55 芸術の国
真夜中の月明かりが照らし、雪が降り注ぐ深い森の中。
ボロボロのベニヤ板で造られた門の前に掛けられた蝋燭の明かりを頼りに、一人の男が板ソリに乗った大きな荷物が雪によって濡れないようにブルーシートをロープで結び付け、荷造りの準備をしていた。
「こんな時間に行くの?サン」
中から、薄い寝間着姿の同い年くらいの少女、ルミが声を掛ける。
「うん。今から出ないと間に合いそうにないからね」
「そう…。でも、大丈夫なの?」
「ああ、いつものことだし大丈夫だよ。それよりも皆は?」
「皆ぐっすりよ。お昼にあなたが遊んでくれたお陰でね」
「それは、よかったよっと」
荷造りを終えると、サンは上着を脱ぎながらルミの元へ歩み寄り、羽織らせる。
「ほら、そんな薄着じゃ冷えるだろ」
「いや、私はだいじょ…」
「いいから、いいから。このくらいの寒さはとっくに慣れているし。ルミから貰ったこのマフラーと手袋さえあれば十分だよ」
「じゃあ、代わりにコレ」とサンの手を取ってソレを渡す。
「これって…」
渡されたそれは、五年ほど前に彼女にあげた欠けた宝石のブレスレットの二つの片方だった。あの時はボロボロだったのに、渡した時よりも手入れがされており綺麗になっていた。
「サンの安全を願うお守り。そして、持っていてくれたら離れていても傍で応援できるから…。だから持って行って」
そう、もう片方のブレスレットを見せる。
「ああ、ありがとう。大事に預かっておくよ」
「うん。それと…」
「何?」
「う、ううん。何でもない」
「そう?」
もじもじとするルミの様子に、何だ?とサンが不思議そうに見ていると、ルミの背後からガサゴソと物音が聞えた。
眠ったはずの十二人の幼い子供たちが、それぞれにおもちゃやぬいぐるみの人形を抱きしめて二人の傍に歩み寄る。
「皆眠ったはずじゃ…」
そう見渡していると、一人の男の子がみんなの陰に隠れていた。
「まさか…。アーネ」
そう呼ばれてビクッとさせて、深く皆の影に隠れる。
「ルミお姉ちゃん。アーネを怒らないで」
「私達がアーネに起こしてもらうようにお願いしたの」
「いつもサンニィ、俺たちが寝てる時に出かけるんだもん」
「俺たちだってお見送りしたい」
「だから、アーネは悪くねぇもん」
「ルミネェだけズルい」と子供たちがワーワー、ブースカブースカとお見送りさせろ不満を述べると、徐々に「新しいおもちゃが欲しい」や「可愛い服が」「ぬいぐるみが」「美味しいお菓子が」とデモ活動の様に、それぞれの主張を声に上げ始める。
こうやってうるさくなるし、困らせちゃうから嫌だったのよ。と頭を抱えるルミを見てサンは微笑み、子供たちの傍に歩み寄って皆を宥めるように頭を撫でていく。
「分かった分かった。俺たちが悪かったよ次からはちゃんとみんなに見送ってもらうから」
「お菓子は?」「おもちゃは?」「服は?」「お人形さん…」
「あんた達…」
「はははは。ああ、買ってくるよ」
「「「「「「「「「「「「やったぁぁぁ」」」」」」」」」」」」
「その代わり僕がいない間、ルミの言う事はちゃんと守っていい子にしているんだぞ」
「「「「「「「「「「「「うん」」」」」」」」」」」」
「さて、最後にっと」と、まだ頭を撫でていないルミの頭を撫でる。
「私はもう子供じゃない」と撫でるその手を優しく掴んで辞めさせる。
「ははは。ごめんごめん」
「もう…」
「じゃあ、行ってくる」
「うん、くれぐれも気をつけてね」
「ああ」
そう、男は心配そうに見送る彼女の見送りに軽く答えて、ロープを腰に当てて引っ張り、深い森の中へと入って行った。
その姿を見送って、ルミはサンに撫でてもらったのを思い出しながらその場所を手で抑える。
