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WITHUOOM HSASTE -ウィトゥーム ハズアステ-  作者: KIKP
東北 芸術の国
63/68

62 嫌われ者

街中の多くの人並みが流れる大通りを、一人の青年が人波をすり抜けるように走り脇道へと抜ける。

華やかな街並みから、人気の無い薄暗い住宅街と入り、周囲を警戒するように確認し、影に潜む様にあるその建物の中へと入る。

すると、何か違和感を感じたのか、不思議そうな顔をして立ち止まり、ゆっくりと階段を上がってその部屋の扉を開く。

その部屋は、一つの大きな窓から光が差しており、綺麗なそのグランドピアノを照らしており、同い年位の男が一人、部屋の隅の机に両手を付いて立っていた。

その足元には、様々な楽譜やそれまでに仮定した魔術演奏についての紙が散乱していた。


「どうしたんだ?珍しくピアノも弾いてないし、随分荒れているな」

「すまない。ちょっとな…」

「あんまり根詰めすぎるなよ。お前俺が来なかったら、飲まず食わずで弾き続けるんだから」

「ああ…」


明らかにいつもと違うその様子を不思議に思いながら散らかった紙を拾う。


「何に元気ないのか分からないが、ついに決まったぞ一週間後の会場。なんと、この国一の宮廷劇場。アルスリアだ!」

「…そうか」

「そうか…って、せっかく俺が何十回と評議会の連中と話し合ってやっと通したって言うのに…。それに、お前がこれまで目指し続けた夢の劇場だぞ。嬉しくないのか?」

「…」

「どうしたんだ。なんか様子が変だぞ。何かあったのか?」

「…どうやら僕は、最悪な事をしていたようだ…」

「最悪?一体何の事を言っているんだ?」

「僕がしてきた事は、偉業なんて大それたものでは無い。ただの常識…。普通の事だったということさ」

「偉業じゃないって…。数千年も覆ることのなかった魔術と音楽を、たった数年で繋ぎ確立させたんだ。それを偉業とされなくてなんとするんだ?」

「…」

「お前が謙虚というか、そういう自覚が無いのは元々だが…。今回は一体どういう考えに行き着いたんだ?」

「ごめん…話せない」

「そうか…。話せないなら別にいい。ずっとこの部屋に篭ってたんだ。とりあえず、外の空気でも吸ってきたらどうだ?」

「そう…だね」

言われた通りに、男は横を過ぎて、部屋の入口で立ち止まる。

「ごめんね…ロメル」

「ああ。気にすんな」


その言葉に、男は何かを言おうとするが、思いとどまって飲み込み、この会話を最後に何処かへと去ってしまった。


—————————————————————————


不思議で神秘的なピアノの旋律は、月明かりのない真っ暗な夜に、波打つ音を奏でる。

深き底から幻想的な蒼い光達が灯り、蛍の様に、次第にその光は消えてゆく。

真っ暗で何も見えなくなる中、雲の隙間から月明かりがゆらゆらと降り注ぐ。

それは、劇場が海の底にあるよう。海流が全身を撫で、その流れに乗って、さまざまな海洋生物たちに妖精が乗って、遊ぶように泳ぎ回る水中演奏。


カミーユ・サン=サーンス:『動物の謝肉祭』より No.7 水族館。


数人の妖精たちは姿を変え、衣装を身を着飾り、舞台を整え、妖精たちによる演劇が開演する。

コケティッシュかと思うとロマンティックで、明るく弾むようなメロディは華やかで優雅なワルツを魅せられる。


ピョートル・チャイコフスキー: 『白鳥の湖』『眠れる森の美女~ワルツ』 『花のワルツ  くるみ割り人形』


春の到来に、小鳥は喜びさえずりながら祝っている。小川がせせらぎ、風が優しく撫でる。春を告げる雷が轟音を立て黒い雲が空を覆う、そして嵐は去り小鳥は甲高い声で歌う。

原に花は咲き乱れ、空に伸びた枝に茂った葉はガサガサと音を立てる。羊飼の妖精は眠り、忠実な猟犬はそばにいる。

陽気なバグパイプにニンフと羊飼いの妖精が明るい春の空の下で踊る。舞い踊る空の上には夏の匂いがたなびき始めていた。

かんかんと照りつける太陽の絶え間ない暑さで、妖精と羊の群れはぐったりとしている。松の木も燃えるように熱い。カッコウの声が聞こえ、キジバトの囀りが聞こえる。北風がそよ風を突然脇へ追い払う。

