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柳生三厳 怪異改め方がための最終検分に挑む 1

 寛永三年(1626年)初夏のある日のことだった。

 時刻は子から丑に変わるころ(午前1時頃)。夜のとばりは天一面に広がり草木すら寝息を立て始める時分であったが、ここ江戸城大広間周辺には異様な雰囲気が漂っていた。

 白洲では煌々とかがり火が焚かれ大広間室内には幾人もの人影が見えた。当然江戸城での勤務時間はとうに終わっておりほとんどの旗本は下城している時刻である。しかし彼らはそこにおり、まるで祝賀の能を鑑賞する時のように一様に白洲の庭の方を向いて座っていた。ただしその表情は皆硬い。

 その中の一人、老中・酒井忠勝(さかいただかつ)は落ち着かぬ思いを抑えるかのように静かに生唾を飲んだ。

(まったく、なんと異様な雰囲気だ)

 酒井讃岐守忠勝。今年で数えで四十になる老中だ。当然ここ大広間に来ることなど一度や二度ではない。そんな忠勝ですら今宵のような雰囲気に覚えはない。その原因ならわかっている。忠勝は白州にて対峙する二人の男に目をやった。


 白洲には二人の男がいた。上手側にいるのは陰陽師の正装を纏った男で、この男は白洲に座しその前に巻物を広げ何やら面妖な呪詛をつぶやいていた。

 それを下手側で待っていたのは体格のいい若侍風の青年だった。たたみ床几に腰かけ目を閉じ静かに待つ青年は小袖に袴、腰には大小とまるで市井からそのまま歩いてやってきたのかと思うほどの軽装で、布衣大紋どころか半裃ですらない。

 本来ならば江戸城内でこれほど礼節のない格好など許されない。しかし今宵はこれが見逃された。なぜなら今宵のこの舞台はこの青年に『怪異改め方(かいいあらためかた)』が務まるかを検分するための場だったからだ。


 怪異改め方。

 おそらくほとんどの者が聞いたことのないこの役職は幕府における非公式の役職の一つである。老中直下のお役目でその目的は幕府に仇名す怪異、もののけ、あやかしを監視・制圧をすることにある。

 怪異あやかしなどと言うと鼻で笑う者もいるが埒外の力と言うものは確かに存在し、そして埒外故に並の丈夫では太刀打ちすらできない。もしそんな力を持った輩が幕府を脅かそうとすればどうなるか。それを防ぐための専門の組織が怪異改め方だった。

 さてこのように怪異改め方の重要性を説いてはみたものの、実はこの役は長い間空席となっていた。理由はこれに見合うだけの人材が見つからなかったためだ。改め方に所属するにはいくつかの条件がある。まずは当然あやかしが見えなければならない。この時点でほとんどの者がふるい落とされるのだが、ここにさらに腕っぷしの強さが求められる。改め方はただ見るだけではなく場合によっては武力で制圧することも求められるからだ。

 そして最後の条件に「それなりの身分」と言うものが求められていた。なにせ改め方は老中直属の組織であり、そして専門職であるために場合によっては一方的に意見する権限も持つ。仮にそこに何も見えなくとも改め方が「いる」と言えばそこにあやかしは「いる」ことになるのだ。それだけの権力をいたずらに人に与えるわけにはいかない。こうして必要論こそは出るもののそのたびに適任者なしという判断を下して今日まで続いてきた。


 しかしながら近年将軍家が代変わりし三代将軍家光の治世が始まった。正確には先代秀忠は大御所として健在だったがそれでも代替わりは代替わり。そんな大きな節目には必ず悪しき企みを持つ者が跋扈するものである。その対策のためにもいい加減に専門家を置くべきだという意見が出たため本腰を入れて調査したところ、とうとう条件に見合うだけの人材を見つけたのであった。

 それが今白州にて静かにその時を待つ青年、将軍家剣術指南役・柳生宗矩(やぎゅうむねのり)が長男・柳生三厳(やぎゅうみつよし)であった。

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