すると、ゴソゴソと子供たちが話しているのが聞こえてハッと振り向くと、「せっかく撫でてもらえてたのに」「素直になればいいのに」「もったいない」「今回も今回で、結局伝えれれてないし」「奥手すぎ」「サンニィもサンニィで鈍感だし」「これ何回目?」「ほんと上手くいかないなぁ」「さすが、ルミネェ」と、わざと聞こえるように話しながらニヤニヤとこちらを見ていた。
その様子に握る手をフルフルと震わせて「もおぉぉぉぉ!いいから寝なさぁぁい!!」と爆発する。
子供達は笑いながら逃げるように「「はーい」」と返事をして寝床へと走って行く。
「まったく…」
そう彼女は再びサンが歩いて行った方向を向いて、サンの安全を今一度願うように天に祈り、子供達の後を追うように寝床へと歩いていく。
森の中はとても暗く、静かで、不気味な雰囲気が漂う。
そんな中をたった一つの荷物に掛かった釣り竿のような明かりを頼りに突き進んでいると、少し離れた所の草が、ガサガサと震え小さな物音を立てる。
その僅かな音を聞いて男は立ち止まり視線を向けると、その草の隙間からギラリと二つの光の点がこちらを見つめており、視線が合い、それは勢い良く男へ襲い掛かる様に駆け迫る。
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荷馬車を引くレプニアの口から、白い吐息が吐き出される。
冷え切った、空気によって、揺ら揺らと白い綿雪が、一つ、また一つと進むに連れて増え降り、荷馬車の開いたその隙間を通りに、眠っていたクロトの頬に落ちる。
それは体温に溶け、肌に染みる様に消え、その冷たい感覚に目を覚ました。
体には掛布団の様にエーリィから譲って貰った毛皮のコートを、掛けられていた。
視線を見渡すと、ほかの皆もそれと同じものを羽織っており、会話をする者、道中に出来る魔力操作の訓練や武器の手入れをする者と様々だ。
隙間から空を見上げる。
日はまだ浅い…。大体、九時ごろか。
「おはようございます。クロ」
丁度銃の手入れを終えたシルスが、様子見と視線を向けて目覚めに気が付き挨拶をすると、皆の視線が集まる。
「あ、やっと起きた」
「だ、大丈夫ですか?クロ」
サナが心配そうに声を掛けると、リーディアが手を伸ばしてクロトの額に手を当てる。
「熱とかは心配なさそうですね」
そのまま、首に手を当てたり目を開かせ、見つめたりしたりと。積極的なリーディアの行動と、無抵抗にされるがままのクロトの様子に、落ち着かないように見る二人。
「随分とお寝坊主ね。私達のリーダーは」
嫌味垂らしく呟くサディアに、クロトがめんどくさそうにリーディアの手を優しく払う。
「悪かったな。少し長く寝てたみたいだな」
「少しばかりじゃないわよ。もう、二日も眠ってたから心配したわよ」
「二日…。そうか」
「そうかって…。体は大丈夫なの?」
「ん?ああ、問題ない。大丈夫だ」
「それならいいけど」
その、さも当然のようにする受け答えに、まるで心配していた自分達がおかしいのかと思ってしまう。
「眠っている間何かあったか?」
「いえ、特には何も」
「そうか。それで、今どのくらいなんだ」
「もう、見えて来てますよ」
そう、シルスが視線を向ける方を見ると、真横に伸びる海。真っ白に積もり広がる雪原の先に建つ城壁。
「あれが、フエルミューズか」
城門より長く伸びる入国審査を待つ長蛇の列があり、一時間以上待たされ、魔獣であるレプニアと人外であるノアの事で尋問やらで審査が長くなると思われたのだが、バイロンから貰った招待状の手紙を提示しただけであっけなく審査を通過し、入国することができた。
あまりにも緩いその審査に、逆に心配になりつつも、門を抜けた後に広がる景色に、皆の意識が奪われる。
