津甕星に向け投げつけた。


「む!」


 天津甕星は宝玉を跳ね飛ばすため、下段から刀を振り上げた。


 宝玉に刀が掠めた瞬間、ドンっと大きな爆発音と共に、宝玉はすぐさま弾け飛んだ。


 爆発をもろに受けた天津甕星は、数メートルふっ飛んで地面に身体を打ち付けた。


 うわっ!

 ものすごい威力!


 月雅の宝玉よりも、格段に威力が上がってる。

 法具と神器ではこんなにも差があるの?!



 額から血を流し、ゲホゲホと咳き込んだ天津甕星は、忌々しげに私を睨んだ。


「くっ···よくも俺をコケにしてくれたな」


 そう呟いて天津甕星はよろめきながら立ち上がり、刀を私に突きつけた。


「まだやる気?」


「そうだな···どうも分が悪い。俺の得意分野で行かせてもらう」


 ん?

 得意分野ってなんだ?


 天津甕星は刀を両手で持つと、ザクッと大地に突き立てた。

 彼の足元から黒い風が巻き起こり、それは一瞬のうちに広がり私を包みこんだ。


「えっ?!」


 世界は黒く塗りつぶされたかのように何も見えない。


「何よこれ!?みんな、何処にいるの?」


 いくら叫んでも、何の返事もなければ、誰の姿も確認できない。


 気がつけば、私は黒い世界に取り込まれていた。


 嘘!


 完全に油断した。


 天津甕星の術にまんまとハマってしまった。


 走って辺りを見回しても、何も見えず出口もわからない。

 なんの手がかりも掴めないまま、ただ時が過ぎていくだけだ。


「天津甕星、姿を見せなさい!卑怯よ」


 そう叫んでも、何の返答もない。


 このままじゃマズイよ。


 早く抜け出さなければと思うけど、この暗闇で一体何ができるのか?


 焦りと、無力感が私を責め苛む。


 ······


 落ち着け、私。


 焦ったって何にもならない。敵の思う壺だ、きっと。


 周りをよく見るんだ。


 そう言い聞かせ、私は深呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせた。


 冷静になった私は、辺りをよく観察することにした。


 辺りは永遠と思えるほど、どこまでも暗闇が続く。


 この暗闇の中、ほんの少しだけ光るものが見えた。

 それは私の持つ天の美月にはめ込まれた勾玉。


 たくさんある勾玉のうちの一つ、白い勾玉がぼんやりと光っている。



 温かな優しい光。


 ああ、これはユキちゃんの勾玉だ。


 私は嬉しくなってそっと勾玉に触れると、薄ぼんやりだった光が輝きを増した。


「ユキちゃん!!」


 ユキちゃんが導いてくれる。


 きっとそうだ。


 私は目の前に扇を掲げ、力を注ぎ込んだ。


 胸の中から力は溢れ出し、扇へと流れ込むと、白い勾玉はパアッと強い光を発して辺りを照らし出した。


 目の眩むほどの強い光は、私を包んでいた闇を一気に振り払った。


「あ···」


 私はそう呟いて肩を落とした。


 確かに闇は払われた。


 でもここは、元いた場所ではなかったから。


 一面真っ白な世界。


 私の目に映るのは、そこに存在する無数の鏡だ。


 その鏡は姿見のように大きい。


 この白い世界がどこまで続くか知らないけれど、この世界の果てまで大きな鏡が不規則に並んでいる。


「なによ、これ?」


 私は、一つの鏡に近づき、覗き込んだ。


 映し出された私の姿は、長い戦いの為に薄汚れ、疲れて見える。


 あれ?


 なんだか変だ。


 違和感を覚えその姿をよくよく観察すると、瞳が妖しく光って見えた。


 私は危険を察知して後退し、鏡との距離を取ると、鏡の中の私は口の端を上げ腕を組んだ。


「まさか俺の闇がこうも簡単に払われるとは思わなかった。なかなかやるな」


「天津甕星!」


 私の姿から元の姿に戻った天津甕星は、鏡の中で話し始めた。


「ここから出る方法を教えてやろうか?」


「えっ?」


 なんだか、怪しい。


 罠にはめておいて、抜け出す方法を簡単に教えるなんて、おかしいよね。


 訝しみながら天津甕星を見れば、彼は不敵に笑った。


「ここに無数の鏡があるだろう。この中の一つに出口がある。それを見つけられれば元の世界に戻れる」


「ええっ!このたくさんの鏡の中から出口を探さなきゃならないの?!嘘でしょ?」


「嘘をつく必要があると思うか?確かに出口はこの中にある。時間さえかければ見つけられるさ。ただし、お前が出口を見つけ戻る頃には、地上は我が手に落ちているだろうがな」


「なっ!」


 私は鏡に向かい扇を振るった。

 鏡は幻想であるかのように一瞬揺らぎ、扇は空を切った。

 天津甕星は何のダメージも受けていない。


「無駄なことはやめるんだな」


「くっ···」


 ここから攻撃してもまるで効かない。

 私は歯噛みして、天津甕星を睨んだ。


「ハハハ」と、高笑いを残して、天津甕星の姿は掻き消えた。


 私は手当たり次第、鏡を叩いて出口を探した。

 どの鏡も硬くて私を拒絶する。


 次々に近くの鏡をドンと叩く。


 違う。


 これも違う。


 叩いても叩いても、出口は見つからない。



 額から汗が流れ、ハアハアと息遣いも荒くなるが、全く成果は上がらない。


 どうすればいいの?


 このままだと、絶対に間に合わない。

 誰も助けられないじゃない。

 それどころか、こんな砂漠で針を探すようなやり方じゃ、いつになったら戻れるかもわからない。


 希望を失った私は、拳を握りしめドンドンと鏡を叩き、うずくまった。


『······』


『···深月』


 えっ!?


 不意に私の頭に声が響き、顔を上げる。


 この声は私の中にいる月雅。


『深月、絶望してはいけない。それが天津甕星の狙いなのだ』


「月雅···」


 そうよ。

 こんなところで、諦めるわけには行かない。

 天津甕星は私が闇に堕ちることを望んでる。

 私の心が闇に染まるのを待ってるんだ。


 危ないところだった。

 月雅が共にいてくれて、本当に良かった。


『お前と最も縁深き式神が呼んでいる。今こそ私の法具を使うときだ』


「えっ!法具ってこの月雅のこと?」


 アマテラスに浄化してもらった月雅を取り出した。


 黒光りする扇は、私が握ると淡く輝き、一条の光を放った。


 その光に導かれ、私は走った。


 その光の先にある鏡が見えてきて、ドクドクと私の心臓が躍る。


 優しい光に、どうしたことか歓びが溢れてくる。


 ハアハアと息を吐き鏡の中を覗き込むと、そこには狩衣姿のユキちゃんが微笑んでいた。


「ユキちゃん!」


 私はそう叫ぶと、鏡の中へ飛び込んだ。

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