第一話 導きのままに
初投稿です。どうぞよしなにお願いします。
唐突だが、異世界を信じるだろうか。
見慣れた都会のビル群ではなくだだっ広い平原、後ろを見れば生い茂る森。人っ子一人いない。探せば元の世界にもこんな光景があるのかもしれない。しかし、異世界たらしめる証拠が一つ。大きな影が地面を這い僕を飲み込む。
「えぇ…嘘でしょ…」
顔を上にやると今までに見たことがないほど巨大な鳥が空を横切っていった。
僕、雪羽蒼太は日本の高校生だ。特別な過去はないし才能もない、可愛い恋人もいない。自己評価でいえば普通の高校生を地で進むタイプ。そんな僕は先程まで確かに日本の高校で授業を受けていたし、なんてことないいつも通りの一日を過ごしていたはずだ。
ただ一つ変わったことといえばいつも一緒にいる親友が無断欠席をしたことくらいなものだ。明るく頼りになる親友を心配し下校中に電話でも入れてやろうと下を向いた。その瞬間に地面がアスファルトから雑草に変わっていることに気がつく。
そしてボーっとあたりを見回しているところ冒頭へ至る。
体感数秒程固まった後、現状を確認する。
まず荷物がない…。高校入学して以降愛用していた鞄が、先程取り出したはずのスマホも無くなっていた。
「マジか」
落としたかと思い周囲を見渡すが異物は何もない。短く絶望を表現しまた固まる。
どうしよう。とりあえず制服は何故か着たままの状態だったので全裸での迷子は逃れたようだ。全裸であったならば帰宅の前に牢屋を挟まなければならない。
いや、そんなことはどうでもいい。
「え、どうしろと?」
誰かに答えを求めて呟いたわけではないが言わずにはいられなかった。
文字通り手ぶらでよくわからない土地に放り出されたようだ。太陽が照り素敵なピクニックができそうな穏やかな光景を目の当たりにしても現状の手札では流石に不安が勝つ。
アニメとかの作品ではこのシュチュエーションをよく好んで見ていたがいざ自分の身に降りかかってみるとたまったものではない。
景色に目をやり思案していると汗をかいていることに気がつく。雲ひとつない晴天だ。ブレザーを脱ぎとりあえず少し離れた森へと向かう。
「まず水を探そうかな」
この日差しの中、水分の確保を当面の課題にしてそれからいろいろ考えよう。喉が渇いては思考もままならない。それにあんなでかい鳥に襲われるのはごめんだ。
森は木漏れ日が地面に模様を描きここもまた平和な様相を醸し出していた。至って普通の森。緩やかな風と葉と葉の擦れる音のみが響く。小一時間ほど歩いただろうか、足にも疲労が見えてきた。喉も渇き自然と頭も項垂れる。それでも森を進みながらふと過去見たアニメを参考に無駄にポーズ決めて試す。
「ステータス!」
心なしか風が強く吹き木々のさざめきに責められているような気分に陥る。物語の主人公はこうやって自分の状況を把握していた。もしかしたらと思い試しただけ。気を紛らわせることも半分理由に声を出してみたものの喉の渇きのせいで変な声も出た。やめよう…思考を放棄し黙って歩いていく。そういえば最初に見た鳥はこっちの森から出てきたよな。
あんなでかい鳥がいるのだ少しでも木の近くを歩こう。あ、でも蛇とか怖いな。あぁ、喉の奥がベタベタくっつき始めた。日本って幸せな国だよな。自販機があって、24時間営業しているコンビニがあって飢えや渇きとは無縁だ。飽食と言われている時代に生まれた事は随分と幸せな事だと思い知る。
そんなことを考えながらひたすらに森を進むと流石に森にも変化があった。穏やかな森がいつしか鬱蒼とした重く険しい森に変わり雑草はほうぼうと生え尽くし気を抜くと足元を取られてしまいそうだ。すると、風に揺れる葉の音に混じって水の流れる音が聞こえる。思わず走って確認すると音の通りに川がありサラサラと透明な水が流れている。手で掬いワイシャツが濡れることも恐れずに水を飲む。
よかった、死ぬかと思った。
引き返して道や建物を探そうと考えたことも一度や二度ではない。
しばらくは動きたくない。足も水を得て安心したためか疲れを自覚する。
