第九話 気を取り直して
「もう! 何なんですか! あの人は! ライカさんを野郎って言ったり、化け物だって言ったり!!」
「まあまあ、落ち着いてミィヤ。僕は気にしてないから」
僕を狙っていた冒険者から逃げ、周囲に怪しい人影がいないことを確認したところで、買い物をしているのだが……ご覧の通りさっきのことがよほど許せなかったのか、ミィヤがぷりぷりと怒っている。
なんだか会った時の物静かな印象が薄れていくなぁ。でもまあ、これが本来のミィヤなのかもしれない。
それに優しい心は変わっていないから、そこまで気にするようなことじゃない。
「ライカさんがそういうなら……でも、皆さんにもライカさんの凄さと優しさを知ってほしいです、私」
「僕は誰かに認めてほしくて戦ってるんじゃないんだけど……まあ、今はミィヤが褒めてくれればそれだけで十分だから」
その言葉を聞いたミィヤは、わかりました! 私、一杯褒め称えます!! と宣言する。
ただ褒めてくれるだけで良いんだけどな。
そんなやり取りをしつつ、買い物は終わった。そして、また奴らが現れる前にハーバから出ていく。
本日も快晴。
絶好のピクニック日和だ。今回は、買い込んだ食器や食材のせいで最初からカバンが膨らんでいる。
とはいえ、そこまで買い込んではいない。今回は魔物討伐というよりも採取がメインなのだ。後にハーバから旅立っても大丈夫なように、今のうちに経験を積んでおくんだ。
そのために、書店で図鑑を購入してきた。それを片手に、ミィヤと共に採取を開始する。
「これは……毒草。こっちは……毒草」
「毒草ばかりですね」
護衛として〈ゴールドサークル〉を発動させ、金の玉達を側に起きながら、採取をしているけど、今のところほとんど毒草。
どうなっているんだ? 冒険者に成り立ての頃は、ここでよく薬草を採取していたのに。環境の変革……かな?
「あっ! ライカさん! このキノコなんか如何にも毒っぽい色ですよ!」
ミィヤが見つけたのは、紫のキノコだった。確かに紫色のものは大体毒だけど……あった。
「ミィヤ。どうやらそれは毒キノコじゃないみたいだ」
「え!? そうなんですか!?」
図鑑には、ムロウダケという名前で載っていた。どうやら、このキノコは毒がある見た目からは考えられないほど旨味が出るキノコらしい。焼くと肉のような食感になるとか。
知識のない者達は、見た目に騙されて大体スルーするようだ。
「おー! では、今日の昼食に加えましょう!」
「だね。あっ、しかもその近くに生えているその粒模様の草も食べられるようだね」
「見た目で判断しちゃだめってことですね。勉強になります!」
人間と同じだ。見た目で騙されて痛い目に遭う。
僕のようにね。
「そういえばミィヤって、好き嫌いとかあったりする? あっ、もちろん食べ物とかで」
「特に嫌いなものはありませんね。生きていくためにこれまでナンでも食べてきましたから、結構ゲテモノでも……我慢すれば食べられます!」
一瞬、目が虚ろだったけど、一体これまで何を食べてきたんだろ? 気になるところだけど僕と一緒にいる間は、ちゃんとしたものを食べさせてあげなくちゃ。
「それじゃあ、好きな食べ物は?」
「そうですね……うーん、あえてあげるなら甘いものでしょうか。糖分なんて滅多に摂取できませんから」
なるほど。やっぱりミィヤは女の子だな。そういえば、昨日の夕食の時も、食後に出てきた焼き菓子を美味しそうに食べていたっけ。
「なるほど。それで、蜜菓子を買ってたんだね」
「えへへ。つい」
「じゃあ、後で景色の良いところで食べようか」
「はい!!」
それからというもの僕達は昼間まで図鑑とにらめっこをしながら採取を続けるのだった。
・・・・・
