陰陽師 雪村深月5
右手に握りしめている天の美月を眼前に掲げた。
扇に力を注ぎ込むと、それはオレンジ色の光を放ちムチへと形状を変化させた。
京香さんから借りた腕輪のおかげで、先程受けたダメージはすっかり回復している。
蛇女からの借りはきっちりと返させてもらう。
私は怒っているんだ。
私の可愛いコマケンを傷つけたこと、とても許せるものではないんだからね。
私は蛇女を睨み据え、足早に歩を進めた。
蛇女は舌なめずりをして、私を上から眺め挑発してくる。
「おやまあ、今度はお前一人で来るのかい?式神も連れずに、陰陽師がたった一人で何ができるというのか。私も随分と嘗められたものだねえ。よほど死にたいと見える」
尾でペシペシと地面を叩き、何がおかしいのかゲラゲラと下品に笑っている。
蛇女は私を格下だと侮っており、完全に油断している。
これはチャンスだ。
下手に蛇女に合わせず、さっさと倒してしまうに限る。
私が無反応なことを不審に思った蛇女は、眉間にしわを寄せた。
「死んでおしまい」
そう言って、得意の電撃を放った。
「その手は食わないんだから!」
私はムチを振り回し、その電撃を跳ね返した。
「なんと!」
予想していなかった私の反撃に驚きの声を上げた蛇女は、一瞬動きが止まった。
私はその隙を見逃さず、懐まで踏み込み、ムチの一撃を放った。
その攻撃は蛇女の胴体にヒットし、その体を数メートル吹っ飛ばした。
ゲホゲホと咳込み、口から血を流しながらゆっくりと起き上がった蛇女は、震えながら目を見開いた。
「まさか、何かの間違いでは!よもや、この私がこのようにやられるとは···。何という強さ、迂闊であった。お前はただの陰陽師ではないようだ」
「······」
蛇女の問いかけに答える義務はないのだ。
私はムチをブンと振って、蛇女にとどめを刺すべく走り出した。
ジリジリと後ずさる蛇女は、恐怖に顔を歪めた。
「お、お待ち」
「問答無用!」
そう叫ぶと、ムチを振り上げ叩きつけた。
ガキン!!
甲高い音が響き、私の攻撃は阻まれた。
「ちっ」
あと少しだったのに!
何者かが私と蛇女の間に割り込んできたため、私は数歩下がって身構えた。
「姉様、下がっていて」
そう言って蛇女の前に躍り出たのは、コウモリの羽を背負った厚化粧の女だった。
むむ。
蛇女にコウモリ女が加わった。
どうやらこの二人は姉妹のようだ。
コウモリ女は牙を剥いて襲いかかってきた。
うわっ!こわっ!
口が裂けてるから。
綺麗な顔が一転、恐ろしいホラー映画のようにおぞましい姿になった。
私はゾッとして一瞬怯んだけれど、咄嗟にその攻撃を躱してムチを振り上げた。
ムチはコウモリ女の足を打ち付けた。
「くっ···」
うずくまったコウモリ女は忌々しげに私を睨み、『ピー』と口笛を吹いた。
「コウモリたちよ、その者たちを食い千切っておしまい!」
コウモリ女の指示で、あちらこちらに舞っていたコウモリたちが、一斉にこちらに向かってくる。
みんなが戦って数を減らしているとは言え、相手方全ての戦力が私一人に集中したら、ひとたまりもない。
······
なんて弱気になってはいけない。
私は諦めないからね。
それに、こんなところでモタモタしているわけには行かないんだ。
時間も限られている事だし、一気に殲滅してしまおう。
よし!
ここは彼に出てもらおう。
「シュリ!」
私の呼びかけに、シュリは一礼して応えた。
「深月、すぐ参ります!」
早急に敵を一掃するには、この作戦で行くしかない!
私は扇に戻した天の美月を、天に掲げ叫んだ。
「真の姿を現せ!朱雀」
駆け出したシュリから赤い光が放出されて、その姿は見る間に変貌する。
朱雀の姿に戻ったシュリは、『ピュイー』と一声鳴くと大きく翼を広げ、コウモリ達をその翼で切り裂きながらこちらへ向かってきた。
私は思いっきりジャンプして、空から駆けつけたシュリの背に飛び乗った。
「シュリ、高く舞い上がって」
シュリは加速して舞い上がった。
コウモリ女は深傷の蛇女を庇いながら叫んだ。
「何か仕掛けてくる!」
蛇女はコウモリ女の前に進み出て口を大きく開いた。
「させないよ!」
蛇女の体から電撃が弾ける。
先程よりも強い電撃は、天から降り注いでくる。
その電撃をかいくぐり、シュリと私は上空にとどまると、集中する。
シュリの体から炎が上がり、私もまたシュリの炎に包まれた。
この炎は少しも熱くなく、むしろ心地よいとさえ感じる。
「シュリ、行くよ!」
『ピュイー』
天の美月からシュリへと力が流れて、シュリは赤色から朱の混じった金色へと変化した。
体から溢れ出る炎は渦を巻き、私たちを中心に拡大してゆく。
私とシュリが同調し、力が頂点に達した時、私は天の美月を天に掲げ叫んだ。
「紅蓮炎舞!」
渦巻いた炎は蕾が綻ぶように上部から広がり、一面が炎の海となった。
コウモリの群れは、炎に包まれバタバタと落下して、その数を大幅に減らしてゆく。
それを見たコウモリ女は蒼白になって叫んだ。
「姉様、あの炎はやばい!逃げるのよ」
その言葉に蛇女は首を横に振る。
「ま、負けてなるものか。陰陽師め、目にもの見せてくれるわ」
蛇女はジリジリと後ずさるも、攻撃を繰り出そうと口を開いた。
「馬鹿!姉様死にたいの?」
コウモリ女は蛇女を引っぱたき、その体を抱えて飛び上がった。
しかし、炎の広がるスピードに遅れを取った二人は、あっという間に業火に包まれた。
絶叫を上げる二人は、上空から地面に叩きつけられ、炎は一層勢いを増してその体を燃やし尽くした。
サラサラと金色の粒子が立ち昇り、蛇女とコウモリ女は天へと還った。
会場を覆う猛火は、敵を一掃し、残るは大将の悪魔のみとなった。
呆然と佇む悪魔は、辺りを見回し呟いた。
「まさか、我が軍が全滅するとは···」
シュリは地上に降り立ち、私は大地を踏みしめ、悪魔の前まで進み出た。
「さあ、残るはあなた一人のみ。覚悟しなさい」
天の美月を悪魔に突きつけて言うと、彼はフッと笑い腕を組んだ。
「覚悟か···。もとより承知の上だ。俺の名は天津甕星。この地上を我が手に収めるために降臨した」
あめつ?
なんだか日本の神様っぽい名前だよね。
でも、神々しさがまるでない。
気のせいかな。
それにしても、やはり目的は地上を手に収めることなのか。
「それは私が絶対に阻止する」
私が声を上げると、天津甕星は目を細めた。