プロローグ
初投稿です。
スマホでも見やすいように色々と試行錯誤した結果、行頭の段落下げをせず代わりに1文毎に改行することにしました。空行も多いです。
文書作成の基本ルールから外れていますが、これについての意見も募集します。
◆◆◆追記◆◆◆
コミックからいらしゃった方へ。
コミックは書籍版に準拠したものです。
WEB版とは違いがあります。
それを踏まえてお読み下さい。
書籍版とWEB版との違いは以下のとおりです。
■WEB版■
文庫本一冊程度の分量でサクッと読めるお話にしています。
登場人物は最小限に抑え、本来の物語からエピソードの半分以上を削り落としています。
■書籍版■
本来のお話がベースです。
しっかり世界に浸れてキャラに感情移入出来るようWEB版と比べてエピソードは倍以上です。
サブキャラもたくさん出てきます。
「お前の縁談が決まった」
呼び出された私は、父上からそう告げられた。
「あの、話が違いませんか?
私は四男でいずれ平民になるしかないから、代わりに結婚相手は自由に選んでも良いということでは……」
唐突に、しかも決定事項のように言われて私は反論する。
「うむ。確かにそういう話だったな。
悪いが、その話は今日変更になった」
「はあ、また何でそのようなことに」
一方的な変更に呆れた私は、呆れたような声で父上に尋ねた。
「今日、婚約打診の書状が届いたのだよ。
それが急に話が変わった理由だ。
お前のお相手はアナスタシア・セブンズワース様。
セブンズワース公爵ご夫妻が目に入れても痛くないほど溺愛しておられる一人娘のお嬢様だ」
「セブンズワース公爵家!!?」
この国の貴族なら誰でも知っている大貴族の名前が出てきて、私は驚愕した。
「そうだ。
筆頭公爵家からの打診だ。
しがない子爵家でしかない我々に拒否権などない。
これは決定事項だ」
私は、大貴族の入婿となることが決まったらしい。
「それでな。
来月、セブンズワース公爵ご夫妻がお嬢様を連れて我が家にお越しになることが決まった」
「はああ!?
いやいや、それは不味いでしょう。
圧倒的に格上なのですから、こちらからお伺いしないと」
「公爵様のご意向だ。
こちらから頼むのだから、誠意を尽くしたいと仰せだ。
もう分かるな?
もとより拒否権など無いが、わざわざお越し頂くのだ。
手土産も無しにお帰り頂くなどもっての外だからな?
お嬢様のお言葉には、イエス以外の返答は許さんぞ」
父上は、念を押すように言う。
「大丈夫です。
いくら私でもそれくらい分かります。
ノーなんて言ったら、この家はもちろんこの国に居場所が無くなることくらいは」
実際、セブンズワース公爵家の絶大な権限は有名だ。
逆らおうなんて思うわけがない。
「もし女性関係で支障があるなら、ご訪問までには何としてでも整理しておけ。
金はいくら使っても構わん」
「ああ。女性関係は綺麗なものですから、ご心配には及びません」
「まあ。お前はそうだろうな。
念のために言っただけだ」
大貴族と縁続きとなることもあって、家族はこの縁談に上を下への大騒ぎだった。
兄上は、緊急の魔物討伐に出掛けている。
我が家は早くも非常事態だ。
ちなみに私は、急な人生設計の変更をすんなりと受け入れ、前向きに考えていた。
何を隠そう、私には前世の記憶がある。
前世での私は、入社してから定年まで一つの会社を勤め上げた。
長いこと勤め人をしていれば、理不尽を飲み込まざるを得ないことや、長い物に巻かれざるを得ないことなんて、本当に数え切れない程ある。
若い頃の反骨精神なんて、定年した頃には疾うに擦り切れて無くなっていた。
今更反骨精神から権力に抗おうとする気力なんてない。
反抗なんてするより、大人しく現状を受け入れて与えられた条件の中でベストを尽くす方がよっぽど快適だということを、私はもう知っている。
◆◆◆◆◆
私はジーノリウス・アドルニー。
子爵とは名ばかりの貧乏貴族の四男だ。
一応貴族だが、貧乏貴族の四男なんて将来平民になることが決まっているようなものだ。