冒険者ギルド。
ここでは、冒険者が情報交換をしたり、依頼を請けたり、魔石や素材を換金したりと冒険者達の拠点のような場所だ。
そんなギルド内で、一人の冒険者がキンキンに冷えた酒を一気に飲み干し、舌打ちをする。
「くそ! あのフード野郎! 妙なスキルを使いやがって!!」
「ありゃあ、もしかすると移動系のスキルかもだぜ? ガルマ」
冒険者の名はガルマ。
ランクDの槍使いである。酒癖が悪く、よく仲間達と酒を飲んでは、新人に絡んでいる。
かなり早くランクがDとなったことで慢心し、中々依頼を請けようとしない。そして、ハーバで一番有名なパーティーの一人マリアンへ恋心を抱いている。
「厄介な奴だぜ……このままじゃ、マリアンへの手土産が!」
何度もアタックをしているのだが、全てやんわりと断られる始末。その度に酒に溺れる。
そんな生活をしていれば金がなくなる。しかもマリアンへアタックするためにプレゼントまで惜しみ無く購入する。
最近はめっきり依頼を請けることがなくなり、他人が狩った魔物の魔石や素材を奪っては換金しているという噂が広まっている。
それほど、ガルマは荒んだ生活を送っているのだ。しかし、証拠がないのでは処罰するにもできない状態にある。
「けど、本当なのか? あのフードのチビがカトレア達よりも先にダンジョンボスを倒したって言うのは?」
「街じゃ、カトレア達が最初に突破したって持ちきりだぜ?」
いつもガルマと飲んでいる冒険者仲間達はガルマの話をどうも信じられないでいた。
なにせ、ハーバではカトレア、ユーラ、マリアンのパーティーが三十層のダンジョンを最初に攻略したと広まっているからだ。だが、ガルマは違うと言う。
「俺は聞いたんだ! マリアン達が帰還した後、様子が変だったから、喫茶店まで後をつけたら……自分達よりも先にボスを倒した謎のフードが居たってな!!」
完全にストーカー行為をしていることはスルーして、仲間達は頭を抱える。
確かに、カトレア達は自分が一番で攻略したとは言っていない。が、この街では最深の三十層へと行ったのはカトレア達だけと知っているため、帰還した時はそれが当たり前だと思っていた。彼女達が一番に攻略したんだと。
「あっ、そういえばこんな話も広まってるよな」
「んだよ?」
かなり酒が回っているようで顔が赤くなっているガルマに仲眞の一人がこんな話をする。
これはカトレア達が話したことだ。
「ほら、居ただろ? あの三人の荷物持ちとしてパーティーに加わった羨ましい奴」
「……あぁ、あの雑魚か。そういやぁ、ダンジョン攻略の時にマリアン達の言いつけを護らず、一人で行動して死んだんだっけか? そいつがどうしたんだよ」
死んだ奴のことなんて今は関係ないだろとガルマは、焼き鳥串を齧る。
「もしかしたら、そいつが生きていて、正体がばれないようにフードを被っているんじゃないのかなぁって」
「……」
「……」
男の発言にしばらくの沈黙が続き、ガルマがぷっ! と吹き出す。
「ぎゃはははっ!! んなわけねぇだろ!! 俺はあの荷物持ちを知ってるが、あのフードと比べると身長がまず違うし、あいつ程度の実力じゃダンジョンボスどころか道中の魔物だって倒せねぇよ!! ぎゃはははっ!!」
ガルマの正論に他の仲間達も同意する。壮大に笑ったガルマは酔いも覚めてしまったらしく、深く息を吸い込む。
「ともかくだ。今度見つけたら、容赦なく叩きのめす。多少怪我したって問題はねぇ。それにあの化け物は怪我を負うぐらいじゃねぇと、こっちが死ぬからな。待ってろよ、マリアン。てめぇに最高のプレゼントを持っていってやるからよぉ」
にやりと笑みを浮かべるガルマは、仲間から見ても少し心配になる雰囲気だった。




