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33話 竜殺したち

「竜殺しを呼べ!」

「はっ!」

 伝令の兵が走る。盾を構えているためか、矢が通らない。盾自体もそれなりの素材のようだ。

 駆け込んだ天幕から信号筒を取り出し、上空に向けて発射した。ひゅるひゅると音を立て、上空で破裂音が響く。


「アレク、強い魔力の持ち主が森の方から来る」

「ああ、装備品が帯びている魔力は……ドラゴンのものだ」

 エイルは少し悲しそうな顔をしている。フェイも表情が硬い。

「ぱぱ、あのね、寂しそうなの」

 死したドラゴンの思念がまだ残っているとでも言うのだろうか。そう思って情報を探ると……とんでもないことが判明した。

 龍の心臓は身体から切り離された時点で結晶化する。その破片が組み込まれている装備品があった。隊長各と思われる剣士が持つ剣だ。

「あれは……」

「おじいちゃん……」

 エイルは目に涙を浮かべている。しかし、あの剣は危険だ。下手をすると俺の黒麟の盾を貫く可能性がある。なぜなら……あれはニーズヘッグの心臓だ。


 竜殺したちが戦場に駆け込んできた。彼らの防具を貫くことはもはやかなわず、森に潜んでいたエルフの射手たちは後退していくのが気配でわかる。

 そして、森の奥から……槍を構えた老戦士が現れた。


「ここは通さんぞ」

 戦場には似つかわしくない、静かな声音であった。だが、喧噪の中でも不思議と通る声だった。

「おおおおおおおおおお!」

 槍を手にした兵が突きかかる。構えにスキがない、それだけで普通の部隊なら隊長が勤まる程度の腕があると分かる。

 一筋に突き込まれた穂先は、老戦士が槍先をひと回しするとはね上げられ、がら空きになったのどに槍が突き込まれる。

 ごぼごぼと血を吐きつつ息絶えた兵の後ろから、剣と盾を持った兵が迫る。構えた槍先に盾を持って突進し、盾ごと串刺しにされた。

 その神速の刺突は敵兵を近寄らせず、木々を上手く利用して囲まれないように立ち回る。

 槍の穂先は紅い魔力に覆われていた。あれは龍殺しの槍たるグングニルか。10を超える兵が倒れるとしびれを切らしたか、紅い魔力を帯びた剣を手にした剣士が前に出る。


「アクセル! 今日こそは貴様を討ち取る!」

「ふん、できるものならやってみるがいい、若造」

 老戦士、アクセル爺ちゃんの槍さばきはまさに神技で、突きと払いの組み合わせだけで変幻自在の動きを見せる。

 相手の剣士も並ではなかった。穂先をわずかに払うことで突きを無力化し、リーチの差を踏み込みの速さで補う。互いの技量は拮抗し、戦いの様相は千日手となりつつあった。


 そして戦場に動きが出る。弓兵が火矢を放ち始めた。

 普通ならば、多少火が付いたとしても森は燃えない。生木は燃えにくいのだ。だが、触媒を用いた魔法の炎なら話は別だ。

 爺ちゃんの顔色がわずかに曇る。炎で退路を断たれてしまうからだ。


「ナージャ」

 呼びかけると彼女は無言でうなずいた。

「フェイ、エイルをたのむ」

「わかりました、主様、ご武運を」

「エイル、フェイの背中に乗っていなさい」

「あいー。ぱぱ、がんばってー」

 愛娘の笑みに、ここが戦場であることを忘れかける。合図とばかりに俺は魔力を開放した。


「うおああああああああああああああああああ!!!」

 雄たけびを上げ、陣営に突進する。


「なんだ!?」「敵襲!」「弓箭兵!」「ぐわっ!」

 最後の悲鳴は俺に斬り伏せられた敵兵のものだ。

 グラムを振るい、縦横無尽に敵兵を切り払う。竜の皮で作られた胴鎧は薄紙を裂くように両断され、鱗を貼り付けた盾は、取り付けた腕ごと断ち切られた。技も何もない、圧倒的な膂力と、武器の破壊力に任せて暴れ狂う。

 阿鼻叫喚の兵の悲鳴は降り注ぐ魔力弾にかき消される。上空からナージャがエナジーボルトの魔法を極大化して乱射していた。

多重起動ブート・フラクタル降りそそげ、驟雨の如く……エナジーボルト・スコール!」

 ナージャの周囲には魔力で作られた球が浮かぶ。それ一つ一つが魔法使い数人分の魔力が込められていた。

 そこから雨あられと魔力弾が降り注ぎ、兵たちを貫いてゆく。竜の防具を身に着けている兵は無事かというとそうでもなく、一撃は耐えられても、次々と降り注ぐ弾丸に寸刻みにされ、苦しむ時間が長くなるだけの結果に終わった。


 次々と倒れ、起き上がることのない兵を見て、指揮官の剣士が悲鳴のような声を上げる。

「なんだと!?」

 帝国が誇る竜殺し部隊が、たった二人に蹂躙されている。その事実に驚愕しているようだった。


「なん……だと?」

 同音異句で爺ちゃんがつぶやいた。目が潤みかけるが、鋼のような精神力で自分を取り戻す。自失している剣士に向け槍を突き出す。

 キーンと澄んだ音を立て、穂先は弾かれた。だが、劣勢になって余裕を失った剣士は剣捌きに冴えがない。次々と繰り出される刺突に追い込まれて行くのは明白だった。

 戦いの均衡は一つのきっかけで崩れた。もっともまずい場面で。

 カシャーンとガラスが割れるような音を立てて、爺ちゃんの槍の穂先が欠けた。

「ぬう!?」

 同時に槍を覆っていた魔力の輝きが消える。そうなってしまえば、龍の力を帯びた剣に太刀打ちできるわけがない。

「不覚……」

「もらった!」

 爺ちゃんは肩口からどうの半ばまでを切り裂かれ、血だまりの中に倒れ込んだ。


 怒りに目の前が赤く染まる。俺は目の前の敵兵を両断すると、グラムを振りかざして剣士に斬りかかる。

「ぐぬっ!?」

 俺の振り下ろした剣を、奴は余裕を持って受け止めた……はずだった。並の剣であれば打ち込んだところで逆にへし折れる。

 だが目の前の剣は鍔迫り合いと共に、彼の頼みであった剣に徐々に食い込んでいる。

「なんだと!?」

 武器の性能、扱う者のステータス、どちらも圧倒されるという経験がなかったのだろう。数合の後、剣士は首を大きく切り裂かれ、倒れた。


 俺は爺ちゃんに駆け寄ると……そこにはエイルを抱き上げて顔面が土砂崩れしている、英雄アクセルの姿があった。

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