53 復興と先へ
隙抜ける冷たい風に、クロトは目を覚ます。
早朝の陽の光が、壊れた壁の隙間を通りって、眩しく瞼に差し照らす。
「…朝か」
壁に体を預け、座って眠っていたのと、薄着にコート一枚と毛布といったモノを羽織ってなかったからか、少し体を冷やしたようで、体が少し重い。いや、それだけじゃないか…。
起き上がって体を少し伸ばそうとも思ったが、下に視線を向ける。
そこには、膝足を枕に服の裾を握り締め、体を猫や赤子のように丸めるノアが、心地よさそうに眠っていた。
その頭を撫でると、眠りながらも嬉しそうに頬が緩く笑みを浮かべる。
もう少し、ゆっくりとするか。そう、仮眠するように瞼を閉じる。
暫くして、人々が目覚めたのか外から、話し声や何か作業をする物音が聞こえ始め、槌を叩く音が鳴り響き騒がしくなる。
その音に、ノアが目を覚まして起き上がり、目を擦りながらこちらを見る。
「んあ…おはよう…クロ」
「ああ、おはようノア。口元、ヨダレが垂れてるぞ」
「ん〜うん」
まだ、寝惚けているようで、何も無い反対側を拭うその様子を見て、仕方ないとその屋内にあるタオルを拝借して、直接その唾液に触れないように細心の注意を払って拭ってやる。
案の定、寝惚けて力のコントロールが出来ておらず、唾液を拭ったそのタオルとノアの口元が少し溶けていた。
共にするとなると…やっぱり力の制御を徹底させないとダメだな…。
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ノアに適当にローブを見繕い、素肌を隠すようにして羽織らせて、人目を避けるように道の端を歩き行きながら、街の様子を伺い見る。
街の中ではおよそ十二から六十か七十程の男達が何人かに別れてグループを作っていた。
建物の調子を見て判別する者。それを聞いて修繕工事を行うグルーブ。解体・取り壊しをするグループと、朝早くから復興作業に当たっており、それと同時に怪我を負って大きな作業を行えない者、若い子供や女性たちは重症人の看病と、支給された食料を使って朝食の支度、調査を終えた家から衣服など使える物を集めたりとしていた。
騒動を終えて数時間しか経っていない。
それ故に、長い支配から解放されようとも、完全に解放されたという訳ではない。
悲しみや混乱と、整理がついておらず、まだ心の中を不安の影が蠢いている。だからこそ、手に何かしていないと落ち着かない。顔を見るに、そういった所だろうか。
それでも立ち止まることなく。今、やるべき事を皆が理解し、協力し合う事が出来ている。
ただ、それが出来るだけ、十分強い者達だ。
今回の件の発端は、数百年も前。この国ができる事となった戦い、戦闘民族の先祖からの深い怨念によって負ってしまった呪いを解くための、解呪と復讐。惚れた一人の娘を得る為。それらを利用した実験。重なり異なる思惑の果てに起こった散々な災害。
復讐に意味など無い。争いは何も生まない。
俺の知る世界で、戦争の果てに何者かが呟き広まった言葉だ。
復讐は感情的なものであり、復讐をしてもその感情が収まることはない。何も解決しないし、何も生まない。失ったものがかえってくるわけでもない。
殴られたから殴り返した。殺されたから殺した。
そんな事をしてもエスカレートし、ただ互いに消耗していくだけ。復讐は過去を見て、囚われているだけ。前へ進まなければ、今後生み出されるものも失うことになる。時間は無尽蔵ではなく、常に有限だ。
過去は変わりなどしない。復讐へ時間を費やせば費やすほどに、人生が失われていく。
だから、復讐に意味は無いと。
だが、それはあくまでも人が作った、己らを正当化し守るための人道的に則った、詭弁に過ぎない。
そもそも本来、復讐も、争いには正義も悪も無い。どちらにもやるべき事、果たす意思が確かにある。
肉親、恋人と、大切な人を殺されたというのに、周りの言葉や常識というルールに押さえつけられ、無理矢理忘れようとしながら生活する中、のうのうと加害者が生活し生きているというのは、傍から見てもおかしなことだ。