ほとりの大きく白い岩に腰を下ろし疲れを癒す。靴を脱いで川に足を浸し揉みほぐしながら十分に労う。空を仰ぐと大分歩いたはずだが太陽はまだ高い位置にいるため明るいうちに寝床を作るか川沿いを歩いて人の痕跡を探すかを迷う。平坦な森ではあるが今日これ以上歩くのは厳しい気もする。川に視線を落とし穏やかな渓流を眺めているととあるものを発見する。最初は乳白色で角ばった石のようなものかと思ったが川の流れで整えられた石とは違い手に取ると非常に軽い。濡れたソレを片手にあたりを見回すと同じく乳白色で曲線を帯びているものであったり小さな棘のような物とさまざまな形をしているものが大量に落ちている。対岸には一際大きく僕の身長と同じほどの直径を誇る巨大な穴ぼこの岩もある。そして今ちょうど自分が腰を下ろしている白い岩も同じ物だと気がつく。綺麗な流線形を誇るその白い石にもまた幾つか穴が空いている。例えば恐竜図鑑でよく見るような肉食獣の頭の…
「骨?」
呟いて思わずゾッとする。周りに血の痕こそないが火の使われた痕跡もない…とすると人間ではないものの仕業だろう。注意深く白い骨のようなものを観察する。白い石はどうも全て骨のようで魚や動物など博物館や本で見たことのあるようなものもある。あちこちに散らばる骨のような物をみて。あることに気がつく。いや何故いままで気が付かなかったのだろう。この森で動物はおろか虫、魚一匹たりとも見かけていないのだ。支配者がいる。コレらを食い荒らした奴がいる。そう推理この場から直ぐに離れようと腰を上げる。しかし異世界らしいこの場所では予想の斜め上を行く。カタカタとあたりが騒ぎ出し手の中の骨が震える。瞬間、全てを察する。骨が浮かび上がり空中一点に集められる。落ちていたのは被捕食者の成れの果てではなかった、正しくコレがこの森の捕食者だった。生き物がいない理由に納得するも身体が動かない。魚や様々な動物のチグハグなパーツが合わさり最後には対岸の岩が持ち上がり形が完成する。骨の集合体は大きなトカゲの様相を象り動き出す。
頭の窪みに赤い火が灯ったかと思うとソイツは爆発的な咆哮を放つ。
「…ティラノサウルス?」
雲ひとつない晴天の下、恐らく彼が食べたであろう生命の成れの果てを鎧に仕立て、明らかに肉食な彼が赤く怪しい瞳で僕を見下ろしていた。肩あたりには僕と同族の頭が2つほど並べられている。人間も守備範囲らしい。
いや捕食範囲?献立?くだらないことを考えている頭とは対照的に身体は反応していた。後ろを振り向き全力で走る。疲労なんて気にしてはいられない。クマ相手では絶対にやってはいけない行為だと気がつくがこの状況でそんな冷静ではいられない。こちとら都会っ子なんだ。振り返らずとも質量を孕んだ音が追ってきていることを知らせる。僕の四、五歩を彼は一歩で踏み越えあっという間に影が僕の体を飲み込む。噛みつかれる瞬間、咄嗟に体を切り返し巨体の足元へ転がり込み回避し反対側に走り出す。骨製のティラノは消えた僕を探しあたりを見回す。
「ハッハハッ!天才!」
我ながらうまいことやったと走りながら自画自賛するが振り返ったティラノにまた見つかる。木を盾にしようと工夫したりするもののティラノは気にも止めずに木を薙ぎ倒しながら迫ってくる。対して自分は今まで歩いていた疲労が祟り足が重く感じてきた。あの後、何度か噛みつきを回避するものの近く僕に限界が来るだろう。しかし、限界が来たのは向こうからだった。
我慢という限界を…
いい加減ホネティラノも痺れを切らしたのか次の一手を打ってきた。重い足音が消え一瞬森が静まり返る。諦めたかと思い振り返った瞬間に後ろから突き飛ばされる。それが衝撃波だと気がついたのは地面を転がり朦朧とした視界でアイツを見た後だった。跳んだのだ、あの巨体で。大分高く跳んだようだ、地面にできたクレーターを見ればその事がわかる。多分僕をそのまま踏み潰すつもりだったのだろう。淡い期待を寄せて振り返ったおかげでアイツの思惑通りに事が運ばなかったみたいだ。しかし、衝撃波をうけて木に頭をぶつけ脳震盪を起こしたのかうまく立てない。足の裏をみて僕の死体を探しているティラノを横目に何度も立ち上がろうとする。