夏の季節が終わり、嵐の心配もなくなった。

小作農たちが収穫が無事に終わり大騒ぎ。ブドウ酒が惜しげなく注がれる。妖精たちは、ほっとして眠りに落ちる。大騒ぎは次第に鎮まり、酒はすべての者を無意識のうちに眠りに誘う。

外は大雪が降っている中で、暖炉で満足そうに休息。妖精たちはゆっくりと用心深く、つまづいて倒れないようにして氷の上を歩く。だが、滑って氷に叩きつけられていしまう。氷が裂けて割れ、頑丈なドアから出ると、外はシロッコと北風がビュービューと吹いていく。

今はそんな冬だが、吹く風には春の匂いが漂い始めていた。


アントーニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディ: 『四季』


暗がりの劇場に蝋燭の灯りが灯り、もう直ぐ止むであろうか、粉雪が舞い降る。

それは枯れ木と地面に青々とした葉を生い茂げさせる。

会場の端にできた窓ガラスから橙色の光と、劇場内は穏やかな温もりに包まれ、妖精達は、祈りを捧げる。

演奏者に神々しい七色の明かりを降り注がせる、ステンドグラスへと。


ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:『主よ、人の望みの喜びよ』


ここまで五人の演奏を終えて、もう残り二人の演奏となっていた。

どの演奏も表現豊かなもので、観客と会場を沸かせ、言葉では上手く言い表せない程素晴らしく、休憩毎に見る皆の顔は感激等に満ちており、会話が尽きない。

ただ一人。メアはまだか、まだかとセネリアの出番を、胸を抑えて待っていた。


「やっと後二人か~」

「やっぱり少し長いね~」

「セネリア様ら今回、どの様な演奏をしてくれるのでしょうか…」

「ね~。楽しみ」

若い学生らしきグループが前を通って、彼女の出番を楽しそうに話していた。

今回のコンクールは誰がどの順番で出演するかなど知らされていないと言う話なのだが、さも当然のように彼女の名前が出て来るのを見ると、それだけ実力があり、期待されているのが分かる。それと、憧れというのもあるだろうか。


「それで、次は一体何方の演奏なのかしら」

「それが…」

そう、楽しげな顔から一転、つまらなそうな顔で周りの目を気にするようにコソコソと耳打ちをする。

「はぁ…。あの男が来ているのですか。大人しく山に籠っていればいいものを…。セネリア様が演奏する前なのだから、せっかく盛り上がっている会場を、冷めさせないようにして欲しいですわね」


観客が次の演奏が始まると劇場の席に戻る中、セネリアはとある部屋へと入る。

そこは観客席として、ある特別な立ち見部屋。

演奏者とその関係者の特別席・待機場所で、演奏を終えた者達が寛ぐ場所なのだが、男が一人居るだけだった。

扉から入ってくる彼女の足音を聞いて、男は振り向く。


「随分と寂しい部屋ね」

「やぁ、セネリア。今夜も君は凛々しく、美しいね」

それは、一番最初の演奏者だった。

「どうも」

「準備は、もういいのかい?」

「問題ないわ。それより、あの演奏は一体どういうつもり?」

「どうって…あんなにも盛り上がっていたというのに、君からしたらそんなにも酷かったかい?」

「白々しい…。聞いたわよ、あなた自ら前座に名乗り出たってね」

「今回の演奏会に、私が目立って出る幕はないんだよ。前座で十分なのさ」

「貴方程の実力者が出る幕は無いね…。確かに前座としては、華やかな祭典の始まり。大いに盛り上げるにふさわしいものだったけれど…。後続者は皆、悪夢を見ている気分だったでしょうね」