裕福な貴族なら、長男が家督を継いで残りの兄弟は長男の補佐、という形で家に残るということもできるだろう。
しかし、うちにはそんな経済的余裕はない。
まして四男なんて、長男に万が一のことがあっても家督なんか回ってくる訳がない。
だから私は、家を出て自分で身を立てなくてはならない。
普通なら平民落ちを嫌がって、貴族籍を失ったなら騎士爵の叙爵目指して騎士団入りするのだろう。
だが、私は平民落ちには全く抵抗がない。
何故なら、私には身分差のない社会で庶民として生きた前世の記憶があるからだ。
この知識は商売でこそ生きるから、むしろ私は積極的に平民落ちしたいくらいだ。
平民となる準備のため、親からほんの少しの資金を借りて商売を始めたのが十歳の頃だ。
決して多くはない元手だったが、私には前世の知識という反則技があった。
商会は僅か六年で急成長した。
流石に六年では、国を跨いでいくつもの支店を展開する多国籍商会にまでは届かなかった。
だが、国内主要都市のほぼ全てに支店を置くほどの国内準大手商会には成長出来た。
子供がする商売としては、破格の大成功だと思う。
商売を成功させた実績を得ると父上も私に一目置くようになり、領地経営に関しても意見を求められるようになった。
私の意見を取り入れた改革により、青息吐息だったうちの領地も少しはマシになった。
この世界は前世の世界より大分遅れていて、社会人になってから新聞で読んだ程度に過ぎない浅い知識でも十分画期的だったのだ。
商売を成功させ、更に領地経営も成功させた私は、神童と持て囃された。
そんな私に目を付けたのが、セブンズワース公爵家だ。
あの家は一人娘なので入婿を探していた。
私は令嬢と歳が同じで、加えて神童と呼ばれる才の持ち主だ
公爵家としても私は狙い目だったのだと思う。
もっともセブンズワース家といえば筆頭公爵家であり、王家に次ぐ権勢を誇る大貴族だ。
いくら有能といえども、普通なら子爵家四男なんて木っ端のような私を歯牙にかけることもないだろう。
だけど、あの家は縁談で苦労していた。
なぜなら、一人娘の公爵令嬢が『ゴブリン令嬢』と呼ばれる醜女だったからだ。
◆◆◆◆◆
「お初にお目にかかります。
セブンズワース家が長女、アナスタシアと申します」
艷やかな銀色の髪の女性が見事な礼を見せた。
この人が私の婚約者だ。
着ているのはハイネックドレスだ。
ドレスのスカート部分は流行りのレースを幾重にも重ねたもので、レースの一枚一枚に繊細な模様が描かれている。
ドレスの上からこれまた見事な刺繍の施された桃色のオーバースカートを巻いており腰の左側で留められている。
留める部分の生地は短いので左側はスカートの白いレースが露出している。
オーバースカートを留めている部分は数個の真紅の薔薇の花飾りが付いているが、まるで本物の薔薇のようだ。
おそらく布と糸で作り上げたものだろうが、布素材からこれほど精巧で立体的な薔薇を作るとは物凄い技術だ。
もちろんオーバースカートにもふんだんに宝石が鏤められている。
この屋敷がいくつも買えそうな恐るべきドレスだった。
アクセサリーも凄い。
彼女が着けているパールとルビーで出来た首飾りの一番大きいルビーなんて、鶏の卵くらいある。
我がアドルニー家の屋敷と家財を全て売り払っても、あの首飾りに付いた宝石一粒だって買えないだろう。
控え目にしてくれているのは、アナスタシア様だけではなく公爵や公爵夫人も同じだ。
こちらを威圧しないための配慮なのか、皆様お揃いで地味な出で立ちをしようという心意気を感じる。
だけど私は商人だ。
一目見ただけで、地味ながらもべら棒な価値が分かってしまう。
面会した瞬間に、私はセブンズワース公爵家と我がアドルニー子爵家の格差をお値段で実感してしまった。
『ゴブリン令嬢』だけど、何かの病気なのだと思う。
露出しているのは首から上のみだけど、顔一面と首筋に隙間が無いほどピンポール球(ピンポン球とほぼ同じ大きさ)サイズの瘤がある。