入口から見えるその街並みは色合いが統一されており、イタリアのフィレンツェを思わせるもので、どこからともなく落ち着くクラシックの音が響き聞こえ、お洒落な服装の人々が町中の大通りを行き交う。
その町の様子に、田舎から都会へと来たかのように見とれ、惚ける少女たちを他所に、取り敢えず自由に身動きできるように、入国時に渡された地図と案内経路を辿って、レプニアと荷馬車を置いておける宿泊施設へと向かう。
その宿泊施設は結構離れたところにあり、道を進むにつれて街の雰囲気が変化していく。
およそ三、四十分ほど移動した頃には、最初に見た華やかで落ち着いた街の雰囲気はそこには無く、少し薄暗く落書きなどがされたスチームパンク感ある街並みで、あちこちからヘビメタのような、様々のロック系の音楽がバラバラに鳴り響いて聞こえる。
この様子と地図を見るからに、区画ごとにジャンルに適した建築や音楽等の雰囲気を揃えているのだろうか。
多少なり治安は悪そうだが、荷馬車から見える人々皆が、己が趣味に没頭しており、こちらに気がついていないところを見るに、そこまで心配する必要は無さそうに思える。
そうして、着いた目的の宿泊施設というのが、区画の雰囲気にしては落ち着いた、そこそこ大きな噴水のある広場に建てられた、ルベントでのギルドの集会所とあまり大差ないもので、落ち着けそうな場所であり、早々にチェックインを済ませ、一室に集まって今後の予定を話す。
「まず、ここに来た理由は三つ。一つ、ここより北の大陸に行くには途中で見た通り、あの海を渡らないと行けないから、ここの港の船を利用しないとならない」
その事に、「また船…」とメアが明らかに嫌そうに呟くのを、サディアが「何だ、船苦手なのか?」と小声でおちょくり、小突き合う二人をよそに、懐から何か取り出しながら話を続ける。
「二つ、ユーラクストに来てくれた騎士から預かったバイロンからの手紙だ。内容を手短に言うと。フエルミューズで、帝都の五老が主催のピアノコンクールが今日の十五時ごろから開催される」
「コンクール?」
「技術力…出来栄えを競うものですよ」
「ふ~ん。で、それがどうかしたっていうの?」
「そのコンクールが決まったのが俺たちがルベントに訪れた日だ。大体コンクールっていうのは一ヶ月間の準備期間を要するんだが、今回のそれは約一週間。あまりにも唐突なものであり、帝都の人間主催はこれが初めての事だ。だから、何かしらの目論見があると読んで、調べてくれってことだろう」
「でもそれって、帝都の人間が居るってことじゃないのか」
「まあ、当然いるだろうな」
「それってまずいんじゃないの?もし、鉢合わせでもしたら」
「それは、心配ない。一応この国は、世界で最も治安の良い国って言われていて、この国内では芸術を競う以外の争いは御法度だ。バイロン曰く、帝都の王でも、如何なる事情があれ、この国の秩序が絶対であり、意義を通せない。逆らえない…らしい」
「らしいって」
「まあ、俺たちを簡単に審査を通して入国させる国だ。何かしら、絶対に問題ないという根拠と自信がある故だ。それらを信じるしかないだろうな」
「まあ、何となく話は分かったが。それで三つめは何だ?」
「ああ、三つ目だが…」
二つ目でここまで大層な話をしたんだ。三つ目はそれよりも大きな話なのだろうと、皆が気を引き締める。
「休養だ」
「「…は?」」
思いがけなかったその言葉にメアとサディアが口を揃えて零す。
「せっかくの観光都市なのにたった数時間で出るのも、もったいないだろうし。それに、ユーラクストの騒動に長い移動で、皆十分に体を休めていないだろうからな。だから、そうだな…。今日を合わせて三日ほど滞在して、英気を養うのもいいんじゃないか」
「それは、私達としてもうれしいばかりだけれど。いいの?そんなにのんびりしていて」