「さあね~」

「自分の演奏まで捨てて…。前までこんな事していなかったでしょう。なんで?」

「なんで?決まってるじゃないか。四年ぶりだよ?君たち二人が揃って出る演奏会は。なら、大いに盛り上げないとダメじゃないか」


嬉々揚々と両手を大きく広げ語るその姿は、おもちゃを与えられ興奮する、子供のようだった。

「変わったわね」

「変わった?まぁ、そんなくだらない話なんてもういいじゃないか。彼の演奏がいよいよ始まるよ」

「そう…」


一言返事を返してセネリアは、振り返えり部屋を出ていこうとする。


「聴いて、行かないのかい?」

「あいつの演奏なら、何処でも聴こえるでしょう。それに、音楽は一人で静かに聴きたいのよ。私は」

「そっか…。まぁ、楽しみにしているよ。君の演奏も」

「はいはい」


先の散々な言われようは、そのグループだけに留まらず、噂話が広まるのは早いようで、会場に戻ってもしばらく、あちこちで陰口が話されており、それが聞こえ観客席は困惑する。

騒然とした会場の雰囲気は、少々雲行きが怪しい。


「どうしたのでしょうか…」

「さぁ?」

セネリアの前ともあり、心配そうにする皆。


「余程の嫌われ者のようだが…。反対にあんたは嬉しそうだな」

「おや…顔に出ていましたか?」

「そう感じただけだ。間違いなら間違いでいいし。どうせ聴けば分かるとでも言うんだろう」

「ええ」


すると、入場口から人影が現れるなり、静かにも騒がしかった会場に、困惑の空気が漂う。


は…?


入場口からは大きな影が現れて出てきた。

これまでの演奏家は、舞台に上がって魔道具でピアノを出していたのに対して、その演奏家の男は入口からわざわざ黒い風呂敷に包まれたソレを押して来ているのだ。

異様な光景に観客が困惑の声を漏らすのは当たり前だ。

だが、それは観客だけでは無い。クロトたち皆も困惑し、動揺していた。

それもその筈。それを押しているのは、演奏家だけじゃない。隣にもう一人、宿で別れてから姿を見せなかったヴァンが、そこに居たのだから。


何やってんだアイツ…。


異様な空気が続く中、それは無事舞台まで運ばれる。


「じゃあ後は頑張れよ」

「ありがとうヴァン。助かったよ」


淡々と、軽く会話をしてヴァンは舞台を降り、残った男は、漆黒の風呂敷を取って、隠していたそれの姿を露わにする。

それは、脚柱や木目の繋ぎ目がおかしく、鍵盤は並びがバラバラでガタガタと凸凹している。

そして、装飾だろうか。折れたヴァイオリンの弓らしきものや、割れたシンバル、トランペットの破片等があちこちにつけられている。使い古され、今にも壊れるのではないかと思わせる、ピアノらしきものだった。


当然その様子に、困惑と騒がしくなる。

出す者を間違えたのでは無いか。不審者が勝手に出てきたのではないか。本当にあんなもので演奏するのか、と。


久しぶりだなぁ。こんなに大きな舞台は…。

その場の空気を味わうように軽く一呼吸して、一礼する。


すると、帰れよ。お前なんかが出ていい場所じゃないんだよ。弁えろよ。等と、舞台に近い観客が、彼に聞こえるように陰口を叩く。

それは、他国の観客は二階などで遠く、会場の騒然としてる状況を利用しての言葉。


これまでは、拍手で迎えられ演奏者が座るのに合わせて、自然と静かになり、演奏を始めるに相応しい場ができていたのだが。この様子だとしばらく…。いや、恐らく長い事、訪れることは無いだろう。


だが、そんな事を意に介さずに、一切乱れることの無い嬉しそうな顔でぼそぼそと呟きながら席に着き、演奏の準備をする。


「…緊張?問題ないよ。僕は慣れているからね。それより皆はどうだい?そっか。それは良かったよ」


さて、半神とされてる男が評価し、楽しみにする程の演奏者。この圧倒的にアウェイな状況で、どの曲を、どんな風に演奏をするのだろうか…。


「さて、皆。お喋りもこの辺で、もうそろそろ行こうか…」


止むことの無い陰口の風が吹く中、開演の音を奏でる。


…。…。…?


