61 音楽の半神
一人目の演奏を終えて小休止と、会場に立ち籠る熱気に、火照った体を少し冷まそうと会場の観客達と共に外に出て、回廊等の広い場所で提供されるドリンクを頂きながら、先程の演奏の感想などの会話を楽しんでいた。
「それにしても凄い演奏だったわね。会場から花や木といった植物が生えて来るだけで無く、あんなにも美しい蝶。妖精まで現れるなんて…」
「あんなにも幻想的なものを、演奏で魅せる事が出来るなんて…。とても凄いです」
「本当にね。それに、途中で転けたりしてた妖精さんに慌てて助けに行く姿も、とても愛らしかったわぁ」
リーディアのその発言に女性陣皆が「ね〜」等と同調する。
「何処かにあんなに妖精さん居ないかしら」
「居たらどうするつもりだよ」
「それは当然仲良くなってぇ。一緒に暮らしたいわねぇ」
その様子を想像したのか、頬に手を添えておっとりとする、リーディアにサディアはやっぱりと呆れる。
「クロはどうでしたか?」
いつもと変わり無い、その様子にシルスが尋ねる。
「貴方も何か感想無いの?」
「そうだな…。お前たちの言う通り良い演奏だった。シンプルに落ち着いたメロディーで心地良く、まさかここで、あの国…川の景色を見る事ができるとは思わなかったな」
「あの国…?」「川…?」
「いや、気にしなくていい」
なんで濁すのよと不満そうにも、何処の事を言っているのだろうと頭を傾げる。
「それと、敢えて言うなら。酷評という訳では無いが…。何か少し…物足りない感じだったな」
「クロもですか?」
それは皆同意見だったように「私も」と声が上がる。
「なんと言うか、目の前に欲しいものがあるのにお預けされているようですよね」
「そうそう。今はただただ、次の演奏でどんなのが見れるのかって、楽しみでしかないわ」
「楽しく感想を語り合ってるところ悪いのだけど。もうそろそろ、今回のコンクールとこの劇場について説明してもいいかしら?」
「ああ、そうだったな。よろしく頼むよ」
「まず、一般的にピアノコンクールは、指定された楽曲から選択し、指定された演奏時間内となるようにして、三名の審査員によって採点される。
各コンクールごとにある程度ガイドラインがあるけれど、一貫してある採点ポイントは四つね。正確に、その曲が弾けているか。音量と音の響き。アナリーゼ…楽曲分析。そして、表現力。
とは言え、如何なる著名な審査員も人間だから、それぞれの感性や個性を持っていて、それを優先してしまうのだけど…。
まぁ、それらを用いて採点され受賞の席を競い合う競技会。
そして、今回のピアノコンクールは知っての通り、帝都の王主催ということもあって、この国で最も大きなこの劇場が使われるという、壮大で特別なものになっているわ。
出場演奏者は、国内の評議員によって十代から三十代までの中から厳選された、七名のピアニスト達。そして、大きなコンクールともあって、数名の評議員と評議員によって選ばれた、三十代以上の名のある演奏家達、計七名が審査員となってるわ。
そして、演奏者達には十五分程度の演奏時間が与えられ、曲は指定されていない。だから自由に曲を選択、構成し、十五分程度の演奏することになってる。
本来であれば、次々に演奏が続けられていくものなのだけれど、今回のような大きなモノは、十五分の演奏後、約二十分程度と少し長めに休憩が設けられているわ。
国外の観客が多いいのと、この大きな劇場故にね」
人の集中力の時間には色んな話がある。
その一つに、大人の集中力は約50分といわれている。だが、50分間ずっと集中できるわけではない。実際、継続して集中できる時間は15分程度。 15分程度集中すると、その後は1度落ち込み、また15分程度集中するという周期をくり返すとなっている。
だから、今回の休憩時間が設けられているのは、実に理にかなっていると言えるだろう。
どうせ聴くのであれば、ゆっくりと落ち着いて聴けるに越したことはない。
これだけ人が多く広いと、トイレ等と移動時間がそれなりに大変で必要だもんな。
それに、色々な国から人が集まっているのだから、外交として軽い挨拶とかもできるだろうし。
「そして、今回のような特別なコンクールにおいては競技会であり、品評会でもあるの」
「品評会?まるで、演奏者が品物みたいな言い方だな」
「ええ、その通り。間違ってないわ」
闇深そうな、その言葉に皆の顔が曇る。
「ああ、ごめんなさいね。少し誤解をしているようだから、ちゃんと説明するわ。
まず始めに審査員達が、演奏者達それぞれの演奏の技術力を評価し、価値を提示するの。その価値というのは二つあって、今回の演奏で与えるべきと判断された給料。つまり報酬ね。もう一つは、これからの活動で、様々な会場等での演奏を依頼される時の目安ね。
そして、それらを基に特別な客が更に価値を提示し、幾つかの条件と契約に、演奏者が納得すれば、正式にその顧客の雇われるという形で、報酬を受け取りながら演奏活動をするというもの。だから、演奏者に対して理不尽な事なんてないわ。あるのは、演奏者にとって自身の今の実力の価値を明確にできる。この実力が全ての世界で続けて行けるかの気づきの時であること」
