第四話 似ている
「うん。これなら普通にいけそうだ」
猫を捕まえた後も、魔物の素材集めや物探しなどの依頼を達成した僕は少しやる気が出てきていた。まあ、これぐらいじゃすぐにお金はなくなっちゃうけど。
まあ、これまでこの姿で倒した魔物の魔石や素材を売った金もあるし、しばらくは大丈夫だろう。
「おら! この役立たずが! てめぇがのろのろしてたせいで、ダンジョン攻略が遅れたじゃねぇか!!」
次はどうしようかと考えていると、何やら聞き捨てならない言葉が耳に届く。
どうやら人気のない裏路地でそれは行われているようだ。
三人の男女が一人の女の子相手に怒鳴り、髪の毛を引っ張りと、怒りがこみ上げる行為をしていた。
まったく……こういうことは、昔から変わらない。人が増えるのは良いことだけど、こういう暴力行為は止めてほしい。特に、弱い者に対して難癖つけて、寄ってたかって。
「……ちょっと」
「あん? なんだガキ。今、俺達は取り込み中なんだよ」
と、三人の中では一番が偉そうなオールバックの男が僕を睨む。
「何をしてるの?」
「見て、わかんねぇか? のろまな荷物持ちに説教をしてんだよ」
男は、にやりと笑みを浮かべながら女の子の青い髪の毛を引っ張りながら説明する。
まるでこれが当たり前かのように。
他の二人も止める様子もなく、普通に楽しんでいる。
「それは説教じゃない。ただの暴力だよ。女の子にそんなことして恥ずかしくないの?」
昔の僕だったら、こうやって立ち向かってはボコボコにされて、逆に助けたはずの人から心配されるというのが普通だった。
でも、今の僕には力がある。
大丈夫だ。街に帰ってくるまで魔物相手に力の制御をする特訓をしてきた。人間相手はこれが初めてだけど……。
「はあ? なに? 俺達に説教するってのか?」
「正義の味方ごっこなら、子供同士でやりな」
「そうそう。これは大人が子供にしつけをするっていう将来に必要な行為なのよ?」
将来に必要? なにを言っているんだ。こんなことが、将来に必要になるわけがない。
「良いから、その手を離して」
「しつけぇなぁ! これ以上邪魔するってんなら」
と、仲間の短髪の男がオールバックの男の指示で僕に拳を振りかざす。
「痛い目に遭ってもらうぜ、ガキィ!!」
どうしてこういう人達ってすぐ暴力を振るうんだろう? 言葉で返せないからって。
「ん」
こちらからは攻撃をせず、たまたま依頼者から貰ったフライパンで防御する。結構な強度だったらしく男の拳では壊すことはできなかった。
「いでぇっ!?」
あまりの痛みに後ずる。僕は、まだやるの? という視線を向けながらフライパンをくるくると回す。
「なにやってんだ!」
「まったくださいことやってんじゃないわよ!!」
などと言いながら、今度はスキルを発動しようとする。こんな街中で……。
「食らいな!!」
炎の球を放とうとするも、それよりも早く僕は動き、背後から軽くフライパンで頭を叩く。
「くあっ!?」
「なっ!? い、いつの間に!?」
そのまま暴力を振るわれていた女の子の前に立ち、僕はフライパンを男に突きつける。
「これ以上やるなら、この程度じゃ済まないよ? 僕は、ただこの子に暴力を振るわないようにって言ってるだけなんだ。貴方達が、大人しく引き下がってくれるなら、これ以上のことはしないよ」
「……くっ! お、おい! 今日限りでてめぇは解雇だ! この役立たーーーひっ!?」
男は僕の圧力に怯み、仲間達と一緒に逃げ出す。僕は、フライパンを袖の中に入れて、ポカンっとしていた女の子に話しかける。
ちなみに、この姿の僕が着ている上着の袖はちょっと特殊で、小さな物や、フライパンぐらいのものだった収納できるようになっている。制限もないので、意外と便利だ。
「大丈夫だった?」
「は、はい。助けて、頂きありがとうごさいます」
助けた女の子は、十代前半ぐらいの身長の子だった。海なように綺麗な青く長い髪の毛に瞳。
身に付けている服は、ボロボロなシャツ一枚に半ズボン。靴にいたっては穴が空いているじゃないか。もしかして、孤児かな?
