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「──庭園? 庭園がどうしたって?」
槍を持った青年──セドリックが目の前の少女──エヴェリーナに尋ねた。
──また、くだらない思い付きか?
内心でそんな事を思いながら訝しげに少女を見ると、それが伝わったのかふんっと少女は子供の様に顔を背けた。常々彼女の行動は突飛で良く理解に苦しむ事が多かったのだ。
──性格は似てないのに、顔とこう言う仕草だけは良く似てるんだよなあ。
とセドリックはしみじみ思う。
彼女にはローレンスという弟がおり、瞳の色以外彼等の外見はとてもよく似た姉弟だった。
「で、庭園を造るのか?」
「そう! あの子達の為に作るのよ!」
顔を背けたまま彼女言い切った。その横顔は非常に整っており、美しい。だが、セドリックは見惚れる事は無かった。彼女達を妹と弟としか思っておらず、更に彼女達をよりももっと美しい存在を知っていたからだ。
「あの子達、ねぇ」
セドリックは少女に示された場所を見ると、確かにそこには小精霊が焼けた大地に潜んでいた。
この頃、各地では戦火が絶えない時期だった。
悪政の続く帝国内は荒れに荒れていた。国内だけではなく、その波風は周辺諸国にも飛び火し、彼方此方で内乱や戦争が起きていたのだ。
そこに異論を唱えたのは帝国内の神子の一族だった。
皇帝はこれに怒り狂ったのは言うまでもない。帝国の安寧は単にこの神子の一族が握っていたからだ。
特に今世の精霊姫──神子の一族の中で最も強い精霊の加護を受ける者を男女問わずそう呼んでいた──は特別精霊女王の加護が強かった。
「精霊姫を差し出せ。さすれば、許してやろう」
忠告をした神官長──神子の一族の長に皇帝は聞く耳を持たず、傲慢にもそんな要求をした。
これに神子の一族達の我慢も限界を向かえてしまった。この皇帝の言葉に更に戦で彼等を利用しようとする魂胆が見えていたからだ。
彼等神子の一族の信念は遙か昔から決まっている。
『精霊と共にはあり、精霊の恩恵を戴く』
皇帝の言葉は彼等と精霊達を侮辱する言葉に他ならなかった。
彼等は帝国に反旗を翻すと一族を率いて帝国を出て大陸を南に横断した。その間、帝国からの追手に一族の何人もが殺された。旅の途中で命を落とす者もいた。それでも帝国内の温室で育った彼等が何とかやって来れていたのは一重に精霊の恩寵があったからだ。
セドリック達が南下する際に途中いくつもの村や里を通ったが何処も戦争の影響で酷い有様だった。
只管、大陸を南下して辿り着いた場所は焼け野原だった。最初は一族だけだったが、途中から焼け出された村人や帰る場所のない者たちまで集まり徐々に多所体となってしまう程にこの頃、各地は荒れていたのだ。
「──セドリック! セドリック、聞いてるの?」
ぼんやりとしながら、少女の話を聞いていたセドリックは少女の声に我に返った。間近に少女の宝玉の様な緑の瞳を見て、溜息を吐いくと少女の顔を掌で押し返す。
「他人の事を心配している場合か?」
「他人? 隣人よ」
「隣人も他人だろ?」
呆れ気味に言うと彼女はぷうと頬を膨らませた。
──仕草が一々子供っぽくて嫌になる!
普段の彼女の仕草だが、今日は妙に尺に触る。ぷつりとセドリックの中で何かが弾けた。
「いい加減にしろ!!」
ずっと落ち着かない生活のせいで苛ついていたセドリックはもう限界だったらしい。気づけば少女に向って怒鳴りつけていた。目の前に立つ少女は驚いて目を見開いている。
セドリックは気不味くなって少女に背を向けて立ち去ってしまった。