鬼とイケメン
「あんた、今日まででこの仕事終わりな」
「へ?」
私は雪村深月、二十歳。いきなり今日バイトを首になった。
「明日からは来なくていいから」
「えーーー!何でですか?」
「今は不景気で仕事が少ないんだよ。社員を養うのもやっとでさ。悪いんだけどそういうことで」
この職場のマネージャーに、バッサリと切り落とされた。
一ヶ月分の給料は渡すからと言われたものの、どうすんだあ!
私はガックリと肩を落として、帰り道をとぼとぼと歩いた。
せっかく覚えたカウンターの仕事、楽しかったのになあ。
お客さんとのやり取りは、なかなかうまいんじゃないかと思っていたんだけど···。
ああ、それよりも仕事を探さなきゃ···。生活ができないよ。
うちの両親はとても厳しくて、子供は十八歳過ぎたら自立するものだ、という信念の基に家を放り出された。
実家を当てにする訳にもいかないから、全部自分で何とかしないといけない。
これからの進路だって決まってないから、とりあえずお金を稼いでやりたいことを探している最中なんだ。
学校に行くにしてもお金がかかるから、バイトして貯めている最中だったのにな。
どうしよう。
家賃は削れないから食費を削るか···。ああ、やだやだ!考えるのはやめて仕事を探そう。
ネットでも探すけど、とりあえず少し遠回りして何かいいバイトはないかと、キョロキョロしながら探しまわる。
うん?
この通り沿いにある大きなビルの入口に、貼り紙が見える。
あ、バイト募集の貼り紙だ!
私はダッシュして、貼り紙の前までやってきた。
えーと、なになに。
赤星探偵事務所☆アシスタント募集中って書いてある。
うーん、見るからに怪しい。
でも時給はめっちゃいいなあ。ちょっと覗いてみよう。
私は貼り紙のしてあったビルの二階に上がり、扉の横にある呼び鈴を押した。
扉が開いて中から若い男性が顔を出した。茶髪のくりっとした目をしたかわいい感じの男性だ。私と同い年位かな?
「あの、バイト募集の貼り紙をみて伺ったんですが」
「え、君あれ見えたのか」
「だって、普通のバイト募集の貼り紙でしょう。誰でも見えますよ」
「ふうん。一次は合格か」
なんのことだろう、一次合格って?
不思議なことを言う人だな。
「合格ってなんのことですか?」
「いや、何でもないから気にしないで。悪いんだけどさ。今、所長の赤星は不在で面接時間の約束ができないんだよ」
「あ、私も履歴書とか何も用意してないのでまた改めます」
「それなら、ここに名前と住所、電話番号を書いてって。こっちから連絡を入れるから」
私は渡された用紙に必要事項を書き込み、その男性に手渡した。
「よろしくお願いします」
「はい。ん、雪村さん···か。俺は弓削拓斗だ。よろしくな」
「所で、ここの仕事はどういった内容なんですか?」
「ああ。言葉通りで所長のアシスタントだよ。張り込みがあったりするから肉体的にはキツいかもな。その分時給はいいだろ?」
「そうみたいですね」
「近いうちに連絡が行くから」
「は、はい」
私は事務所から出て帰路に着く。
なんだか変な所だったけど、時給がいいから決まってくれると家計は大助かりなんだよなあ。
私、体力だけは自信があるんだ。
あれ、夜空には満月が輝いている。大きな月だなあ。
そうか、もう時間も遅いんだよね。いつの間にか知らない道に来ていたな。
人通りもほとんど無くて、薄ら寒くなってきた気がする。
月の光に照らされながら夜道の交差点に差し掛かったとき、いきなり目の前に何かが現れた。
目の前に現れたのは、黒い大きなシルエット。
私はそれを直視し、立ちすくんだ。
う、嘘でしょ。
こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?!
なんなの、あれ?!つ、つ、角!!
その生き物は頭には二本の角に真っ赤な目。口は真横に大きく開いている。
そして右手には鉈を持っている。なんでこんな生き物がこんな所にいるの?!
その黒いシルエットの生き物は鉈をざりっと引きずりながらこちらに向かってくる。
目が合ってしまった。それはニヤリと笑ったように感じた。
ヤバい!ヤバい!
背中に悪寒が走り、全身から冷や汗が吹き出す。
私はそれから目を離してはならないと本能的に感じて、目を離さないように後ずさる。
『トゥルルルル』
スマホに着信の音がする。私は自分のポケットからスマホを取り出した。
でもそれから目を離すわけにはいかない。もたつきながらもやっと電話にでる。
「はい!」
「ああ、雪村さん?俺、弓削だけどさっきは···」
「た、助けて!!」
「どうした!」
「わ、わからない!怖い怖い」
そこで電話は切れてしまった。
どうしよう。どうすればいいの?