(逃げなきゃ、まだ、死ねない)
また喉が渇いてきた、お腹もすいた。足は痛いし肩も重い。今まで誤魔化してたけどやっぱり一人は寂しい。父さん、母さんは何してるかな。瑛二にノートとプリント見せなきゃ…。あ、そうだ瑛二…。
無断欠席をした友人を思い出し緊張の糸が解けてしまう。(瑛二、今どこにいんだよ…)
ティラノが木に寄りかかった僕を見つけ心なしか嬉しそうに、また自慢げに近づいてくる。ゆっくりとした足取りでたどり着いたティラノは勝ち誇った顔で頭を近づける。
「まだ、死ねないんだ…頼むよ…」
小声で祈るように呟くがティラノは意に返さず口を大きく開ける。乾いたカビの匂いがするティラノの内部は外装と同じで骨で形作られていた。
「…す…けて」
生まれて初めて助けを求めた。
思えば人に頼ることをしない人生だったかもしれない。人っこ一人いないこんな場所で助けを求めたって無駄なのは分かっていた。
でも、いきなり一人で草原に放り出され必死に水を探して。最後は骨製のティラノサウルスの餌食だ…。笑えない、本ッ当に笑えない。助けも求めたくなるよ…。まだ生きなきゃいけない、叶えたい夢も約束もある。だから…誰か、頼むって…なぁ
「だれかぁ!たすけてくだざい!おねがいしまず!!!」
こんなに大きな声を出したのはいつぶりだろうか…。カラオケ、体育祭の応援、いや、もしかしたら産声以来かもしれない。
そんな、生まれて初めて求めた助けに対しそれは声ではなく救いによって答えた。
突然、ティラノサウルスの巨体が鈍い音と共にひしゃげ真横に吹き飛ばされる。
いきなりの事で訳もわからず唖然としていると声をかけられる。
「…無事?」
先程までティラノサウルスがいたところに男が立っていた。身長は170ある僕と比べて少し低く、童顔でくるくるとした焦茶の髪と無愛想そうな機嫌の悪そうな黒い目、そして黒いパーカーに使い込まれた金属製の胸当て。細身の黒のパンツに茶色い革の小物入れが備わっている。同い年くらいだろうか。金属製のプレートと右手に持っている剣を除けば現代の大学生にも見えなくはない。
「は…い、ありがとう…ございます」
迷った挙句、敬語で返す。
「一人?」
「気がついたらそこの平原に立っていて…」
「そうか…ここは導きの平原か…」
理解が追いつかないまま質問に答えると
男は何かに納得したのち空を見る。忘れていた、近づいている音がしなかったからまだ倒れていると思っていた。
「逃げて‼︎」
そう言い切る前にティラノが男に落ちた。
しかし、男はなんと巨体を剣一本で弾き飛ばし視線だけで敵を見据える。そこからは一瞬だった。男がティラノに向かって剣を構え、ティラノが顔を横にして噛みついてきた刹那、剣を振るう。剣が巨体にぶつかると同時に銀色に輝きティラノの巨体を跡形もなく粉砕した。
「すげぇ…」
ティラノの破片が降り頻るなか男は最初に声を掛けた時と同じ表情で言う。
「多分、君は勇者だ。これから大変になるよ」
「え?」
これが僕の勇者生活の始まりだった。
骸竜種についての簡易報告
骸魂竜 (第一型指定魔獣)
討伐指数 B+
魔力総量 約500〜600前後
竜種は主に飛竜種、走竜種、水竜種の3つに分類される。骸魂竜は飢死にした竜種の魂が原因で発生すると推測され、死因の影響か非常に凶暴であり同種であろうが捕食しようとする習性を持つ。捕食と言えど消化器官を持たない為一度体の中に貯め魔力を巡らせ獲物を腐らせる。そうして最後に残った骨を魔力で体の一部とする特徴を持つ。普段は魔力の温存のためか水辺などで骨を分離させ獲物が近づくのを待っている。高い魔力総量のそのほとんどが上記されている様に体躯の維持に消費されるので竜種特有のブレス攻撃が見られない。しかし、産まれたての骸魂竜には稀にブレス攻撃の動作が見られたという記録も存在する。また一時的に魔力によって骨が強化できるのか時折、跳躍などの常識外の行動を取ったという報告もされている。
中央本部記録員 陽気なポルコフ