「どうしたの? 聞こえた内容だと荷物持ちをしていたみたいだけど」
「私、ドワーフ族なので。力仕事ならお役に立てるかなと思ったんですけど。どんくさくて……迷惑をかけてしまったんです」
その言葉を聞いた瞬間、僕は目を鋭くする。
じいちゃんに聞いたことはあったけど。実際に見るのは初めてだ。
ドワーフ族は、誰もが武器職人として頼りになる種族だと認識しているほど有名な種族だ。
大地と共に生き、地の精霊に愛されし者。それゆえに、海より遠い内陸。特に山や洞窟などに住んでいる。体は小さいが、腕力が凄く人間の大人でも、簡単に子供にも負けてしまうほどだ。
そんなドワーフ族にこんな言い伝えがあるらしい。
ドワーフ族は、大地と共に生きる種族がゆえに泳げない。しかし、とあるドワーフ族の集落で青髪青眼の子が生まれた。
その子は、ドワーフにも関わらず地を操ることができなかった。それだけではない。なんと、魚と間違えるほどに泳ぎがうまかったうえ水を操ることができた。
これにはドワーフ族は驚愕した。
こんなのはドワーフではない。海の一族だ。この子は、自分達を海に引きずり込もうとする海からの使者だと。
けど、それ以降青髪青眼の子は現れなく、呪いなどなかったため、今はほとんどこの話自体ドワーフ族でも伝わっておらず、次第に忘れ去られていったって、じいちゃんが言ってたけど……。
(この様子だと、この子は知ってるのかもな。自分がドワーフ族としては異端な存在だって)
結局その子は、居心地の悪さから自ら住みかを出ていったらしいけど……この子はどうなんだろう?
「この街にはなにをしに? やっぱりお金を稼ぎに?」
「はい。でも、なかなか仕事がうまくいかなくて……」
しゅんとする女の子の目を見た瞬間、僕は自分の姿を重ねてしまった。僕も最初は、全然誰の役にも立てず、周りに迷惑ばかりをかけていた。
仕事を失敗すると、今の彼女のように暗く沈んだ目を……。
「ドワーフだったら、鍛冶とかで稼げるんじゃないのかな?」
彼女の事情はなんとなく察したけど、念のためだ。ドワーフは、生まれてきた子供にまず鍛冶の仕方を教え込む。
自ら鉱石などを採らせ、槌の扱い方から教え込み、いつ街に出ても大丈夫なように。すでに街で暮らしているドワーフの場合は、弟子をとったりをして教え込んでいるようだ。
「……私、鍛冶できないんです。一度も教わったことないまま里を出てきたので」
やっぱりそうだったか。武器や防具、装飾品を独学で作るのは難しいことだ。それにドワーフだからと言ってすぐできるわけじゃない。それなりの経験が必要なんだ。
「そうだったんだ。ごめんね、なんだか聞いちゃいけないことを聞いたみたいで」
「い、いえ! ドワーフなのに鍛冶ひとつできず、里を出てきた私が悪いんです!」
里を出てきた、か。これはどういう意味で捉えるべきか。自ら進んで里を出たのか、出ていけと言われて出たのか。
「それで、荷物持ちを?」
僕はゆっくり彼女と話をしようと思い、隣に座る。
「はい。多少なら戦えるんですけど、私は戦い自体が好きじゃない、というか……暴力が嫌いで」
見た目通り優しい子なんだな……。ドワーフの腕力があれば大抵の相手は一撃だ。
動きは鈍いため回避はしやすいが、当たれば確実にさっきの三人だったら失神していたはずだ。なのに抵抗しなかったのは、この子の優しさだったんだろう。
「そっか……」
優しい心を持った子だ。確かに暴力はいけないことだ。特にドワーフのような簡単に人を傷つけれるような力を持った者が、振るえば……。
この子の言葉は、行為は本当に素晴らしいことだ。けど……この生き方は彼女の身を滅ぼしかねない。
現に、さっきも抵抗しなかったがために全身がボロボロだ。口かま切れて血が出てるし、全身打撲痕だらけだ。
(このまま放っておいたら、この子は)
僕みたいにどこかに置いていかれてしまう可能性がある。それかもっとひどい目に……そんなの見過ごせない。
「すみません。私、もう行きますね。また仕事をクビになっちゃいましたので、次を探さないと」
まだふらつく体に鞭を打って女の子は立ち上がる。そんな彼女に僕は声をかけた。
「待って」
「は、はい?」
ここで出会ったのも何かの縁。
もしかしたら、運命だったのかもしれない。
「仕事を探すんでしょ? だったら、僕に雇われてみない?」