世直し浪人
「お侍様よう。俺ぁ、ちとばかりお城を眺めてただけだぜ? そんな物好きに刀を向けるんじゃあないよ」
城へと続く城門の前。門番を担当している侍が門を背に、男に対して刀を抜き、刃を向けていた。
「白々しいことを。その胸の斜め十字の傷跡。貴様、世に噂されておる侍殺しであろう」
「人違いじゃあねぇのかい? 俺ぁ生まれてこの方、1度たりとも人を斬ったことはねぇな。酒も嗜む程度だしな」
やれやれと言わんばかりに両手を肩まで上げ顔を左右に振る。
「で、あれば。そこの木の後ろに隠しているつもりのものはなんだ? 元より隠すつもりなぞこれっぽっちもなかろうて。風に乗って血の匂いがここまで届いておるぞ」
目を逸らさず、決して油断の文字を浮かばせず、ただ刃を構える。
「......俺ぁ悪を斬ったことはあれど、人を斬ったことはないんだがね。今日が初めてになりそうだ」
それまでのおちゃらけた雰囲気を仕舞い、真剣な表情を目の前の侍に向ける。
「ふっ。ならば辞世の句は閻魔様の前で読むことだ」
「お侍様よ、あんたこそ仏様に愚痴を言う準備はできてんだろうな?」
両者、共に刀を構え、
一筋の風が一瞬通り抜けていった。
「で、お殿様よ。あんた、斬られる覚悟はできてんだろう?」
刃を部屋の隅でガタガタと震える巨漢に向ける。
その刃に一滴の血も付いておらず、だが、羽織っている着物と顔には所々血が付いていた。
「わ、わわ、わわわわ、我がなにをしたという、のだだだだ?」
「......あんたの悪どい噂は隣の城下町まで聞こえてきてたぜ? 民からの年貢を使い込んでは年貢の量を上げているってな」
「そ、そんなもの、で、デタラメに決まっておろう! どこに証拠があるとい、いうのだ!!」
吃りながらも、巨漢は言い返している。最も、床には染みができていたが。
「証拠ならあるぜ? なぁ、そうだろう?」
そこで男は後ろ手に持っていたモノを巨漢に投げつけた。
「ぐふっ......じ、爺!?」
「と、殿......お早くお逃げを......」
「そこな爺さんが洗いざらい吐いてくれたぜ。ククク、悪どいことばかりしてきやがったみたいだな、ええ?」
「き、貴様は! なんの権限があって我らを裁くというのだ!? 代官にでもなったつもりか!」
「正義なんていう吐き気のするもんを振りかざすつもりなんぞこれっぽっちもねぇな。俺ぁ、世を正してるだけさ。悪は不必要なもんだからな」
そう言って刀を構える。
「んじゃ、あの世で言い訳をする準備はできたのかい?」
「おーおー......こいつぁ、ひでぇな。金の盃に金の椀、花瓶まで金でできてやがらぁ。こんなもんに活けられたら花も次のお天道様を拝む前に枯れるってもんよ」
男が宝物庫でガサガサと漁っていると、
「......そこにいるのは誰だ。おとなしく出てくるんだったら、問答無用で斬るのだけは勘弁してやろう」
「......」
陰からでてくるは
「ガキ......? 隠れん坊でもしてるのか? だったらこんな城になんぞ入り込んでるんじゃあねぇ」
齢、2桁に届くくらいに見える子どもであった。
「わ、私は......」
「冗談だ。お前さん、あのバカ殿の息子ってところか。爺さんにでも隠されてたのかねぇ......」
「......あなたは」
「あん?」
「父上を斬ったのですか?」
「......あぁ、斬った。それが民のためになると思ったから。だから斬った」
「一つ教えてください。父上は人としてどうでしたか?」
「屑だな。殿として、それ以前に人としてやっちゃあいけねぇことを仕出かした」
「そう......ですか......」
「で、お前さんはどうするつもりで?」
俯いている男の子の前に男は立つ。
「親の仇が目の前にいるんだ。お前は仇討ちでもするか?」
「......爺から教えてもらってました。父上はもう止まれないところまで行ってしまった、と。私は周りから見ればまだ子どもではあります。が、善悪の違いは分かっているつもりです」
「ほう?」
男は先を促す。
「跡を継ぐのが世継ぎの役目。ですが......父上の跡だけは継ぎたくない。いえ、できれば私が何とかしたかった。あれやこれやと考えている内に、あなたが斬ってしまわれた。感謝はすれど、仇討ちをするほど私は愚かではありません」