戦争は無いに越したことはないが、俺の知る世界大戦はやる意味は確かにあったと思う。
戦争とは、自国を豊かにする為。敵対国の脅威を滅ぼすためのもの。
言葉が通じないのだ。野生の猿や熊といったものが兵器を持って襲い掛かってくるようなもの。そんなもの、ほとんどの者にとって恐怖でしかない。言葉が通じようとも、言葉巧みに偽っている可能性もある。
戦争を望まなくとも、集団心理によって戦いに赴かなければ非国民として自国の者に殺される。そもそも戦争に負ければ他国の者に蹂躙される。
だからこそ、ほとんどの者が大切なものを守るために戦場へと足を運んだ。
そして戦いの果てに、それ以上の争いは不毛である。犠牲が増えるだけであると終戦へと向かった。
″戦争に意味などなかった″と言われるが、戦争があったからこそ、その考えができ、その後大きな争いが起きなかったのであれば、″その争いは、確かな意味のある争いであった″と言える。
意味などないは、国を、大切なもの達を守るために散っていった兵士たちへの侮辱でしかない。
だが、それでも結局それらがそう正しくあると一概に判断することなどできはしない。
個人個人の考えで、どれも正解であり、どれも不正解であるのだから。
理不尽に奪われ、犠牲となったその者達の命を、なんの意味などない、無としないよう。これ以上の犠牲を出さないように。己達を守り生かす。それが生き残った者達の責務。
言うは易く、行うは難し。
言葉で言うだけなら誰でも出来る。
特に、平和で安全な場所に居る、第三者。
その様子を見てかわいそうと思いはすれど、その被害を受けた者達の為となる行動は一切行わない。あくまでも他人事。行動とは常に、己の利益が優先される。
痛くもない不利益であろうと、行動に移す事は無い。
まあ、既に名を持ち、名声を欲する者なら行動に移すだろう…。あくまでも注目が集まる前提で。
だがこれは聞いた話。実際にそうなのかは知らない。そもそも、興味がない。
だけど、その話の中で、少しだけ興味が沸いたのもあったな。
そう考え事をしながら歩いていると、先の方に見えたのは、同じように復興作業の手伝いをする彼女らの姿。
特に指示を与えた訳でも無い。親身な関係という訳ではない。関係を持ったのも数日程度の仲。
だというのに、汚れることを一切気にせず、明るげに会話をしながら協力をしていた。
偽りの欠片もない言葉と表情。
自分の不利益を顧みず、ただ何か…誰か人の為と行動に移す者。
人々はその人物達を、お人好しと呼ぶ。
特にそれに対して、嫌悪感といったモノを感じるわけではない。
ただ俺には、永遠に理解出来であろう人種…行動理念であるというだけの話。
自分がいくら考えようと、理解できないからこそ興味が湧く。これも、一つの道理だ。
このまま彼女らの様子を見ているのもいいが…そういう訳にもいかない。
そう、胸元に入れていたバイロンからの手紙を取出して、焚かれた焚き火の中に放り込み、燃え尽きるの眺め見る。
傍で昨夜集まって話した代表達とシルスが何か話しており、こちらに気が付いて何か一言伝えてこちらに駆け寄る。
「おはようございます。クロ」
「ああ。おはようシル」
「ノアもおはようございます」
「うん。おはよう」
ただの朝の挨拶なのだが、よほどうれしかったようにノアが満面の笑みを浮かべる。
シルの手元には帳簿らしき物を持っていた。
「物資の相談か?」
「はい。予想よりも被害が大きかった為に、様々な物資が不十分な状態です」
「だろうな」
そのたった一言を聞いて、そのまま代表達の下へと歩み寄る。
「塀の外…魔獣どもの動向は?」
「…不気味なほどに大人しい。というより、こちらに近づく気配すらない」
「そうか…」
野生とは感覚が優れている。だから、疲弊し弱ったこの場は格好の狩場となる筈。ここまで歩き見ていたが、空気は淀んでおり、まだ息苦しい血と腐食の臭いが微かに漂っているにも関わらず、死体を貪る蠅や烏といった野生生物の姿も一切無かった。恐らく、まだこの場に漂い残ったメイザスの気配の残滓を警戒、恐れて来ないのだろう。