奴隷売買の様な、理不尽な事でないことに安心するも、そういう世界で生きていくというのは険しいのだと、教えている様だった。
「さて…。開演する前にこの劇場の広さは演奏が聞こえるかも分からない。コンクールに適さないって言ってたわね」
「ああ、そうだな。結果的には、何の問題なく、良い演奏が聴けた訳だが」
「結果的にはね。だけど貴方達が最初に言った通り、あの劇場の広さで、普通に演奏なんてしても会場全体に音は響かないし、届きもしない。一般的なコンクールをする場としては、全く適していないわ」
「一般的…?」
「時代が進むと共にあらゆる技術は研鑽し発展される。元々のピアノのコンクールは先も話した通り、正確に、曲を弾き。音量と音の響き、アナリーゼ…楽曲分析。表現力を見せるもの。これは何を見て、考え作曲し、音として表現しているのかを理解する事が重要なの。そうすることで、その音楽は聴く者に景色を見せ、体験させる。これが、数十年前の音楽。さて、何を持って音楽の時代は変化したでしょう」
数十年前ということは、今の音楽となったのはここ最近の事なのか…。
彼女の問いに、しばらく考えるが、少し諦めたような顔をする。
「その話からするに…。やはり、魔術でしょうか。昔は使われていなかった様に思えます」
「魔術というよりも、魔道具じゃないかしら。さっき演奏に使われていたピアノは外見が少し違っていたし」
「半分正解って、ところね」
「…魔力操作による。大気にある魔素への干渉か?」
「ええ、その通りよ。元々、数千年も前から魔術使うことで、どんな広い場所でも音が届くように、音を大きく響かせるということはできていたの。音楽の元である音は、音源が起こした空気の振動によるもの。それを魔術で大きくすれば、音は大きく響き渡る。だけどそれは、大気に満ちた魔素と交わり、また反発と予想のできない様々な挙動を起こしてしまう。結果は近くの者はただうるさい騒音でしかなく、音を乱してしまう現象を引き起こす為に、遠くで聞けば音色が乱れの間隔が開いて聞き取りにくく、全く別物となってしまう。
当然、そんなバラバラなものでは、音楽の景色を見せることなどできはしない。魔術と音楽の組み合わせは、演奏の一つの理想である、聴く者皆に同じ音を聴かせるものとかけ離れたものでしかない。音楽の美を乱すものに過ぎないと、音楽と魔術を合わせる事は有り得ないものとされていたの。
だけどね、あらゆる芸術家ってのは芸術の探究家であり、そんな程度で諦めるものではなかった。
約六十年程前、演奏家であるルーヴィス・ジョイ・ヴァン・ネルモートゥアは魔術を行使した演奏の研究を始めた。演奏活動を数を極限まで減らし、研究に没頭する日々。数千年も答えが導き出されなかった事だ。当然、周りは頭がおかしくなったと思っていたでしょうね。だけど、彼は一年足らずで答を導き出した。この世の全ての万物、万象には魔素が関わっている。つまり私達、演奏家が楽器を持って奏でる音にも当然、魔素に干渉する事ができる。だから、音に魔術を付与するという事は、そもそもが過剰な事であり、予測不能な反応を示すのも当然。
だから、「我々が奏でる音を魔力操作し、魔素そのものに干渉すればいい」ってね。
そこから彼は、幾数に及ぶ試行錯誤の末に、大気の魔素の特質を見極め、混ざり、反発するのでは無い。調和する音の魔力を確立させ、この国に証明し広めた」
「周囲からバカにされただろう。その偉業を独占できたにも関わらず、わざわざ広めたのか?」
「彼は寛容と言うよりも、純粋だったと叔父様から聞いたわ。「私一人が独占するなんて勿体無い。沢山に広めた方が様々な音楽を聴くことができるじゃないか」ってね」
「なるほどな」
「まぁ、結局その後も、それを発展させ続けたのは当人なのだけれどね。
魔素を透き通る様に調整する事で、ある距離まで、全く同じ音量と音の響きを聴かせる、理想の演奏。その事もあって、想像力をそのまま魔素に干渉させ、曲から思い浮かべられる。その景色を幻想として、万人に同じものを見せる。
それは個人の個性。目や耳の不自由などの差無しに、音楽の世界を伝える事ができるようになったの」
目や耳の不自由関係無しに、伝える事ができる…。脳裏にその景色を浮かばせるという事だろうか?それは確かに凄いな。
「とは言え、当然それらは、一挙手一投足で簡単に出来るようになるものじゃない。この国でもできるのは各世代に百人にも満たない」
「つまり劇場が大きくなればなるほど、演奏者の技量、質が必要となるという事か…。確かに、これ程大きな劇場がコンクールの場として使われるのも納得だな」
「今では、それだけ発展を遂げた故に、二人の音楽の半神が誕生した世代と呼ばれているわ」
まぁ、数千年も成せなかった偉業を経った一年足らずで確立させるとなると、確かに半神とも呼ばれるか…。二人の半神…?