しっかりと男の目を見据えながらそう語る。
「ククク、あのバカの息子とは思えないほどの真っ直ぐっぷりだな、おい。そういう奴は嫌いじゃあない」
肩を震わせながら男は告げる。
「それじゃ、これからどうすんだ? 身よりもねぇ孤児になっちまったわけだ。原因は俺にあるがね。ここらの村はバカのせいで その日暮らしが精一杯どころか、口減らしまでする始末。お前さん、どうするつもりだい?」
「あなたについて行こうと思います」
即答。
それが彼の答えであった。
「ほう? 理由は?」
「爺から南から悪を斬って旅をしていふ風来坊がいるとの噂を聞いたことがあります。特徴は胸の傷跡。風来坊が訪れた街では悪が蔓延ることがない、と」
「人違いだとしたらどうするんだ? 俺ぁそんな大層な人間じゃあないぜ? バカを斬ったのだって気に入らないから斬った迄よ」
「気に入らないの一言で場内の侍と殿を斬る人はいませんよ」
そりゃそうだ、と男は笑う。
「故に、あなたについて行こうと。あなたのそばで是非とも学ばせて頂きたい。正義とは悪とは何か、と」
「そんなご大層なことはしてねぇんだがねぇ......正義だの悪だの、抱えるのは善人だけで結構」
そこで男はくるりと彼に背を向け、
「んじゃ、気に入らねぇ奴をたたっ斬る旅の続きといこうや、坊主」
「私の名前は史郎と言います、おじさん」
「権之助だ。特別にゴンと呼ばせてやろう」
そして宝物庫から2人はでていったのであった。
「どうして......どうして、庇ったのですか......」
「さぁ......身体が勝手に動いちまったのよ」
「あなたは......これから先の日の本に必要な人間。こんな所でくたばってどうするのですか......」
「かかか......言ったろう? 俺ぁ、そんなご大層な人間じゃあねぇってな」
「......」
「なぁ、史郎。俺ぁな、あん時お前さんをたたっ斬るつもりだった
でもできなかった。俺も似たようなことがあったからな......
あの時の俺とは違う。何もかも違う。それでもできなかった
ここまで着いてこさせておいてなんだが......お前はお前の人生を歩んでいけ。そのための知識は付けさせたつもりだぜ?」
「そこで、はいそうですか、なんて言えるわけが無いでしょ、ゴン」
「ククク、そりゃそうだ。お前はそういう性格だからなぁ」
「......権之助」
「ん?」
「ありがとう。これまで。そしてこれからも」
「......礼を言われるようなことはしてねぇんだがねぇ......」
「......」
「ほら、さっさと行け。こんな所でくたばるバカを見送る必要はねぇよ」
「権之助......」
「両手両足、使いもんにならねぇが......口でお前をたたっ斬ることはできるんだぜ?」
「ククク......涙を堪えてよう......」
『なんで俺を助けたんだ!? 俺もおっかあとおとうの所に行くんだ!!』
「全く......とことん俺とは違うなぁ......」
『どうして俺を助けたんだ?』
「その志だけは似てる......って言われそうかね」
『どうして......俺を庇ったんだ......どうしてだよ......どうして......』
「ククク......史郎。お前の最後を見届けられねぇのが、心残りだが......先に待ってるぜ」
「その胸に見える火傷のあと......貴様、世に聞く世直し浪人というやつだな?」
「そうだ。そうであれば、あとは分かるだろう?」
「ここを通す訳には行かないな。これでも仕事なんでな」
「......悪はこれまで沢山斬ってきたが......善を斬るのはいつも心苦しいものだ」
「死ぬ前に名を名乗ってはどうだ。浪人でも名はあるだろうに」
「私の名は......史郎。志半ばで倒れたゴンの、跡を継ぐものだ」
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。
書いてみたかった。
あまり見かけないような描写を書いてみたかった。
ただそれだけのために書き上げました。
それではこの辺で。