だが、それがどれだけ続くかも分かりはしない。
「物資の供給はどうする予定なんだ?」
「一応我々は第一陣である為、明日には同じ量の物資が運ばれ来る手筈となっている」
「シル。俺たちの備蓄は今どんな感じだ?」
「そうですね…。消費を抑えれば一日半は持つかと」
それを聞いて暫し考える。
「今回、俺達は物資の補給は行わない」
「構わないのですか?バイロン様から、皆様用にと、用意されているのですが」
「要らない。道中で何とか調達してやり繰りする。だから、取り敢えずこの場を優先して何とかしてやれ」
「はい。それはもちろん」
「その…何から何まで、お気遣いいただき、ありがとうございます」
「感謝はいい。物資の供給云々はお前たちの判断の事。俺らには対して関係無いが、それよりも早いうちに一度、これから先のことをバイロンと話しをした方がいいんじゃないか?」
「ええ。勿論そのつもりです」
言葉の意味をしっかりと察しているのが分かる。
今のこの様な事を続けるとなれば、多大な食料と資金が消費される。だからこそ、話し合いを行い、少しでも消費を抑えなければならない。バイロンにも、守るべき国民がいる。国家間の同盟とは、対等でなければ成り立たないのだから。
「なら、俺らからの話しは終わりだ。後の事は、これからの当事者同士で話し合え」
そう言って他所へと歩き行こうとする後をシルが会釈してついて行く。
「あの!今回の事…誠にありがとうございました」
そう、振り向くことの無い三人に対して深く頭を下げる。
その様子をチラリと見てシルスが口を開く。
「あの…良かったのでしょうか」
「復興作業は、一日二日で何とかなるようなものじゃない。これだけの災害の惨状。復興には最低でも二ヶ月以上の時間を必要とするだろうな。その間、俺達が残って手伝ってやるのか?」
「…彼らの余裕ができるまで、残るのもありなんじゃないでしょうか」
「その余裕って言うのは何処からだ?衣食住が安定したとしよう。その後、魔獣の問題が出るかもしれない。そうしたらそれが安定するまで期間を伸ばすのか?」
「それは…」
「手伝いたい、守ってやりたいという気持ちがお前らにあるのは見ていたら分かる。だが、お前達が居なくなった後こいつらはしっかりと自衛できるのか?俺達部外者が居るという状況に慣れない内に離れるのが一番だ。それに厄介事を抱えている俺達が残るのもまた一つ迷惑かける可能性があるからな」
「確かに…その通りでした」
「理解出来たならいい」
そう言って、天気の様子を伺うように空を見上げる。
「昼過ぎ…十五時頃ににここを出ると皆に伝えといてくれ。それまでは皆自由にしといていいともな」
「分かりました。クロはどうするんですか?」
「ノアを人目のある場所にいさせ続ける訳にも行かないからな…。人目のつかないところで、もう一休みする」
「そうですか…。では、行ってきますね」
「ああ。頼んだ」
何か少し残念そうにしながらも、切り替えて。案の定、皆のいる場所を把握しているようで迷うこと無く走ってゆく彼女の後ろ姿を確認し、遠く離れた城壁の方を眺め見る。
「何かあるの?」
そう訪ねながら同じ方向を見るのだが、なんて事ないただの城壁。その視界内に映る、屋根上や空も特にこれといって気になるモノは見えない。
「さぁな」
そう、はぐらかして歩き進む後を、ノアは何だったのだろうと頭を傾げながら、付いて行く。
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国の住人達が昼食と休憩を終えて、次々と作業へと戻る中、城門前で旅路の支度を済ませていた。
森の方から、トランクを膝上にリーディアの座る車椅子をサディアが押しながら歩き来る。
「別れの挨拶は、もう済んだのか?」
「ええ。心配なくちゃんと済ませたわよ」
「そうか。なら俺からは特に何も言うことは無い」
そうクロトは言い捨てて気だるげに、荷馬車へと乗り込む。
「何なのよ一体…」