「少しくらい問題ないだろ。休むことも大切な仕事だからな。取り敢えず、今日はコンクールの音楽鑑賞でそれぞれの見解も聞きたいから、十四時半ごろに入口から見えた中央にある、劇場前の広場に集合だ。それまでは自由にしてくれ」
話が終わり。それぞれにどこに行こうかと内々で話を始めていると、ヴァンが前に来る。
「自由行動なら少し国の外に出るつもりだが…構わないよな」
「ここで騒動を起こさないなら、お前の勝手だ。好きにしろ」
そう言いながら、懐からカードの様なモノを取って、投げ渡す。
「入場券だ。最悪遅れてもいいように渡しておく」
「ああ。出来るだけ遅れないようにする」
そう言って、ヴァンは一人外に出て行った。
わざわざ俺に外に出るということを言うのは、一人で行動するが、決して疚しいことは無いという意思表明と、いったところだろうか。騎士らしく真面目だな。
そう、考えながらベットに横になる。
皆も話し合いが終わったようで、次はシルスとメアの二人がベットを挟むようにして立ち、視界の両端に映り込む。
「クロはこれからどうするつもりなの」
「特にここではやることないしな。時間までここでのんびりするかな」
「なら、暇なんですね」
「まあ…な」
「じゃあ、私達に付き合いなさいよ」
「観光だから、別に俺が一緒じゃなくてもいいだろ。それに、あまり服とかそういうの詳しくないから、一緒に居ても楽しくないと思うが」
「いいから付き合いなさいよ。ほら、前に出来る範囲の事なら何でも聞くって言ったでしょ」
ユーラクストの前に訪れた村で、ノアが暴れた時のことか。確かに言ったが…。
「いいのか?その権利を今そんなことに使って」
「うっ」
確かに、こんな大したことないお願いに使うのは勿体なすぎる。どうしようと、シルスを見る。
「では、今後こう言った休養時、私達に付き合って下さいというのはどうでしょうか」
「そう、それよ。勿論いいわよね」
今後という言葉を加えて、一度限りでない、永続的なものにする。流石、シルス機転が利くわね。
けれど、これは少しズルをしているようなもの。当然クロトも拒否権がある。
考えるクロトの返事をジッと待つ。
「まあ。いいよそれで」
その返事に、とてもうれしそうな反応を示す二人。
下手に、面倒なお願いをされるくらいなら、ただ歩き回るだけの願いで済ますのが最適解だろう。それにしても、たかが一緒に歩き回るだけだろう事なのに何がそこまで嬉しいことなのだろうか。なんか昔、あいつが暇潰しと俺の邪魔をするように見せてきた、散歩に喜ぶ犬の動画を思い出すな。
「それじゃあ、さっそく準備をしないと」
そう、メア達が外出の準備をしていると、クロトが徐ろに匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。
「お前たち、まさかそのまま街を歩き回るつもりじゃないよな」
クロトの発言に、その言葉の意味を理解できていないように皆が顔を見合わせる。
「取り敢えず、ここの宿にも浴場はあるみたいだし、シャワーを浴びるなりした方がいいんじゃないか。長時間の移動で慣れているかもしれないが、たぶん少し獣臭いと思うぞ」
その言葉に、メアとシルスは自身の体臭を確認すると顔を赤くし、急ぎ足に着替えなどを持って部屋を飛び出す。
「なんだ?」
「デリカシー…」「乙女心というものが…」「はぁ…マジか」と三人は何処か呆れたように白い目でこちらをしばらく見た後、イブとノアを連れて、後に続くように出て行った。
親切心で教えたつもりだったんだが…余計だったか?
まだ、皆の言葉と態度の意味を理解できないようで、考えながら服を脱ぎ、部屋に備え付けられているシャワー室へと入る。