全く、何も聴こえてこない。


楽器が壊れているのか?


いや、演奏者は一切気にする事無く演奏を続けており、やけくそな様子も無い為、多分だが…トラブルという訳でもなさそう。


あまりの小さな音で、騒然としている観客の声に掻き消されている?舞台から遠い席だから?


これまでの演奏では、音量の大小がしっかりと表現され、聴こえていたし、同じ状況だからか、観客も静かになっているから。それも違う。

現に隣に座る皆が、聴こえる?聴こえない。とジェスチャーでやり取りしていた。


すると、微かに音が響いて聴こえ、徐々に大きくなり。演奏されている曲が明らかになる。


その曲は聞き覚えのあるものだった。

昔あいつが、一日中鼻歌交じりに口ずさんでいたから。まぁ、その日にハマって、三日坊主ならぬ一日坊主と、次の日には飽きたように聴かなくなったものだが。

それは、これまで王道を征く、格式のあるクラシック界の名曲たちに対してかけ離れた、一歳から三歳が聴き、五歳児くらいまでの子供が、音楽を始める時の練習曲として扱われる様な、幼稚なリズムによって奏でられる、人々が眠る夜に、こっそりと愉快なダンスパーティーをする彼らを描いた曲。


童謡曲 :『おもちゃのチャチャチャ』


思いもしない…。あまりも予想外な選曲に、唖然としてしまう。


この場で童謡…。いや、聞いた事のあるものと少し違う。この、様々な…。装飾として使われている楽器の特徴を思わせる感じは…おもちゃじゃない。楽器たちのチャチャチャ…。何と言い表せれば分からないが…。そんな感じのアレンジ曲だろうか。


聴き入らせる姿勢を取らせる。不意打ちとも言える選曲に、騒然とした会場を静まらせるという考えなら、作戦成功と言えるだろうが…。この程度なのか?

確かに、ピアノ音で全く音の違う。装飾として使われている楽器の音と、静寂な会場を眠る夜として、楽器達がこっそりと奏でるという物語を表現するのは良い。

だが、これまでの演奏は、聴くだけで、想像を、演奏者の世界が目に見えるという表現がされていた。

それに比べれば、大したことの無い。過大評価をしているとしか思えない。


そう、ロメルを一目見ると、ニコッと微笑むだけ。


一体この演奏の何処に、半神と呼ばれるこの男を期待させるものがあると言うんだ…?それとも…。天才であるほどに、感覚がズレてると言うアレだろうか?なら、国民である彼らがコソコソと場違い等と言うのも理解出来る。


これ以上、真面目に聴き入るのも馬鹿らしいか…?


退屈そうに姿勢が崩れ、肘を立てて頬を着く。


そうして、何ら変化など訪れる事なく。少し短い、一曲目が終わる。


ーーーーーー。


思いがけない音が鳴り響くと同時に、フラッシュしたような光に眩しく、思わず目を閉じる。


目を開くと、腕を上げ、その影から空の太陽を見上げていた。


照りつける太陽が暑い。


すると遠くから、管楽器の音が鳴り響くと、続くように打楽器がリズム良く叩かれる。


何の音だ?と、目の前を見る。そこには大通りを挟むように、人々が横に並んで楽しげに騒いでいる。


そうだ…。今日は音楽達のパレードだったか…。


そう、興味無さそうに後ろにあるベンチに腰をかけて、退屈そうに頬を着いて、その様子を眺める。


………あ?



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