「気にしなくていいわよ。クロはいつもあんな感じだから」
「そう…。まぁいいわ。取り敢えず、自己紹介からよね」
そう、軽く身だしなみを整えて二人は横に並ぶ。
「これから貴方達の旅に同行させてもらうことになったわ。サディア・ネルモネアよ」
「リーディア・ネルモネアです。皆さん、これからよろしくお願いします」
こうしてみるとやっぱりお嬢様なんだなぁと、その挨拶仕草から感じさせられる。
「とりあえずの挨拶はこのくらいで行きましょうか。話なら移動中にいくらでもできますからね」
「そうね。どこかの誰かさんに遅いぞとか言われる前にね」
「よくわかってるじゃない。貴方とは色々と合いそうね」
「奇遇ね。私もそうじゃないかと思ってたわ」
そう、サディアとメアは既に気が合うようで、仲良さそうにに支度の作業に移る。
「あの…」
それを見てサナが、勇気を振り絞ってリーディアの前に行き、声を掛けた。
「何でしょうか」
「その…その服とても可愛くて…似合ってます…」
普通に会話しようとしたのだろうが、人見知りのサナには、彼女が本物のお嬢様というのもあって難しかったようで、最後の方で自信がなくなって、声が掻き消える様に小さくなっていた。
「ふふ、ありがとう可愛いらしいお嬢さん。貴方の服もとっても似合ってるわ。でも、こういう服も似合いそうね」
そう言いながら、トランクから服を取りだして見せる。その取りだした服がとても気に入るものだったようで、サナは目をキラキラと開かせ、開いた口が塞がらない様子だった。
「他のも見てみる?」
トランクの中に仕舞われた、その宝箱のような様々な衣服にサナは、嬉しく「うん」と頷いて彼女と服の話を始めた。
あんなに元気なサナを見るのは初めてだなと思いながらも、上手く行きそうでよかったと、最終確認を済んで、皆が乗り込み動き出そうとしたとき。
「ちょっと、待ってください」
遠くから呼び止めるその声が聞こえ、その声の方を見ると、ユーラクストの大通りから、大荷物を抱えて走り来る人影が見えた。
シルスとメアが助けた、この国の服屋を営んでるエーリィとその娘、ヘネシー。そして、皆に薬を盛ろうとしたトルンの三人だ。
「もう、出るんですよね」
「はい。私達が長居してしまうことで迷惑をかけるかもしれないので」
「そう、ですか…。なら、間に合って良かった。これを持っていってください」
そう言って人数分の毛皮のコートを差し出す。
「兵士の方にこっそりと次の行き先を聞いて用意させて頂きました。北の方は他の国と違い、とても寒い地域なのできっと必要になると思いますので」
「ありがとうございます。おいくらですか?」
そう訪ねると、エーリィは首を横に振る。
「お代は結構です。私達は一生を助けられた身。あなた達にその恩に見合ったモノを返せる自信は無いのです。ですから」
「そうですか…。では、復興が終わって落ち着いてきたら貴方のお店に伺わせて頂きますね」
「…はい。その時は精一杯サービスさせていただきます」
「それは、楽しみにしておきます」
シルスのそれは、いつか分からない、ずっと先になるであろう口約束。
だけど、それが目標となる事で生きる目的、やる気、活力となって人の心を強くさせる。
「あ、あの…」
気まずそうにしていたトルンが勇気を振り絞り口を開いた。
「何でしょう」
その声に、ビクッとしておどおどとするも、エーリィが優しく肘を当てられて落ち着きを取り戻す。
「こ、これを」
そう、懐から細長いガラスに入った青色のポーションらしきものを三本差し出した。
「わ、私が独自に作った。解毒に強壮、回復の効果を持つポーション…です。受け取ってください」
「そうですか…。そういって毒とかは言ってません?」
「は、入っていません!絶対に!」
必死に否定するトルンのその様子にシルスは微笑む。
「冗談ですよ。有難く頂きます」
三人から受け取ったものを収納魔法にしまいお辞儀をして、荷車の中に乗り込む。
「皆様お気を付けて」
「ばいばーい」
手を振ってお見送りする三人を後に、次の目的地へ向い進む。




