戻りました
この可愛さは反則である。
ユキちゃんも可愛いけど、このちびギツネの愛らしさと言ったら!
自分がこんなにも可愛いもふもふに弱いとは思っていなかった。
腕の中のもふもふは顔を上げ、私の目をじっと見つめて呟いた。
「祭雅、頼みがある···」
あう、見た目の可愛らしさとこの喋りのギャップ···。
少し冷静さを取り戻した私は、夜都の両脇を持って眼の前まで持ち上げた。
「何かな?」
「その、真名のことなんだが。夜都と言わずにヤトと呼んでくれ。そうでないと色々と不都合があってだな···」
ああ、そうか。
真名をベラベラと喋られたら確かに困るよね。
「うん、わかった。ユキちゃんも内密にね」
「···ああ」
ヤトはぱあっと笑顔になって、瞳をキラキラと輝かせた。
うう、可愛い。
ずっとこのもふもふを抱きしめていたい。
完全にこのちびギツネに魅了されてしまった。
「深月、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
ユキちゃんの一言にハッと我に返った。
そうだよね。
きっとみんな心配しているはずだ。
「そうね、戻ろうか」
私が頷くとユキちゃんは微笑み、白虎の姿へと変化した。
私はちびギツネを抱えたまま、ユキちゃんの背に跨った。
天翔けるユキちゃんの背から見下ろす街並みは、深夜の時間帯でも、イルミネーションや月明かりで見渡すことができる。
さっきはヤトとの戦いの最中だったから、周りをじっくりと見る余裕なんてなかった。
危険が去った今は、夜空の飛行を楽しむことができる。
風は少しひんやりとし、髪や衣服は風に靡く。
とても気持ちがいい!
まさか私が夜空を飛べるだなんて、想像したことさえなかった!
普通の生活をしていたら、まずこんな経験は出来ないだろう。
怖い思いや悲しい思いもしたけど、それはそれで良かったのかなあと、今なら思える。
あ、そろそろ事務所が見えてきた。
「ユキちゃん、事務所から少し離れたところに降りてくれる?」
「わかった」
いきなり空から現れたらみんなビックリするだろう。
ユキちゃんは事務所のビルの裏手にある、緑の多い公園に降り立った。
大地を踏みしめて、私はしばし考えた。
状況がだいぶ変わってしまった今、このまま事務所へ行って良いのだろうか?
式神が二人も増えたのだ。
でも、所長や弓削さんに黙っていることなんてできないよね。
······
よし、決めた。
「ユキちゃんにヤト、これから事務所に入るから人の姿になってくれる?」
「それはいいが、深月。私達はその扇に入って姿を消すこともできるんだ。我らの存在を明かしてもいいのか?」
「うん。これから一緒に仕事をするんだからね。正直に話しておいたほうがいいと思って」
「深月がいいならそれに従おう」
ユキちゃんもヤトも同意して頷いた。
そして、すぐさま二人とも人の姿になった。
これで説明しやすくなったかな。
私達は公園から事務所へと歩いた。
事務所のビルの前には、所長と弓削さんが難しい顔でなにやら話し込んでいる。
結界が破られた上に、事務所にいるはずの私の姿が見当たらないのだから、心配しているのは当たり前だ。
「あのー、戻りました」
私がおずおずと声をかけると、二人ともバッと振り向いた。
「雪村さん!無事だったか」
所長がそう言って駆け寄ろうとし、私の近くにいるユキちゃんとヤトを見やり、その表情を曇らせ身構えた。
弓削さんも所長の隣で身構え、叫んだ。
「雪村さん、逃げろ!怜さん、あの二人の男は普通じゃない」
「ああ、普通じゃないどころか、人ではないな。あの二人の強さは並じゃない。拓斗、お前には荷が重い。下がってろ」
そう言った所長は懐からロザリオを取り出した。
うわ、なにか始める気だ!
まずいまずい。
戦いになっちゃうよ。
「待って!所長に弓削さん。この二人は私の式神だから!」
「「ええっ!!」」
私の一言に、所長と弓削さんは戦う構えを解いたけれど、今度は驚いて私をまじまじと見ている。
「ユキちゃん、ヤト、来て」
私の左右に並び立った二人、特にヤトはなぜか勝ち誇ったような顔をしている。
何がそんなに偉いのか?
「えーと、白虎のユキちゃんと天狐のヤトです」
私が二人を紹介すると、所長と弓削さんは驚愕して、二人を凝視している。
「白虎!あの四神の白虎?」
「天狐って、あの千年を生きるという天狐か?」
ユキちゃんとヤトは満足げに頷いている。
そんな私達を見て、所長はロザリオを懐にしまい、ゆっくりとこちらに歩み寄った。
「雪村さん、色々あったようだけど大丈夫か?」
そう問われ、私は頷き「はい、大丈夫です」と答えた。
「結界が破られた上に、事務所はもぬけの殻だからひどく心配したんだ。安心していいなんて言って、こんな事になるとは。私は自分の力を過信していた。本当に申し訳ない」
所長の悲しげな顔を見て、ああこの人はどんな表情をしていてもかっこ良すぎる!なんて思ってしまった。
「いえ、私はこうして無事でしたから。あまり気に病まないで下さい」
にっこりと微笑み、ついついイケメン所長に見とれていたんだけど。
なんだかそれで安心したのか、今までの疲れがどっと押し寄せてきて頭がクラっとした。
ああ、これはまずい。
目を開けていることもできない。
どうしよう···
そう思ったけれど、体と頭は言うことを聞かず、ふらりと倒れ私は意識を失った。