瞼の上にも瘤があるから、まるで殴られて目が腫れ上がった人みたいに目の形が歪んでいる。
鼻筋も瘤のおかげでボコボコしていて、元の鼻の形がどんなものなのかも分からない。
肌は、ゴブリン令嬢の名の通り、緑の部分と本来の白い肌が斑に入り混じっている。
瞳の色は公爵夫人と同じ鮮やかな若草色だ。
公爵も公爵夫人も「これぞ上級貴族」と言わんばかりに美形だから、瘤さえなければきっと彼女も美しい顔の持ち主なのだろう。
父上たちは心配気な顔をしていたが、私は婚約者の容姿は全く気にならなかった。
私は、人の容姿を気にしない。
理由は簡単だ。
前世の私が地域でも有名なキモメンだったからだ。
前世では、学校のダンスで私と手を繋いでくれる女子なんていなかった。
女子の落とし物を私が拾おうものなら火が付いたように泣かれて、私が拾った物はゴミ箱に投げ捨てられた。
「お前の学校、凄えキモい奴いるんだって?」
「おう。いるいる。ほら、あいつだよ」
なんて会話を聞いてしまったこともあった。
そちらに顔を向ける勇気は無かった。
「なあ。あいつヤバくね?」
「うわ、ヤッベえええ。何あれ?
うお! こっち見たよ」
と私を指差して笑う少女たちもいた。
就職してからの飲み会は、女性がいるときは呼ばれたことがなかった。
せめて一度くらい女性経験を、と思って風俗に行ったら、指名した嬢が急な体調不良により対応出来なくなったこともあった。
心が折れ、それ以降風俗には行っていない。
だから私は容姿なんて気にしない。
前世では、生まれてから天寿を全うするまでずっと、私は容姿で差別され続けてきた。
その辛さを知っているから、容姿の違いで扱いを変えるなんて出来ないし、したくもない。
もっとも、私だって最初から容姿を全く気にしないことが出来たわけではない。
前世の私は、美人を見るとつい目で追ってしまい、目を奪われている自分に気付く度に自己嫌悪に陥った。
美人を目で追い、不細工には目もくれない自分もまた、醜い私を蔑みイケメンに群がる奴等と変わらないと思い知らされるからだ。
しかし、そんな自己嫌悪を何十年も繰り返していたら、いつの間にか美人を目で追うことも無くなっていた。
美人を見れば、客観的に美人と呼ばれる部類の人だということは理解出来る。
そう分類される人だというのが理解出来るだけで、美人を見た感動などは一切湧かない。
いつの間にかそうなっていた。
私を馬鹿にしてきた奴等と同類にだけは絶対に落ちない。
キモメンのプライドが、今の私を作り上げたと言える。
挨拶の後、お互いの両親とアナスタシア様と私とでしばし歓談する。
我が領初の大貴族ご訪問ということもあって、うちの家族はガッチガチに緊張していた。
そんな下級貴族の対応など慣れたものなのか、公爵一家は巧みな話術で私たちの緊張を解していく。
会話の中の婚約者を見る限り、アナスタシア様は頭の回転が速く、上品で、相手を嫌な気持ちにはさせない人だった。
それから、公爵一家の会話を聞いているとお互いがお互いを深く想い合っているのがよく分かった。
ちょっと前の我が家みたいに乳母を雇う金さえ無い貧乏貴族ならともかく、子育てを乳母任せにする上級貴族ならもう少し親子間で距離があると思っていた。
婚約者も優しくて聡明そうな人であり、義理の両親となる人たちも愛情の深い人たちのようだ。
実に良い縁談だ。
私は期待に胸を踊らせる。
前世で私は、誰とも結婚できず老後は独居老人となった。
元宵節(正月)になると、友人たちは子供や孫に囲まれて楽しそうに過ごしているのに、私は一人でお餅と雑煮を食べ、一人で元宵節の特別番組を見て過ごした。
友人の所に遊びに行こうにも弱った足腰での遠出はキツく、どうしても一人で過ごすばかりになってしまった。
誰とも話さない孤独な日々は辛く、これが死ぬまで続くかと思うと長生きをしようとは思えなくなった。
こんな温かい人たちと家族になれるなら、前世に比べ随分幸せな人生になりそうだ。