私は後ずさるけれど、それとの距離は徐々に縮まる一方だ。
トンと背中に当たる壁の感触。
ダメ!どこに逃げろっての?
それは大きくニヤリと笑ったかと思うと鉈を振りかざした。
ザシュッと音がして壁に鉈が突き刺さっている。
私の左頬から僅かにそれた鉈は、また壁から引き抜かれる。
「い、いやあ!」
私は叫び声を上げて走り出す。
これ、走ってるって言える?思うように手足が動かないよ。足がもつれて躓く。
振り返ったわたしの目に映るのはやっぱりそれのニヤリと笑う大きな赤い口。
私は足元にあった石をそれに向かって投げつけた。
こんなんじゃ何の役にも立たないだろうけど、時間を稼がなくちゃ!
私の投げた石はそれの左肩に当たった。
あれ、なんだか動きが鈍った気がする。
もう一度。
私は石を投げた。今度は腹部に当たって、それは腹を押さえてかがみ込んだ。
訳が分からないけど、これ、効いてるの!?
私はもう一度力を込めてそれに石を投げつけた。
あれ、石が光った?
そんな気がした。石はそれの頭に当たり、そこから血が噴き出している。
なんだか知らないけど効いたみたい。
「お前、戦えるの?」
うわ!びっくりした。いきなり声をかけてきたのは先程の赤星事務所の弓削さんだった。
さっきの電話で駆け付けてくれたのかな。
戦えるのって聞かれたけど、そんなことわからないよ。
「や、私は石を投げただけだから」
「でもあの鬼、ダメージ食らってるけど」
「し、知りませんて」
「だよなあ」
弓削さんは首を傾げながら、ポケットからカードの束を取り出した。その中の一枚のカードを取り出し、それに向かってヒュッと投げつけ叫んだ。
「式神·炎」
そのカードは見る間に大きくなって炎を纏った剣士を形作った。
えっ、どういうこと??
紙が人になった!
いや、人じゃないだろうけど。
うわぁ、もう訳がわからない。
その剣士は鬼と呼ばれたそれに向かって、大きく剣を振り抜いた。
鬼は鉈を構えて応戦するけれど、炎の剣士の動きは素早い上に力の差も大きかったんだろう。
呆気ない位に鬼は鉈ごと真っ二つになり、黒い粒子となって上空に立ち上ぼり消えていった。
それと共に炎の剣士も消え去り、その後にはカードがぱらりと舞い落ち、弓削さんの手元にすっと戻った。
「なんだったの、今の?」
「あー、鬼だな」
「鬼···」
大体なんでこんなところに鬼がいるの?
急に色んな感情が込み上げてくる。
今ごろになって恐怖でがたがたと震えがきて、立っているのもやっとな程だ。
「大丈夫か?一旦事務所に戻ろう」
私は頷いたものの、足腰は震えのために上手く動かず、弓削さんに支えられながら歩いた。
凄く長く感じた道のり。でも、助かった··。
事務所のなかに入り、ソファーに腰掛けた私は、ポロポロと涙が溢れて止まらなくなってしまった。
「怖かった··」
弓削さんは狼狽えてポケットの中からハンカチを取り出し渡してくれた。
「す、すみません」
しばらく泣いてやっと落ち着いてきた。
よく考えると、この事務所っておかしくない?なんであんなのと戦ってるの?
しかも簡単に倒しちゃったし。探偵って言うのは表向きでもしかしたら····。
「あのう、もしかしてこの事務所の仕事って···」
「····」
「あの、さっきみたいな怖いやつと戦ったりとかじゃあないですよねえ?」
「····」
うわあぁ!
やっぱり。表向きは探偵で、本業はアブナイ仕事なんだ。
「やだやだやだやだ!スミマセンが面接の件は無かったことにして下さい」
「えっ、君結構筋が良さそうなのにもったいない」
「怖くて死んじゃいます!絶対いやあ!」
「何の騒ぎだ」
そこに一人の男性が現れた。
私は振り向きざま、その男性を一瞥する。
あっ!
私に雷が落ちたんじゃないかというくらいの衝撃が走った。
何故かって、その男性は明るいグレーのスーツに身を包み、長めの黒髪に切れ長の瞳の超がつくイケメンだったからだ。