陰陽師 雪村深月3
ひとまず、月雅をホルダーに入れた。
この瘴気を確実に浄化する為、改めて作戦を練る必要がある。
勢揃いしている私の式神たち。
彼らを上手く使い、時間内に任務を遂行するのだ。
そんな折、ハヤト君が結界の前で声を上げた。
「ミツキ!この瘴気、変なんだ。普通じゃない。このままじゃ僕の結界が保たないよ!」
瘴気は増殖を続け、結界内で飽和状態に達している。
ハヤト君の言うように、この瘴気は確かに普通じゃない。
伶さんへの攻撃も、まるで塩酸でも掛けたように激しいものだったし、増殖の仕方が速すぎるんだ。
このスピードで増殖が続けば、結界に圧力がかかり、内側から崩壊する。
ハヤト君が額に汗を浮かべ、ジリジリと後ずさる。
こんなにも動揺した彼の姿は見たことがない。
結界には絶対の自信を持っていただけに、信じられない気持ちなのだろう。
このまま傍観していれば、間もなく結界は崩壊し、私たちはピンチに立たされる。
これは、何か策を考えないとまずい。
何か妙案が浮かばないかと、顎に右手を当て考えていたその時、結界内に異変が起こり始めた。
「あっ!あれは一体?」
結界内の瘴気の中に風の流れが生まれている。
渦を巻くように一点に向かって瘴気が集約していくようだ。
私たちは固唾をのみ、結界内の瘴気が変化していく様を見つめた。
瘴気の中心にできた影は、徐々に人の形を取り始めた。
なんなの?
瘴気の中に人が現れるなんて?!
あれって絶対に人間じゃない。
その容姿は余りにも異質で、闇に染まっていたから。
それは小柄で細身だけど、引き締まった肉体を持つ男性だ。
黒髪を一つに結い、目をギョロつかせては、あたりを見回している。
背にはコウモリのような黒い羽根を広げ、羽根と同じく真っ黒な衣を纏ったその姿は、不気味としか言いようがない。
あの姿はどう見ても、悪魔だ。
彼は私に視線を固定させると、ニヤリとほくそ笑んだ。
「お前、美しいな」
ううっ···。
背中がゾクっと、寒気がするのはなぜだろう?
美しいって言ってるけど、全く褒められてる気がしない。
薄気味悪いったらない。
「その顔が恐怖で歪み、闇に染まった時、お前の全てをいただこう。さぞや美味であろう」
うわぁぁっ!
美味って何言ってんのー?!
また私を食べ物だと勘違いしている奴が出てきたよ。
こんな事言うのはヤトだけだと思っていたのにね。
思わず私はヤトを横目で見ると、彼は忌々しげにその悪魔を睨みつけていた。
この悪魔、不気味すぎて一瞬引いたけど、ヤトのような話しぶりを聞いて、我に返ることができた。
ここは落ち着いて対応しないとね。
「ちょっと!私はあなたの食べ物じゃないのよ」
そう返すと、悪魔は私をジロジロと眺め、ゴクリと喉を鳴らしてこちらに寄ってきた。
「そのかぐわしい霊力、欲しい。その強大な力を我が物にする為には、闇に落としてから食べるのが手っ取り早い。早々に諦めて、我がもとへ来い」
「嫌よ」
なんなの、もう。
悪魔に食べられるなんて、まっぴらごめんだ。
瘴気の浄化だけじゃなく、怪しげな悪魔も退治しなくちゃならなくなった。
でも、こんな奴に負けるわけには行かないもんね。
「この結界、邪魔だな」
悪魔はハヤトくんの結界に阻まれ、こちらへ来れないことに腹を立てている。
そして結界を右手でバンと叩いて、その場で力を集中させている。
みるみるうちに、結界は溶けるように消え失せた。
「ああっ!」
うわっ!まずい。
ハヤト君の強力な結界が、いとも簡単に破られてしまった。
この悪魔、案外強いのかも。
悪魔は右手をあげた。
彼を取り巻いていた瘴気が、とんでもないスピードで拡散されてゆく。