「二人…?もう一人って一体誰なの?」
「えっ…?それは」
そう、セネリアが答えようとすると、有名人が現れたように少し騒がしい声が聞こえてくる。そちらを見ると人混みが出来ていた。
「噂をしたら、来たわね」
来た?一体誰がと見ると、一人の男がこちらへと向かってくる。
「いやはや、今年はいつもより人が多いいですな」
そこには正装を身に纏った、ロメルの姿があった。
「えっ…ロメルさんが半神?」
「ん?何の話をしているんだい?」
「コンクールの説明ついでに叔父様達の話をしていたのよ。叔父様の店に訪れていたから…。てっきり知ってるのかと思ってたのだけれど…」
「知ってた?」
そう、メアがクロトとシルスの方を見る。
「知りませんでした」
「俺も知らないよ。今回が初対面だ」
「ふ~んおかしな話ね…。本来叔父様のお店にたどり着くことなんてありえないのだけれど」
「有り得ない?」
「クリストファー・ロメル・フランディッヘ。元演奏家の一人で、現役時代はルーヴィスと一二を競い合っていた。引退後は当時ピアノ制作をしていたのもあり、ピアノ専門の楽器職人となっている。演奏技術が高いのはあるけれど、半神と言われるとなった由縁は、この人が一から作り出す、そのピアノにあるの」
「ピアノに?」
「演奏者の指先や纏う魔力から読み取り、演奏の技術無しに、感情や景色を奏で魅せる、万人を一流の音色を奏でさせてしまう。この人のピアノは生きているのよ」
ピアノが生きている…。付喪神の類か?だがそれは、長い年月を得て古くなったり、長く生きた依り代に神や霊魂などが宿ったものだ。新しく作り出したものに宿るなんてことはないが。
「まあ、一楽器としての作品とすれば国宝と呼ばれるものだけれど、この国じゃそうもいかないのよね」
「どうして?」
「楽器は音楽を奏でる為の道具。この芸術の国は実力主義の国だから、万人が一流の音を奏でる楽器なんてものが流通するなんて事、許されるわけないわ」
万能薬の例だな。実はどんな病も治してしまう万能薬の研究が進んでいたが、それは噓であると止められてしまう話。多くの命が助かるのだ、いいことでしかないソレを止める理由は二つ。まず一つは、医療機関が不必要となり。多くの失業者が出てしまう。二つ、万能薬とされるソレに治せない病が生まれる可能性。万能薬一つでどうにかなっていた世界ではパニックは防げない。当然、その病に対する研究をするだろうが、ほかの薬が不必要となっているのだ。衰退してしまう可能性すらあり得る。
人は、完全で完璧なモノを望み、憧れる反面。恐れも抱いているのだ。
「確かに、技術が必要なくなるのは何とも言えないわね…」
「だから、叔父様の技術力だけを評し、国宝として販売などは禁止されている。そして、人間国宝でもある叔父様の身を案じてあのお店には、国家レベルで迷いと認識阻害の結界が施されていて、その店には紹介とかでしかたどり着けないようになっているの。だから、あり得ないのよ。叔父様のお店に訪れる事が」
半神とされる人の店の立地とは、思えないとは思ていたが…。そういうことだったか。
「まあ、もう十数年も前にされたものだからね。結界の術が古くなっているのかもしれない。治してもらうようにこちらから言っておくよ」
「まあ、それが無難ね。それにしてもよかったわね。二人とも」
「何が?」
「この国の国民ですら触れたことのない、国宝のピアノに触れることができたのだから」
「そういえば…」
「そんな大それたものを触らせてもらっていたなんて…。よかったのでしょうか…」
「何も問題ありませんよ。せっかく生まれたと言うのに、あのままでは私以外の誰にも触れられないのですから。そんなの寂しいではありませんか。あの子たちも、お二方に触れて頂き、喜んでいましたよ。だから、私からも。ありがとうございました」
「こちらこそ、貴重な体験をさせて頂き。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「そういえば、セネリアさんのピアノはロメルさんのお店にありましたが、それは…」
「残念ながら私のピアノではございません」
「私が一から作ったものよ。まあ、組み立て方は叔父様に教えて貰ったけれどね。お店で頼んでいたのは、私の手には負えない様な、緩みとかを直してもらっただけ」
「へ〜自作までするなんて凄いわね」
「まぁね。自分が使う楽器だもの。そういう知識も必要かなって思ってやっただけよ」
話していると、そろそろ次の演奏が始まると、観客たちの足が会場の中へと向かって行く。
「叔父様が来たことだし、後の案内を任せてもいいかしら?私もそろそろ準備をしないと」
「お任せ下さい」
「では、皆さんまた後で」
「楽しみにしているわ」
「頑張ってください」
「ええ」
軽い挨拶と手を挙げて歩き行く彼女を見送り、人波の流れに混ざり、先のボックス席へと戻る。