「ハヤト君、結界を張って!」
「だけど···」
ハヤト君は結界を張るのを躊躇して、不安げに私を見上げた。
先程、結界が簡単に破られたため、自信を失ったようだ。
「無駄な事よ」
悪魔がニタリと笑っている。
もう、悪魔に邪魔はさせないから。
「ハヤト君、右手を出して」
「?」
ハヤト君は訝しげにそっと右手を出した。
私は少し強引に手を繋ぎ、ハヤト君と目線を合わせて微笑んだ。
「これから私と一緒に結界を張ろう。今までで一番強固で最高の結界を二人で創り上げるの!」
「二人で結界を創るの?」
「そうよ!さあ、行くわよ」
ハヤト君は目を見開き、嬉しそうに頷いた。
「わかった」
ハヤト君と手を繋ぎ、私は天の美月を眼前に掲げた。
呼吸を繰り返し集中することで、二人の息を合わせる。
私の中にハヤト君の意識が入ってくるのがわかる。
二人の気持ちを一つにして力を解放するのだ。
ぱらりぱらりと開いた扇は金色に輝き、その光は私とハヤト君を包み込み、地中へと根を下ろす。
そしてその光は地から天へと巨大な柱となって立ち昇った。
「金色の守護結界!」
私とハヤト君の足元から風が舞い上がり、光の柱を軸にして大きく広がった。
それは会場全体を包み込む程巨大で強固な金色の球形の結界だ。
花のように美しい幾何学模様が浮かび上がっている。
「ミツキ、この結界凄い!!こんなの初めてだ」
ハヤト君は頬を上気させ、興奮気味に言った。
「本当!なんて綺麗なの!?」
今まで見たどんな結界よりも美しく神々しい上に、どんなに強力な攻撃を受けたとしても、跳ね返す力を持っている。
最強の結界が完成した。
この結界は全ての瘴気を完璧に防いでいる。
たとえ瘴気が飽和状態になろうとも、そう簡単に崩れる事はないはずだ。
「むむ!」
悪魔はたじろいで、眉間にしわを寄せた。
ひと目見ただけで、悪魔はこの結界の凄さを感じ取ったらしい。
敵が怯んでいる今がチャンスだ!
先手を取るよ。
「ヤト、狐火。シュリ、炎。二人とも、瘴気を焼き払って」
「「了解!」」
二人は空に駆け上がり、片手を天に掲げた。
その炎の攻撃は、拡散してゆく瘴気を喰らうがごとく、焼き尽くす。
二人の炎は重なり合い、力を増している。
バチバチとはぜて目に見える瘴気は完全に焼き払われた。
見事に二人は、瘴気の広がりを防いだ。
「ほう、なかなかやるな。だが甘いのだよ」
悪魔が指を鳴らすと、地面の穴から湧き上がった瘴気が、勢いを増し空中に広がった。
いくら炎で瘴気を焼いても、地面からの瘴気が溢れ出たら何もならない。
先にこの穴を何とかしなければならない!
この穴を埋めるには、彼の技が必要だ。
「土偶、小砂利で穴を塞ぐのよ」
土偶に指示を出すと、彼は「俺の出番だ」とばかりに、嬉々として両の手を前面に広げ小砂利を出した。
以前より技のスピードが上がったようで、あっという間に全ての穴が小砂利で埋まった。
ただ、穴を埋めただけだと、不安がある。
異界との道を完全に封じて置かなければならない。
「クラミツハ、小砂利で埋まった穴を封印して」
「深月!我はそういうの、得意なんだよね」
クラミツハはパチっとウインクをして、死神の鎌を片手に持ち軽く振り回す。
そこから黒い水が舞い散り、大地へと広がった。
見る間にその黒い水は、小砂利で埋まった穴を覆い、金色に輝き瘴気を封じ込めた。
「土偶にクラミツハ!よくやったわ」
これで、異界からの瘴気の供給は防ぐことができた。
悪魔は腕組みをし、私を睨んだ。
「大人しくしていれば、好き勝手してくれる。だが、全てがお前の思い通りにいくと思うな」
悪魔は叫び、目をギンと見開くと、その身から影が浮かび上がった。